自衛隊最高幹部が語るウクライナ戦争(第1部/上)――ウクライナの戦いから我々は何を学ぶべきか

執筆者:岩田清文
執筆者:武居智久
執筆者:尾上定正
執筆者:兼原信克
5月9日の対独戦勝記念パレードに登場したロシアの大陸間弾道弾「ヤルス」 ©EPA=時事
軍事大国ロシアによる隣国ウクライナへの全面侵攻は、国際社会に大きな衝撃を与えた。ウクライナ戦争は今後の国際秩序にどう影響するのか。同じくロシアと国境を接する日本は、ウクライナの戦いからいかなる教訓を得られるのか。陸海空自衛隊、そして国家安全保障局の元最高幹部が一堂に会して語り尽くした、“ウクライナ後”の安全保障論。(第1部/下はこちらのリンク先からお読みいただけます)

 

岩田清文(元陸上幕僚長):これまで私たち4人は、日本の安全保障をテーマにした座談会を2度行い、それぞれ『自衛隊最高幹部が語る令和の国防』『自衛隊最高幹部が語る台湾有事』という本にまとめました。今回、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、また同じメンバーに集まっていただきました。どうぞよろしくお願いします。

 本日のテーマは、「今日のウクライナを明日の台湾、日本にしないために」というものです。討論は大きく4部にわけて行います。第1部は、ウクライナ戦争から我々が得るべき教訓は何か。第2部は、中国や北朝鮮に与えた影響について。第3部は、核戦略および台湾有事への影響について。そしてそれらを踏まえて、第4部では日本を含む西側諸国が今後とるべき進路について。この4点について、陸海空自衛隊、そして官邸や外務省、それぞれの立場から議論を深めていきたいと思います。

※この座談会は5月13日に行われました。

 

日本に欠落した能力

岩田:まず今回の戦争から得るべき教訓について。ロシアによる侵攻によって、もう半世紀、あるいは70年も時代を引き戻された感がありますが、そういう中で皆さんが認識している時代の変化と、その評価や教訓について語ってください。最初は兼原さんから口火を切っていただければと思います。

兼原信克(元国家安全保障局次長):今回の戦争の一番大きなショックは、国連の安保理常任理事国で、NPT(核兵器不拡散条約)体制における正当な核兵器保有国であるロシアが、隣国のウクライナを正面から侵略して、しかも核の恫喝を行っているということです。これは戦後国際秩序の根幹が崩れたということだと思います。

 安全保障面からの教訓は、一つがサイバーです。サイバーに関して、今回ウクライナはすごく立派に戦っている。2014年のクリミア併合の際は、ロシアのハイブリッド戦が効果的で、発電所、変電所、通信施設がみんなやられてしまった。電気がないと機械は動かないし、通信ができないので、ウクライナはいわば盲目の“座頭市”状態になって一瞬で負けた。しかしその後、米軍の協力を得ながらサイバーセキュリティの増強を行い、今回はロシアのサイバー攻撃が完全にはね返されている。これは極めて大きいと思います。結果的に今、ロシア軍は、第二次世界大戦さながらの破壊と前進という、100年前の陸軍の戦い方をしていて、これは裏を返すと、ウクライナのサイバーセキュリティがしっかり機能しているということだと思います。

 ただ、これと同じことを日本ができるかというと、おそらく2014年のウクライナみたいな“座頭市”型になってしまう。日本もサイバー能力の増強が絶対に必要です。たしかに自衛隊の中にもサイバー防衛隊が立ち上がっていますが、まだまだ規模が小さい。アメリカの元国家情報長官デニス・ブレア氏にアメリカではどうやっているのか聞いたところ、全体で1万人ぐらいの規模のサイバー部隊を抱えているそうです。その最前線では、6人組のハンティングチームというのを作ってある。内訳は2人が軍人、2人がハッカー専門家、2人がエンジニアですね。この組み合わせで、米国政府などに侵入してくるマルウェアを追っかけ回しているんです。そして最終的に発信元を特定したら、スパコンの力を使って、マルウェアを発出する敵のコンピュータの中に、正当な権限を持って入り込んで警告する。

 実は今回、ロシア軍の動きに関する情報は、サイバー空間からの情報が半分以上だといわれています。戦況を見てもわかるように、かなり正確に相手の動きを掴んでいる。こういった能力は、現在の日本には完全に欠落してる能力なので、すぐにスパコンを導入してハンティングチームを作って、岩田陸幕長が水陸機動団を作らせたように、今度はサイバー旅団というのを作らないといけないと思います。そして自衛隊に政府と重要インフラを守らせる。あるいは、内閣サイバー情報セキュリティセンターを作って自衛官を大挙して送り込むことが不可決です。

 それから核ですね。チンピラのような北朝鮮は別にして、核保有国同士では「最後の瞬間には互いに核を使うことになるから、はじめから戦争はしない」というのが暗黙の了解だった。ところがP5(NPTで核保有を認められた安保理常任理事国の米露英仏中5カ国)の一員であるロシアの大統領が、隣国に攻め込んだ上に「俺はいつキレるかわからないぜ」と言って核を恫喝に使っている。これは想定外で、「エスカレーション抑止」なんていうと聞こえはいいですけども、要するにチンピラがキレるぜと言って凄んでいるのと同じです。核はそういうふうに使うものではないというのが前提だったんです。

 他方、同じことをされたらどうなるかということは、日本も考えておく必要がある。ウクライナ戦争と台湾有事の決定的な違いは、NATO(北大西洋条約機構)圏外のウクライナにはアメリカは直接介入しないということです。だから介入の直前まで、寸止めで支援をしているわけですけども、ウクライナと違って台湾は西側の勢力圏に入っているので、正式な防衛義務こそないものの、台湾有事では直ちにアメリカが軍事支援に入る可能性がある。そうなると、台湾と目と鼻の先にあって米軍基地のある日本も瞬時に巻き込まれるということが十分考えられます。その場合、習近平にとって一番効果的なのは、日本を戦線から離脱させることだと思うんですね。西側の鎖の中でそこが一番弱い環なので。日本が外れたらもうアメリカは戦えませんから、そこをブッ千切ればいいわけです。それが理由となって日本が核の恫喝に晒される可能性がある

 アメリカは米兵が殺されたら絶対にやり返すんですけど、日本が単独で守っている離島がやられたら、本当にやり返すかはわからないわけですよね。もしそうなったら、恫喝されるだけでおそらく総理官邸は腰が抜けます。核兵器は、半分は心理戦用の兵器です。戦争が始まってから自衛隊を打ち負かすのではなく、始まる前に総理の腰を砕けばいい。核の恫喝に屈しないと言える総理はなかなかいないと思いますよ。ですから、核に対する抑止力をどう強化するか。日本は独自核が持てないので、アメリカの「核の傘」の信頼性をどう強化するかということは、これから真剣に考えていかなくちゃいけないと思います。

「モスクワ」沈没の衝撃

岩田:ありがとうございます。次は武居さんから、総合的な話に加えて、特に海上作戦に関する分析も含めお願いします。

武居智久(元海上幕僚長):総合的な教訓としては、民主主義国のリーダーは決断がどうしてもリアクティブ(反応的)になるんだなと、改めて感じました。要するに危機が発生した後でなければ決断ができない、あるいは決断が非常に難しい。戦争のような非常事態が起きると事前にわかっていても、特に国民の権利が侵害されたり、自由な活動が阻害されたりする可能性のある決断をするのは、民主主義国の政治家には非常に難しい。サイバーに関連して兼原さんが仰った通り、ウォロディミル・ゼレンスキーはアメリカからも十分すぎる量の情報を事前に得ていたはずで、やろうと思えば開戦前に国民の避難もできたと思うのですが、それができなかった。やはり民主主義の国家というのは、危機が起こってからでないと行動できないという特徴があるのかなと思いました。

 日本政府は新型コロナウイルスのワクチンでもこれだけ後手に回ってきたわけです。日本の安全保障法制の中で、武力攻撃予測事態というものがありますけど、実は予測事態を認定するのが一番難しいのかなと。それがウクライナの事例から感じたところです。予測事態を発動する時というのは、まだ事態が始まってないわけですから、大きな政治的な胆力、決断が必要になるんですけど、それを政治家はどうやって養っていくか、心構えを持っていくかということは、今の政治に一番求められていることであろうと思います。これが全般的な教訓です。

 海軍作戦に関しては、一番ショックだったのは艦艇が続けて攻撃を受けたことです。ミサイル巡洋艦の「モスクワ」が4月14日に攻撃され沈没したニュースには驚きました。このモスクワは1983年就役で、十分な対空装備を持っているんです。写真を見てください。艦の上の方にクルクル回る畳みたいなものがついていますが、これが「トップベア」というレーダー。それから「トップスティア」というのもある。つまり2種類の対空レーダーを持っている。前部には「AK630」という30ミリの近接対空火器(CIWS)が二つあり、対空ミサイル(SAM)も長射程と短射程の2種類を持っている。それから当然130ミリ連装砲も持っているんですが、それでもやられてしまった。

アメリカ海軍協会HPより

 また、これらはアメリカの海軍協会の5月5日の記事から引っ張ってきた写真ですが、左が火災を起こしたときの写真で、矢印の部分が「トップドーム」、そのすぐ左下にあるのがいわゆる「ポップグループ」という、いずれも対空ミサイル誘導用レーダーなのですが、これらのレーダーが後ろを向いて並んでいる。

 それから右上の写真を見てください。これが停泊中の状態で、やはりレーダーは船尾の方を向いていますね。これはストーポジション(格納位置)です。つまりこの写真を見る限り、モスクワのミサイル指揮装置は、攻撃を受けた時もストーポジションのまま動かなかった可能性がある。加えてこの記事によると、モスクワの乗員は「ミサイル攻撃に気付かなかった」と言っている。

 この艦は古いポイントディフェンス(地点防空)システムを使っていたんですが、古い設計のウクライナ製「ネプチューン」巡航ミサイルに能力的に対応できなかったということはないはずです。ネプチューンは、自衛隊が目下対応を急いでいるような極超音速ミサイルではなく、旧来型の亜音速ミサイルです。なのにモスクワは対応できなかった。これは非常にショックな話でした。

 では、なぜ対応できなかったのか。可能性としてはいくつかあると思うのですが、一つが、40年前のシステムが十分なメンテナンスが受けられないまま、部品枯渇で非稼働になっていたということです。これはどの海軍でもあり得ることで、海上自衛隊でもないとは言えません。予算があれば新しい武器システムに取り替えたはずです。ロシア海軍には金がないというのと、そもそもロシア海軍には「作ったら作りっぱなし」というところがあるので、必要な時に動かなかったこともあり得る。対空ミサイル自体も1980年代のものですが、ミサイルの発射薬というのは劣化しますから、定期的に掘り出して新しいものにしないといけない。これも多分やっていなかった。つまり、モスクワの対空ミサイルシステムは使えない“お飾り”だったんじゃないか。これが一つ目の可能性です。

 二つ目の可能性は、黒海艦隊に配備されて以降のモスクワが指揮艦として使われていたことの影響です。アメリカ海軍でもそうですが、戦闘艦を途中から指揮艦に用途変更する際、艦内に新しくLANケーブルなどを張り巡らせるにあたって、防水区画を無視してドアを開けたままケーブルを這わせることがある。だからダメージコントロールがほぼ効かなかったんじゃないか。

 それから、普通なら突っ込んでくるミサイルに対して作動するはずの、前部に並んだ30ミリ対空機関砲が動かなかったという点。これは、艦内の訓練が行き届かずに士気が弛緩していて、軍艦として機能していなかったということかと思います。以上の3点がモスクワ沈没の原因として考えられることです。

海自にも同じ問題点

武居:次に5月5日には、フリゲート艦のようなシルエットのロシア艦艇が炎上している動画がYouTubeでアップされました。ウクライナ側は当初、これをロシア海軍の「アドミラル・マカロフ」だと言っていたのですが、すぐに自ら否定しています。欧州もロシアも事実を確認していないのですが、仮にこれがアドミラル・マカロフだとしたら、非常に大きなことです。というのも、この艦は2017年に就役したばかりなんです。

 要するに、ロシア海軍の防空システムというのは、ウクライナのネプチューンでさえ探知・撃墜できない性能の代物だったのか、あるいは乗組員の練度が低くて迎撃できなかったのか。もしくは、ウクライナが2021年から運用開始したネプチューンミサイルが予想以上に優れていたのかもしれません。いずれにしても、対艦ミサイル、そして新たに登場した無人航空システムが、海軍艦艇にとって大きな脅威であることが、今回のウクライナの教訓で改めて認識されました。

 1967年にイスラエル海軍の駆逐艦エイラートがエジプト海軍のミサイルによって撃沈された事件がありました。使われたのはSS-N-2スティックスというソ連製の巡航ミサイルなのですが、それ以来、世界の海軍は対艦ミサイルからの防衛をどうするかということをずっと考えてきたんですね。しかし、1982年のフォークランド紛争では英国の駆逐艦シェフィールドがアルゼンチン軍の対艦ミサイル「エグゾセ」で撃沈された。そして今回のモスクワ沈没。これらを思い返すと、巡航ミサイルに対する艦の脆弱性が改めて示されたと思います。

 今、海上自衛隊の艦艇には個艦防御システムを持たせていますが、この機会に一度見直す必要がある。あるいは艦隊の運用によって個艦の脆弱性をどうカバーするか。いわゆる小規模で分散された部隊の有効性などを考えていく必要がありますし、中国が我々に突きつけている接近阻止・領域拒否(A2/AD)の環境における海上自衛隊の作戦のあり方そのものに対して、示唆するところがあったと思っています。

 また、回転式の対空レーダーは役に立たないかもしれない。最近の艦は回転式レーダーではなくフェーズドアレイレーダーになっていますが、そのフェーズドアレイのレーダーを用いた実戦というのはやったことがない。アメリカもやったことがないと思います。フェーズドアレイレーダーは優秀なレーダーですが、極超音速ミサイルに対抗するための改善に加え、亜音速ミサイルに対してもちゃんと機能するのか、改めて確かめる必要があります。

 そして、モスクワ撃沈の原因がメンテナンスや訓練の不足にあるとするならば、理由は違えども海上自衛隊も同じ状況にあります。海上自衛隊は今、警戒監視などの実任務が増える一方、訓練時間が減っていて、ミサイルも含めて十分な実弾発射訓練をできていない。各種システムの全能発揮について海上自衛隊は真剣に見直す必要がありますが、次の防衛計画の大綱の中では必ず、訓練の所要時間をどう確保するかを考えていかなければいけない。

 アメリカ海兵隊は今回の戦争から多くを学んでいます。巡洋艦モスクワの攻撃に至るウクライナ軍の一連の作戦は、まさに米海兵隊が太平洋正面でやろうとしていることで、いかに目標を早く発見して、我の位置を隠しながらミサイル発射するか、多くの示唆に富んでいる。これを隠蔽対発見の競争(hider-finder competition)と呼びますが、陸上自衛隊も海上自衛隊も学ぶところがありますから、海兵隊と一緒になってウクライナの作戦や戦術を研究していく価値があります。また、海上作戦で言えば、ウクライナは水上艦艇、哨戒機、無人機、対艦ミサイル、サイバー、宇宙、情報と、バラエティーのある武器や装備の中から、作戦状況に応じていくつかを組み合わせて使っている。無人機を装備体系の中に上手にインテグレートしている。我々は作戦の柔軟性や可能性を広げる意味から、ウクライナに学ぶところが多いと思います。

 最後の要素として、やはり情報が他の作戦の基盤になることが非常によくわかりました。広範囲の情報を収集できる体制、それを活用できる体制、先ほど兼原さんが仰ったように、スパコンを使わせてもらうなりして、民間が持ってる情報と自衛隊の持ってる情報を複合して安全保障に使うことができれば素晴らしいと思います。特にSAR(合成開口レーダー)衛星については、「もはや国が持つ必要はない」ということまで言う人がいるくらい、民間の方が数も種類も多く持っています。官民の情報機能を組み合わせて使う時代が来ているということが、ウクライナからわかってきたと思います。

岩田:先ほど見せて頂いた写真ですけど、ある記事によると、モスクワは甲板が木でできていて、さらに船体の下の方には窓がついている。要は近代化改修が全くなされていないせいで、すぐに浸水したのではないかという説がありますが、どうなんでしょうか。

武居:窓があること自体は問題じゃないと思います。古いタイプの艦なので、むしろ装甲も厚いはず。問題はそこではなくて、やはり今ある兵器武器を使い切れていないというのが一番の問題だと。海上自衛隊にも同じような問題があると思います。

抑止がすべて

岩田:なるほど、わかりました。ありがとうございます。では次に尾上さん、お願いします。航空機の数でいうと、ロシアは戦闘機と爆撃機あわせて1500機ぐらい。対するウクライナは100機ぐらいなので、全く相手にならないだろう、というのが下馬評だった。ところが始まってみると、指揮統制や索敵行動、燃料補給やそれから電子戦力についても、ロシア側がボロボロだったという記事が散見されます。そういった航空作戦的な面も含めてお願いします。

尾上定正(元航空自衛隊補給本部長):はい。空軍作戦に関する分析は後に回して、まずは総合的な観点からの教訓ですが、やはり私が今回のウクライナを見て一番ショックを受けたのは、なぜ抑止できなかったのかということです。

 ロシアはすでに去年の秋からずっと兵力を集中していて、最終的にはベラルーシ領内を含めて15万から19万人ぐらいがウクライナ周辺に展開していた。2014年のマイダン革命以来、ロシアによるクリミア併合ですとか、ドンバスでの戦闘といったことがずっと続いていたのですが、まさか本当にこういった20世紀型の戦車戦をウラジーミル・プーチンがやるだろうとは、専門家も政治家もみんな思っていなかった。半分ぐらいは「やるかもな」と思いつつも、そこにはやはり、「まさか」とか「よもや」という意識があったんじゃないかと。

 開戦前、アメリカのジョー・バイデン大統領は早々に「軍事介入はしない」と言ってしまった。ゼレンスキー大統領も、「プーチンはすでに腹を固めた」などと伝えるアメリカの暴露戦術に対して、「危機感が煽られるからやめてくれ」といったような反応だった。こういったことが全部複合的に絡み合った結果、プーチン大統領がGOという決心をしたと思うんですね。従って、抑止がなぜ失敗したかということを、我々は徹底的に考えないといけない。

 抑止が破綻をした結果の、今のこういう泥沼の状態を見ると、国を守るという目的においては、実際に軍事力を行使したら良いことは何もないわけです。これだけ都市が破壊されて、人が死んで、非人道的な犯罪があちこちで起きるということになってしまう。やはり我々が一番学ばなければいけない教訓は、どうやったら戦争を抑止できるかということ。抑止が全てだ、ということを再認識すべきだと思います。

 今回の戦争では、西側諸国も、あるいは中国も北朝鮮も、すべての国が血眼になって政治や経済、軍事における教訓を導き出そうとしている。だけど日本の場合は、教訓を学んでも、実際に行動や方針を変える、あるいは防衛政策や防衛力整備にドラスティックな手を打つということに、なかなか繋がらない傾向がある。国内の危機は今までもたくさん経験してきました。例えば地下鉄サリン事件もありましたし、福島第1原発事故での放射能汚染もあった。その度に国の危機管理が弱いんじゃないかと言われるのですが、なかなか憲法や法律の改正などといった形でのドラスティックな改革に繋がっていかない。教訓は学ぶだけはダメで、それを自分たちの行動変容や基本的な考え方の転換に繋げていかないと意味がない。最終的に、このウクライナでの教訓を行動変容に繋げた国が、次の危機を抑止できるのではないか。これが一番感じていることです。

 とはいえ、政治指導者の本音を判断するのはなかなか難しい。プーチン大統領自身の考えも常に揺れ動いていると思いますし、我々が習近平主席の気持ちを忖度することは、非常に難しい。なので、やはり我々としては、たとえ可能性が低くても最悪の事態に備えておくことで、彼らの判断に影響を及ぼすと。そういう物の見方、考え方で対応していかないといけない。

「航空優勢」の定義を問い直す必要

尾上:それから、空軍作戦の観点。岩田さんのご指摘の通り、開戦当初は圧倒的な戦力差がありました。物量だけじゃなくて質的にも、ロシアは第5世代戦闘機や極超音速ミサイルなど、様々な近代兵器を持っていたので、あっという間に航空優勢を取ってウクライナの空を自由に飛び回り、しらみつぶしに軍事目標を叩いていくんじゃないかと思っていた。ところが蓋を開けてみると全然そうではなかった。多分いまだにロシアは航空優勢を取れていないと思います。これはなぜだろうかといろいろ考えたんですけども、3つのレベルで考えるのがよいように思います。

 一つ目は戦略的な判断。すでに色々なところでも言われてますけども、どうもプーチン大統領は当初キーウに攻め込んだら、あっという間にゼレンスキーを倒して傀儡政権を作り、電撃的にウクライナを乗っ取ることができると踏んでいたらしい。従って、ウクライナ国境に集結していた地上部隊も航空戦力も、本格的な作戦をするためのReady to Go(準備完了状態)にはなってなかったのではないか。これが最も大きな戦略的ミスだと思います。

 二つ目に戦域レベルあるいは作戦レベルで言うと、実はロシア空軍は、過去に統合運用や大規模作戦をあまり経験していない。シリアでは精密誘導兵器を含む空軍力を使っていますけど、米軍が湾岸戦争、イラク戦争あるいはコソボの作戦でやったような本格的な統合運用は、おそらくロシア軍はやったことがない。

 統合運用ということでは、湾岸戦争は米軍にとっても初めての大きな作戦だったのですが、最初からノーマン・シュワルツコフ陸軍大将を統合司令官に立てた。そして統合司令官の下には陸・海・空・海兵隊それぞれのコンポーネントコマンダー(軍種司令官)というのをぶら下げ、彼らに一元的な指揮権を持たせた。湾岸戦争の場合、航空戦力についてはチャック・ホーナー空軍中将が一元的に指揮をしました。空軍だけではなく、海軍の航空戦力、海兵隊の航空戦力、それから同盟国あるいは有志国の航空戦力も、彼が一元的に運用した。当初はなかなかうまくいかず、味方同士で撃墜してしまうこともあったのですが、以来30年かけて、アメリカはそういった大規模な統合運用作戦を行うシステム、ドクトリン、ネットワークを全部作り上げてます。それがロシア軍には欠けていたんじゃないか。

 結果的には、ウクライナ作戦全体を指揮する人間が、後から指名されました。4月上旬に初めて、アレクサンドル・ドボルニコフ将軍が作戦司令官として任命された。それまでは北から東から南から、それぞれ担当する軍管区ごとに戦っていたので、全体を指揮する航空司令官というのはいなかったと思うんですよね。大きな作戦の中で航空戦力を一元的に統合運用する、空地作戦を指揮するということを、ロシア軍はあまり考えていなかった。これが二つ目の作戦レベルです。

 三つ目が戦術レベルの話になります。 ロシア軍のパイロットは、大体年間100~120時間ぐらいしか訓練で飛んでいないのではないかと言われています。戦闘機パイロットは、NATO軍のスタンダードでは年間180~240時間、空自の場合は予算上150時間ですが、実際は200時間近く飛んで訓練をしてます。従って、100~120時間ぐらいだと基礎的な戦闘技量を維持する程度で、なかなか本当の厳しい作戦環境下、つまりいつ地対空ミサイルで撃たれるかわからないような状況下で作戦をするのは、厳しかったんじゃないかと。フレンドリーファイア=味方の地対空ミサイルで撃たれる可能性というのも当然あるわけです。そういった戦術技量的な問題があったのではないかと思います。

 従って、戦略レベル、戦域レベル、それから戦術レベルと、三つそれぞれのレベルのいずれにおいても、ちょっとロシア空軍を過大評価していたのかなと思います。

 逆にウクライナの側から見ますと、限られた数の戦闘機と地対空ミサイル、それからスティンガーと言われる携帯SAM(地対空ミサイル)、兵士が手に持ってヘリコプターなどの低く飛ぶ航空機を落とす武器ですけども、これらを非常に上手く機能させている。間違いなくアメリカやNATOから様々な情報提供を受けているはずです。まずロシア軍がこういう形で攻めてきてますよということを知ったら、分散して隠れるわけですね。次に敵の戦闘機やヘリコプターが飛んでるぞという情報が西側からウクライナの地対空ミサイル部隊にリアルタイムで提供され、それを有効に活用して撃破する。そういう戦い方をウクライナ軍はできているのだと思います。西側の圧倒的な情報支援と効果的なミサイルの運用、それに加えてロシア軍側の戦い方もまずいと。

 ここから学び取るべき教訓もあります。航空優勢の確保は、航空自衛隊が常に最優先の任務として追求してきたものですけれども、今回ロシア側は空軍力よりも、ほとんどミサイルや砲弾で攻撃してるわけです。それからドローンも使ってます。ドローンやミサイルや砲弾で戦われる戦争において、「戦闘機がそのエリアを自由に飛び回れること」という航空優勢の定義そのものを、もう一度問い直さなければいけないのではないかと、考えています。

 日本の防衛を考えたときに、ミサイル、ドローン、無人機を用いた攻撃をどうやって防御するのか。かなりイノベーティブに考えないと、今持っているSM3だとかペトリオットPAC3みたいな迎撃ミサイルだけでは、なかなか難しいと思います。そもそもコストパフォーマンスがよくない。4月にイスラエルが、アイアンビームという高出力レーザー砲でドローンや巡航ミサイルを撃墜するのに成功しました。米海軍も太平洋上でトレイルブレイザーという同じく高出力レーザーでの撃墜試験に成功したと報道されています。イスラエルのほうは一発500円でミサイルを落とせるという、非常にコスパのいいものらしいんですね。そういったイノベーティブな技術も、スピードとスケール感を持って導入していく必要があると思っています。

――第1部(下)に続く――

 

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
岩田清文(いわたきよふみ) 元陸上幕僚長。1957年、徳島県生まれ。79年、陸上自衛隊に入隊(防大23期)。第7師団長、統合幕僚副長、北部方面総監などを経て、2013年、第34代陸上幕僚長に就任。16年に退官。著書に『中国、日本侵攻のリアル』( 飛鳥新社)、『自衛隊最高幹部が語る令和の国防』 (新潮新書)。
執筆者プロフィール
武居智久(たけいともひさ) 1957年生まれ。元海将、海上幕僚長。防衛大学校(電気工学)を卒業後、1979年に海上自衛隊入隊。筑波大学大学院地域研究研究科修了(地域研究学修士)、米国海軍大学指揮課程卒。海上幕僚監部防衛部長、大湊地方総監、海上幕僚副長、横須賀地方総監を経て、2014年に第32代海上幕僚長に就任。2016年に退官。2017年、米国海軍大学教授兼米国海軍作戦部長特別インターナショナルフェロー。2022年5月現在、三波工業株式会社特別顧問。
執筆者プロフィール
尾上定正(おうえさだまさ) 1959年生まれ。元空将。防衛大学校(管理学)を卒業後、1982年に航空自衛隊入隊。ハーバード大学ケネディ行政大学院修士。米国国防総合大学・国家戦略修士。統合幕僚監部防衛計画部長、航空自衛隊幹部学校長、北部航空方面隊司令官、航空自衛隊補給本部長などを歴任し、2017年に退官。2022年5月現在、API(アジア・パシフィック・イニシアティブ)シニアフェロー。
執筆者プロフィール
兼原信克(かねはらのぶかつ) 1959年生まれ。同志社大学特別客員教授。東京大学法学部を卒業後、1981年に外務省に入省。フランス国立行政学院(ENA)で研修の後、ブリュッセル、ニューヨーク、ワシントン、ソウルなどで在外勤務。2012年、外務省国際法局長から内閣官房副長官補(外政担当)に転じる。2014年から新設の国家安全保障局次長も兼務。2019年に退官。著書・共著に『歴史の教訓――「失敗の本質」と国家戦略』『日本の対中大戦略』『核兵器について、本音で話そう』などがある。
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