問題は「公共交通の赤字」ではない
日本の地方交通、特にローカル線や地域バス路線が赤字と存続の危機に瀕しているのは、単に少子化・人口減少に起因するものではない。より根深い問題は、「公共交通は稼げるビジネス」という認識が、世界的に見れば日本固有の、そして危険な神話であるという点にある。
東京、大阪、名古屋といった大都市圏は人口密度が極めて高く、特に東京23区は1平方キロメートルあたり約1万5700人に達する。この超高密度が、鉄道会社に安定した大量輸送需要と、日本版TOD(Transit Oriented Development=公共交通指向型開発)と呼ばれるビジネスモデルを実現した。これは、公共交通を軸とした巨大なターミナル駅や沿線開発による不動産・流通収益をもたらし、鉄道が単独で黒字を出す世界でも稀な形態である。しかし、この大都市の成功体験が、人口密度が低く採算が取れない地方にも、公共交通の赤字が問題だという誤った政策判断を強いてきた。
日本の鉄道は民間事業者が主体であり、その経営努力と自立採算を基本とする。赤字補填の継続は財政の持続可能性の観点から容認できないとされてきた。しかし、この考えは、公共交通が持つ社会的・都市構造的な役割を無視している。赤字は、スプロール化(無秩序な分散開発)という非効率な都市構造の帰結であり、事業者の努力だけでは是正できない構造的な問題なのだ。
地域社会に投資する欧米、運賃を補填するだけの日本
欧米諸国は公共交通を、水道や電力網と同様の地域社会の基盤を維持するための必須インフラ(公共財)として捉え、外部経済効果(外部便益)を狙って投資する。日本の地方よりも人口密度が低いにもかかわらず、公共交通網が充実しているのは、この投資の思想に起因する。
公共交通への投資の目的は、運賃収入の最大化ではなく、街の集積(コンパクト化)と都市機能の効率化、移動の保障、環境負荷の低減である。
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