中東―危機の震源を読む (27)

「価値の闘争」を打ち出したブレアの危機感と深謀

 イギリスのブレア首相は『フォーリン・アフェアーズ』二〇〇七年一月―二月号に、「グローバルな価値をめぐる闘い」と題する論説を寄稿している。この論説は、9.11事件以来、そしてイラク戦争や二〇〇五年七月七日のロンドン地下鉄テロ事件以来、何度も行なわれてきた、イスラーム主義による国際テロリズムの挑戦に対して決然と対峙することの必要性を説く演説を集大成したものといってよい。 ブレアが強調するのは、この問題は警察的・行政的な個別的テロ対策のみで解決し尽くせる問題ではなく、根底にある価値観の対立に踏み込んでいかなければならない、という認識である。ブレアの認識によると、宗教的過激主義の奉じる理念と、西欧に端を発して世界に広まった近代的な自由と人権の理念との間にこそ対立が存在し、それゆえ紛争が生じているのであり、この紛争で敗れることは、欧米社会を成り立たせている枢要な価値や規範を譲り渡してしまうことになる。現在争われているのは「政権転覆」ではなく「価値転覆」なのであり、〈究極には近代性をめぐる闘いである〉という。

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執筆者プロフィール
池内恵(いけうちさとし) 東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』(同)などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
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