12日戦争は、2023年10月7日のハマスによる対イスラエル・テロ攻撃以降の中東地域の激動に一つの区切りをつけるものだ。この一年半の間に、イランの覇権主義的動きに歯止めがかかる一方、イスラエルは地域全体に戦力を投射する能力を確立し、地域の戦略地図は一変した。
同時にこの戦争において、米国は中東地域でイラク戦争以来初めてとなる本格的軍事行動に踏み切った。米国内には、今回の行動を米国の抑止力を回復するものとして歓迎する声もあるが、イラン攻撃に至るまでのドナルド・トランプ大統領の言動は、交渉と軍事介入の間で揺れ動いた。そしてその背景には米国の対外的な軍事介入に反対するMAGA運動の圧力が指摘されている。
本稿では、トランプによる決断の政治的背景を分析するとともに、米国による対外的関与の今後の在り方にどのような意味合いを持つのか、考察してみた。
即断できない空爆の効果
本論に入る前に今回の作戦の軍事的成果について簡潔に評価しておきたい。
今回の空爆は、イスラエルの「ライジング・ライオン作戦」によってイランの防空能力が相当程度低下した後に行われた。しかし、その点を割り引いても、多数のアセットを駆使し、複数の標的への精密攻撃を完遂した手際は称賛に値する。国防省がどの時点から具体的な作戦の準備に着手したのかは明らかではないが、バンカーバスター(GBU‐57)爆弾の投下を軸とする構想自体はアメリカ中央軍(セントコム)を中心に相当前から温められていたものと想像される。
問題はイランの核開発計画に与えた影響である。この点、米国内ではトランプが作戦終了直後の記者会見において「(核開発計画を)壊滅した」という断定的な評価を下したことが論議を呼んでいる。
確かに、被害について精度の高い評価を行うためには、衛星画像、地震波などの科学的データばかりでなく、通信傍受や工作員によるインテリジェンスをも含めた包括的な分析が必要であり、結論を得るまで数カ月を要しても不思議はない。そうした意味で、トランプの発言が過早なものであったことは否めないが、同時に物理的な被害の程度は今後のイラン側の動向を占う決定的な要素とは言えないことにも留意すべきだ。
イラン側にとって、核開発計画の将来に係る判断は、「被害が20%程度なら続行、50%を超えたから断念」といった機械的なものではなく、計画続行に伴う政治的、経済的、軍事的コストを総合的に検討したうえで下されるはずだ。核開発をめぐるイランの動きについては、これまで通り継続的な監視が必要であり、外交交渉を通じそのための有効な枠組みを構築することが最善の方策であることは間違いない。
「馬鹿げた戦争」への反発
前述のとおり、トランプによる空爆断行の決断に際しては、MAGA(”Make America Great Again”)運動の支持層から強い慎重論が提起された。その範囲は、運動の重鎮であるスティーブ・バノン元大統領上級顧問やタッカー・カールソン、チャーリー・カークといった有力インフルエンサー、さらには、マージョリー・テイラー・グリーン下院議員など、MAGA派の連邦議員に至った。MAGA支持層からトランプ政権に対してこのような広範な不満が表明されたのは、第1次、第2次政権を通じ初めてのことだ。
なぜこのような反対論が生まれたのか? その背景を理解するためには、MAGA運動が形成された文脈を想起する必要がある。
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