節目の日本外交が着手すべき日中「戦略的互恵関係」の発展的な再定義

執筆者:宮本雄二 2024年11月6日
エリア: アジア
新政権に対する中国の期待はかなり高い[東アジアサミット(EAS)が開催されたラオスで中国の李強首相と会談した石破首相=2024年10月10日、ラオス・ビエンチャン](C)時事
去る10月、習近平中国国家主席は石破茂新首相に祝電を送り、日中「戦略的互恵関係」を推進したい旨を伝えたという。求心力が回復しない習政権にとって、外交は国内を安定させるカギでもある。その最大テーマである米中関係は台湾問題が核心だが、ここでの日本のレバレッジは極めて大きい。共同歩調が利益になると理解されれば、日本は中国を動かせる。節目を迎えた日本外交は、2008年に合意した「戦略的互恵関係」を、軍事安全保障を含んだものとして発展的に再定義すべきだ。

 2022年秋の中国共産党第20回党大会を境目として、中国の国内情勢に変化が生じている。17年の第19回党大会における野心的な内外政策と、その後の言動から、自己主張の強い強権的な習近平政権という見方が定着した。現在、それを一部修正する必要が出てきているのだ。

 中国は、今や世界第二の大国となり、存在感を高め、影響力を増している。中国の変化を敏感に捉え、中国との関係に随時修正を加えていくことは、日本のみならず世界にとっても必要不可欠な作業だ。日本は、そのように変化を続ける中国と、これから如何に付き合って行けば良いのであろうか。

政治的な安全を求めない不満分子の増加

 習近平政権の求心力は、22年秋の党大会の直後、ゼロ・コロナ政策という鳴り物入りの政策が、突然、180度転換されたことにより大きく減じた。その後、その件には誰も言及せず、あたかもそんな政策をやったことはないという態度をとられれば、政権への信任、政策への信頼は揺らぐ。

 中国の経済も社会も、コロナから受けた打撃は大きい。経済はコロナ後、急速に回復するはずだったが、2年経った今も上向く気配はない。コロナ禍から続く経済の不調と失業者の増加は、格差の拡大を目立たせ、社会不満を増大させる。これに加えて、何度も指摘してきた官僚機構の疲弊がある。現状への不満は大きくなっており、この政権に経済運営を任せて良いのかという雰囲気は広がっている。その結果、国民の将来に対する期待値も低下し、政権への求心力は確実に低下している。そうすると社会の不満分子がうごめき出す。

 本年6月の蘇州、9月の深圳における日本人学校バス・児童襲撃事件は、この社会情況を反映した事件である可能性は高い。良く反日の動きと結びつけて語られるが、中国における反日運動には社会的基盤があり、社会も支持する。反政府の輩も、時に反日に紛れ込んで憂さ晴らしをするが、そこは政治的に安全な空間だからだ。しかし子供の殺傷は社会を敵に回す。蘇州において命がけで日本人の子供を守ろうとした中国人女性の存在は、中国社会の価値観を示している。

 日本人学校への襲撃事件は、政治的な安全を求めておらず、もっぱら不満のはけ口として利用されている。日本人学校を執拗に攻撃するネット上の動きが、個々人の社会への不満を日本人学校に誘導した可能性はある。政権の統治に対する批判のシンボルとなり得るからだ。

 だからと言ってパニックになる必要は毛頭ない。たとえそうだとしても、当局はすでに十分な対応を終えているだろう。われわれが問題の所在に気づいたときには、当局はすでに対策を立てているというのが、私の経験則だ。

米中関係の核心、「台湾問題」における日本の重要性

 政権に対する求心力の低下は、当局も当然、気づいているはずだ。

カテゴリ: 政治
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
宮本雄二(みやもとゆうじ) 宮本アジア研究所代表、元駐中国特命全権大使。1946年福岡県生まれ。69年京都大学法学部卒業後、外務省入省。78年国際連合日本政府代表部一等書記官、81年在中華人民共和国日本国大使館一等書記官、83年欧亜局ソヴィエト連邦課首席事務官、85年国際連合局軍縮課長、87年大臣官房外務大臣秘書官。89 年情報調査局企画課長、90年アジア局中国課長、91年英国国際戦略問題研究所(IISS)研究員、92年外務省研修所副所長、94年在アトランタ日本国総領事館総領事。97年在中華人民共和国日本国大使館特命全権公使、2001年軍備管理・科学審議官(大使)、02年在ミャンマー連邦日本国大使館特命全権大使、04年特命全権大使(沖縄担当)、2006年在中華人民共和国日本国大使館特命全権大使。2010年退官。現在、宮本アジア研究所代表、日本アジア共同体文化協力機構(JACCCO)理事長、日中友好会館会長代行。著書に『これから、中国とどう付き合うか』『激変ミャンマーを読み解く』『習近平の中国』『強硬外交を反省する中国』『日中の失敗の本質 新時代の中国との付き合い方』『2035年の中国―習近平路線は生き残るか―』などがある。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top