トランプ旋風「国際秩序の動揺」で浮上している日中共有の課題とは

執筆者:宮本雄二 2025年4月1日
エリア: アジア 北米
中国も現行国際秩序の枠組みから大きなメリットを享受している[日中友好7団体の幹部との面会冒頭、あいさつする中国の王毅外相(左)=2025年3月23日、東京都内](C)時事
現行国際秩序の骨格を維持し、改善し、発展させるということ以外に、日本が矜持を持って生き残れる道はない。中国にとっても、それは同じだ。現行国際秩序の原理、原則以上のものを、中国も考え出せていないのだ。日中がこの共通の土俵に上がっている事実を踏まえ、安全保障問題の処理と「トランプ後の米国」を視野に入れた東アジアの平和と安定の仕組み作りに直ちに着手する必要がある。

 昨年秋、ドナルド・トランプ氏が再び大統領に選任され、われわれは米国社会が深層において激変している現実を目の当たりにした。就任直後から吹き荒れるトランプ旋風は、米国を、そして世界を直撃している。これまで禁じ手であったものを含め、何でもありの世界に放り込まれた。

 さすがに米国の存在は大きい。全世界が混乱の度合いを深めている。トランプ政権の習性と強度の見極めがつくまでは、その場しのぎの対応となろうが、米国のトランプ症候群(シンドローム)については、取りあえずの解を出しておかないと、その後の大きな方向性を間違う。

新たなデモクラシーの模索

 トランプ大統領は、大統領の権限を意識的に拡大し、米国の民主主義(デモクラシー)の根幹である三権分立に挑戦している。言論空間への支配を強め、トランプ大統領にたてつけない雰囲気は急速に拡大しており、その中で、自分に刃向かった者を潰している。現に、米国ではヒトラーの再来を心配する声さえ起こっている。

 米国をよく知る識者は、トランプ・シンドロームは民衆革命の表象であり、現在の仕組みが持続不可能な格差を生み出した結果だと指摘する1。確かに、90年代の半ばに米国ジョージア州アトランタに住んでいたころ、すでに米国社会の軋みははっきりと感じとられていた。黒人や女性を優遇する積極的格差是正措置(アファーマティブ・アクション)による逆差別に、白人男性は怒っていた。新自由主義経済のもたらす競争社会は、転職ごとに減給する多数の一般労働者と、給料が増え続ける一部職種のエリートとの格差社会を生み出していた。

 自由民主主義(リベラル・デモクラシー)を信奉するリベラル派は、その後も少数者の権利の拡大を追求し、ますます多くの国民を敵に回した。新自由主義経済は格差を拡大し続け、移民や自由貿易が、自分たちの生活を脅かしていると見る人も増えた。

 トランプ・シンドロームは、このような米国社会の変質に対する民衆の不満の表れと見るべきだ。トランプ大統領を再選させる形で、米国社会は古い仕組みを壊し新しい仕組みを作るプロセスを始めたと見るべきだろう。米国の歴史は、米国が何度かそういう自己変革を行ったことを教える。そのプロセスと落ち着き先は、まだ分からない。

 だが、米国民は、これまでの「リベラル・デモクラシー」はノーだが、「デモクラシー」そのものにノー出しをしているわけではない。一部で心配されているようなトランプ大統領のモンスター化の可能性はゼロではないが、そのような心配を生み出している大きな原因の一つは、この大変化に民主党が対応できていないことにある。むしろ米国社会は、新たなデモクラシーの模索を始めたということであろう。米国が憲法を否定し専制国家になるハードルは著しく高いとみておくべきだ2

「大国の1つ」の米国も、中国に抜かれるつもりはない

 それはまた、米国が唯一の超大国から、「大国の1つ」となるプロセスの始まりでもある。このプロセスは、実はかなり前から始まっていたのだが、それがはっきりしたということだ。もちろん、予見しうる将来、米国は世界のナンバーワン大国だが、それでも、いくつかの大国の1つとなる。もはや超大国の時代のように世界のためにお金も使わないし、軍事力も使わないということだ。

 戦後国際秩序は、リベラル・デモクラシーという米国の理念により作りあげられた。そうすることが当時、新興大国であった米国に有利だったという側面はあるが、この米国の理念が世界を勇気づけ、希望を与えたことも、また事実である。その指導理念を米国自身が放棄したかに見える。多くの米国民は、戦後国際秩序は米国の資金と軍事力で支えてきたにもかかわらず、そこから、もう「配当金」は来ないし、持ち出しばかりだと感じている。トランプ後の米国は、当分の間、徹底した米国第一主義であり、自分に都合の良い形でしか国際社会とは付き合わないであろう。

 われわれは、そういう米国を前提にして、これからの世界を生きていかなければならない。欧州は、特に安全保障では「米国頼み」から脱却せざるを得ないと覚悟した。欧州は英国とEU(欧州連合)をあわせて5億2000万の人口を持ち、経済規模も国家として第二位の中国を上回る。しかも英仏は核兵器を保有している。大きな困難を伴うが、いざとなれば、やれるのだ。

 しかし日本は、そうはいかない。東アジアの安全保障は、核兵器国化に邁進する北朝鮮と軍事力の増強が止まらない中国、そしてロシアの動きに焦点が当たる。そして、ここには欧州のような諸国連合もなければ、この地域の平和と安全を話し合う場もない。そのなかで中国の力が突出し、北朝鮮やロシアが蠢動することになる。日本は、実に重大な挑戦に直面していることが分かる。

 トランプ大統領の不確実性は甚だ大きいが、米国自体をとれば、中国に抜かれるつもりは全くない。ましてや東アジアから白旗を掲げてグアム島まで引き下がる気もない。米国の存在を前提にして日本の安全保障を考えること自体、間違いではない。その上で、米国第一の、できれば他国のもめ事には巻き込まれたくない米国になっていくという厳しい現実は、基本としてしっかりと認識しておかなければならない。

グローバルサウスも困る「現行国際秩序」の崩壊

 そのような米国の変化は、同時に、現行国際秩序を大きく動揺させている。国連に代表される国際協調と多国間主義、WTO(世界貿易機関)に代表される自由貿易、それらを貫く「法の支配」が動揺させられているのだ。

 これに日本はどう対応すべきか?

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
宮本雄二(みやもとゆうじ) 宮本アジア研究所代表、元駐中国特命全権大使。1946年福岡県生まれ。69年京都大学法学部卒業後、外務省入省。78年国際連合日本政府代表部一等書記官、81年在中華人民共和国日本国大使館一等書記官、83年欧亜局ソヴィエト連邦課首席事務官、85年国際連合局軍縮課長、87年大臣官房外務大臣秘書官。89 年情報調査局企画課長、90年アジア局中国課長、91年英国国際戦略問題研究所(IISS)研究員、92年外務省研修所副所長、94年在アトランタ日本国総領事館総領事。97年在中華人民共和国日本国大使館特命全権公使、2001年軍備管理・科学審議官(大使)、02年在ミャンマー連邦日本国大使館特命全権大使、04年特命全権大使(沖縄担当)、2006年在中華人民共和国日本国大使館特命全権大使。2010年退官。現在、宮本アジア研究所代表、日本アジア共同体文化協力機構(JACCCO)理事長、日中友好会館会長代行。著書に『これから、中国とどう付き合うか』『激変ミャンマーを読み解く』『習近平の中国』『強硬外交を反省する中国』『日中の失敗の本質 新時代の中国との付き合い方』『2035年の中国―習近平路線は生き残るか―』などがある。
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