苦肉の「動的ゼロ・コロナ」で守る共産党の威信と経済の悲鳴

執筆者:宮本雄二 2022年5月30日
エリア: アジア
上海で検査をする医療従事者(5月27日)。上海のロックダウンは中国経済に大きな打撃を与えている  (C)AFP=時事
北京式ゼロ・コロナ政策の出口戦略として、経済との共存を目指す「上海モデル」は暗黙の期待をかけられたはずだ。その崩壊が経済に打撃を与え社会の忍耐力をすり減らす中で、「ゼロ感染」「ゼロ容認」ではないとしつつも政策の継続性が強調された「動的ゼロ・コロナ」政策を打ち出す習近平体制の自縄自縛は深まっている。

 1949年以来の中国の歴史を見れば、ある意味で上海と北京の争いでもあった。

 文化大革命を牛耳った“四人組”は、上海を根拠地にして鄧小平たちの北京に対抗しようとした。鄧小平は、改革開放政策の基地を広東省、特に新しく造った深圳市に置いた。文革の“垢(あか)”にまみれた上海を回避しようとしたのだ。上海のナンバーワンをつとめた江沢民は、上海の復権につとめ、上海を再び経済の中心に据えた。だが政治の中心は北京のままだった。政治は北京、経済は上海の構造が固まったのだ。同じく上海のトップから北京入りした習近平は、国政に占める政治のウエイトをさらに高めた。鄧小平路線でどうにかバランスしていた政治と経済の関係に失調を来し、政治が経済を圧迫するようになった。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
宮本雄二 みやもと・ゆうじ 宮本アジア研究所代表、元駐中国特命全権大使。1946年福岡県生まれ。69年京都大学法学部卒業後、外務省入省。78年国際連合日本政府代表部一等書記官、81年在中華人民共和国日本国大使館一等書記官、83年欧亜局ソヴィエト連邦課首席事務官、85年国際連合局軍縮課長、87年大臣官房外務大臣秘書官。89 年情報調査局企画課長、90年アジア局中国課長、91年英国国際戦略問題研究所(IISS)研究員、92年外務省研修所副所長、94年在アトランタ日本国総領事館総領事。97年在中華人民共和国日本国大使館特命全権公使、2001年軍備管理・科学審議官(大使)、02年在ミャンマー連邦日本国大使館特命全権大使、04年特命全権大使(沖縄担当)、2006年在中華人民共和国日本国大使館特命全権大使。2010年退官。現在、宮本アジア研究所代表、日中友好会館副会長、日本日中関係学会会長。著書に『これから、中国とどう付き合うか』『激変ミャンマーを読み解く』『習近平の中国』『強硬外交を反省する中国』『日中の失敗の本質 新時代の中国との付き合い方』などがある。
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