
若き日の藤原義江。撮影年は不詳だが、撮影者は、第2次世界大戦時、米日系人収容所で隠し持っていたレンズでカメラを作り、密かに収容所で暮らす日系人を撮影していたことで知られる写真家の宮武東洋(下関市の「藤原義江記念館」提供)
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時は明治36(1903)年、大分の杵築にある料亭「旭楼」は、折に沸く石炭景気で「第五旭楼」までできる盛況ぶりだった。縁起を担ぎ、3番目の支店の次は第5店と呼んだ。夕方ともなると、髪結いから高島田に結い着飾った芸者たちが出てきて、通りは華やかな雰囲気となり、びんつけ油の甘い香りが広がる。

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