救い出された人質はようやく語り始めたが、モスクワの劇場で起きた惨劇には不明な個所が多い。 まず人質に取られた観客の数が、六百人から九百人まで諸説ある。劇場を乗っ取ったチェチェン武装勢力の数も、約五十人。さらに最大の謎は、救出作戦に使われたガスである。「全身が動かなくなり、指も動かせなくなったと思ううちに意識を失った」と人質の一人は語った。ロシア政府がガスの成分を明かさないから、病院は治療法が判らなかった。死者百十九人。うち銃弾で死んだ者は、たった二人ないし十人だそうである。 水も食物も乏しく、オーケストラピットをトイレにして監禁四日目の夜、一人の少年が「オカーサン」と叫んで通路を出口の方へ走った。ゲリラがその子を撃った銃声を聞いて、ロシア特殊部隊は救出作戦を開始し、まずガスを通風孔などから注入したらしい。

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