ベルリンに波及した日韓対立
日本軍の慰安婦問題が日韓の政治的な対立の焦点となって久しいが、問題はドイツにも波及している。2011年に韓国・ソウルの日本大使館前への設置以来、米サンフランシスコなど世界各地に次々と設置されている慰安婦像。ドイツでもこれまで様々な都市に設置しようとする韓国側と、それを阻止しようとする日本政府の対立があった。特に、2020年9月にベルリン中心部のミッテ区に在独の市民団体・コリア協議会によって設置された慰安婦像は、日本でも大きな話題になってきた。
当初から日本政府は像の撤去を求めてきたが、市民の撤去反対運動やミッテ区議会による支持を受け、これまで4年間設置が続いた。像が立っているのは、多様なルーツを持つ人たちが住むモアビット地区の、静かな住宅地の小さな交差点のベンチ前の公有地だ。特に目立つ場所でもなく、公園の近くの緑豊かな地域に溶け込んでいるように見えた。
しかし、同像は公募によらずに設置されており、公有地への設置許可のこれ以上の延長は不可能として、設置先のミッテ区長からこの夏、撤去を求める方針が出た。同地区では公共スペースへの作品展示は一時的なものに限られており、これ以上設置を許可する手段がないのだという。ミッテ区長側からは像を一般人が立ち入れる私有地に移転させるなどの提案がなされたが、コリア協議会はそれに応じなかったため、9月30日、4週間以内に像を撤去する命令が区から出された。しかし、同団体は命令差し止めを求めて、ベルリン行政裁判所に提訴し、抗議運動もまだ続いている。
撤去を働きかける日本政府への非難
像の近くにはコリア協議会の事務所兼、慰安婦に関する小さなミュージアムがある。ミュージアムは週2日の限られた時間だけオープンしており、戦争下の性暴力について学べるようになっている。像移転に同団体が反対するのは、このミュージアムの近くにある必要があるからだという。
また、コリア協議会はこれまで啓発プロジェクト「私の隣に座って」を実施し、14歳以上の若者に、慰安婦問題について伝えてきた。慰安婦の話から現在の戦争、日常の暴力や性差別について考えるというものだ。この活動の資金は、2021年以降、ベルリン市の文化教育プロジェクト基金から拠出されてきたが、2024年は諮問委員会で必要とされる3分の2以上の賛成が得られずに却下された。その後、同委員会にはベルリン市長カイ・ワェグナーと日本大使館の介入があったと、ベルリンとブランデンブルク地域の独公共放送「rbb」などが報じてきた。
ワェグナー市長は今年5月、東京都との友好都市提携30周年を記念して訪日し、小池百合子都知事や、上川陽子外務大臣(当時)と会談している。それを受け、ワェグナーが慰安婦像について「一方的な表現は行われるべきではない」「変化を起こす」と発言したというプレスリリースがベルリン市から発表された。そこから読み取れたのは、日本政府からの影響による像撤去だった。
その直後から、ベルリンでは像の撤去に反対する抗議や署名活動が、コリア協議会などを中心に行われてきた。7月の岸田文雄前首相による訪独に際しても、ベルリン在住の韓国人や日本人を中心に慰安婦像撤去への抗議デモが起きた。それと同時に、撤去騒動はベルリンのメディアを中心にドイツでも報じられてきた。
日本政府は、2015年の慰安婦問題日韓合意を、韓国政府に事実上破棄されたものの、「最終的、不可逆的な解決」としてきた。合意では、この問題で双方を国際的に非難することを控えるように求められている。それに従って日本政府は各地の慰安婦像撤去を求め続けてきたが、その様子はドイツでは厳しく受け止められている。rbbの記事に寄せられたコメントは、一部でベルリンという無関係な土地に慰安婦像を作ることに疑問が呈されていたものの、多くは日本が自国の罪に関するモニュメントをなくそうとしていると捉え批判する内容になっていた。
「過ちを再び起こさないためのもの」と解釈するドイツ人
日本では、慰安婦像は「日本政府への抗議」として捉えられがちだが、ドイツでは違う。設置者側は日韓の問題を超えた、戦時中の女性に対する暴力という人権問題として訴えており、ドイツではこの像は「平和の像(Friedensstatur)」と呼ばれ(韓国での呼称も「平和の少女像」)、フェミニズムや人権の観点から捉えられているのだ。当初ミッテ区役所によって銅像の設置が許可されたのは、「日本兵による暴力的な性犯罪だけでなく、ドイツ兵による暴力的な性犯罪についても世論を喚起することになる」と考えられたためだと、同区役所広報官は、独紙「taz」に語っている。同じ形の銅像が世界中に作られているという事実は、ほとんど知られていない。
ドイツには「想起の文化(Erinnerungskultur)」という、負の過去を積極的に追憶する取り組みがある。特にホロコースト、中でもユダヤ人への加害に焦点が当てられ、追悼碑や資料館が各地に設けられている。2005年にブランデンブルク門のそばに開設された「ホロコースト記念碑」が有名だが、それにとどまらず、学校教育でも積極的に教えられている。あちこちに記念碑があるベルリンでは、慰安婦像は、その一つとして受け止められているようだ。
9月18日、rbbのベルリンの夜のテレビニュース「アベンドシャウ」で、慰安婦像撤去に関する10分程度の報道があった。それを見て、翌日19日に像を見にきたという高齢の男性は、「像の設置許可延長は法的に不可能なので仕方ないと聞いたけれど、とても残念だ」と語った。
この男性も、慰安婦像の話を、日韓という枠組み以上に、普遍的な問題として捉えているようだった。
「これは平和のためのプロジェクトだ。間違いを再び起こさないと考えるためのものなのに、撤去してしまうなんて。戦時中の慰安婦の人たちがどんな酷い目にあったのか、今回報道で知ってショックを受けた。あんなことを再び起こさないようにするために行動する必要がある。私は東独生まれだが、当時うるさく活動していたために壁が崩壊する前に国外追放された。だから自由や平和の意味をよく知っているし、ナチスの罪に向き合い、記憶するというドイツの姿勢を誇りに思っている」
その日の前後には像撤去反対の抗議運動が起きており、慰安婦像の周りには、コリア協議会による抗議集会やオンライン署名の案内が貼られていた。6月から始まった呼びかけに対し、4カ月で4万以上の署名が集まっている。この男性も署名に興味を持っていた。
理解されていない日本側の「努力」
ドイツにおいては、歴史をめぐって日韓の間に対立があることは知られているが、ドイツ側の報道を見ても、日本のこれまでの努力を知っている人はほとんどいない。
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