自衛隊最高幹部が語るウクライナ戦争(第1部/下)――ウクライナの戦いから我々は何を学ぶべきか

執筆者:岩田清文
執筆者:武居智久
執筆者:尾上定正
執筆者:兼原信克
2022年6月8日
カテゴリ: 政治 軍事・防衛
キーウ近郊に残されたロシア軍の戦車 ©EPA=時事
伝統的な軍事大国とみなされてきたロシアの陸軍は、想定外の弱さを露呈した。しかし本当の恐怖は、ロシア軍の弾薬が尽きたとき、プーチンは核のスイッチに指をかけるかもしれないという点にある。(こちらの第1部/上から続きます)

「力には力」が国際政治の本質

岩田清文(元陸上幕僚長):皆さん、ありがとうございます。私からは陸上作戦の観点も含めて、ちょっと長くなりますが7点ほど、なるべく簡潔にウクライナ戦争から得るべき教訓を話したいと思います。

 一つ目は国際社会の結束の重要性です。今回、やはり国連は機能しないということが再認識された。安保理の改革は絶対にやらなければならないことを、世界は認識したのではないかと思います。逆に、アメリカ・NATOを中心とした自由主義連合諸国の結束の重要性を確認できた。経済制裁には遅効性があると言いつつも、かなり効いてきてるのではないかと思いますし、武器・弾薬のウクライナへの支援は加速されていると思います。開戦から2カ月以上たった今、武器・弾薬がどんどんウクライナに届いていますけども、自由主義諸国が連携してウクライナのニーズに応じた武器・弾薬を適切に、スピードを上げて支援していることが、ロシアに対して非常に効いていると思います。

 二つ目が、アメリカの指導力と台湾防衛の関係について。今回のウクライナには同盟国がない。しかし台湾の場合、同盟はないけども一応アメリカの「台湾関係法」があるし、先ほど兼原さんがおっしゃったように、自由主義陣営の一員です。先般、安倍晋三元総理が、これまでのアメリカの台湾防衛に関する曖昧戦略について、こういう状況のときは明確に防衛意思を示すべきではないのかと仰っていましたが、全くその通りで、日本も台湾に対して明確な姿勢を示すべき時期に来ていると思います。

 今回のバイデン大統領の指導力には非常に問題がありました。兼原さんがよく言われるように、外交交渉には常に全てのものをテーブルの上に置いて「何でもやるぞ」という姿勢で臨むべきです。そういう外交の本質を、バイデンは何もやっていなかった。最初から、軍事派兵はしない、第3次世界大戦が怖いからやらないと。こういった態度が、プーチンに侵攻の動機を与えてしまったと思います。

 一方で、そう言いながらも、バイデンのそういった態度の背景にあるのは、中国との勝負に集中したいという戦略です。そのためにアフガニスタンからも撤兵した。その戦略自体は間違ってないと思いますし、3月28日に概要が発表されたアメリカの国家防衛戦略にも対中国重視の姿勢は明確に表れていますので、その点では我々は安心すべきでしょう。また、核戦力運用に関しても3月29日にNPR(核態勢の見直し)を出して、通常戦争にも核を使い得るという方針は維持しています。核使用のハードルを一方的に上げようというバイデンの考えに反して、アメリカ政府としてはしっかり原則を守ったという部分があると思います。

 三つ目はその核抑止について。核については後ほどじっくり議論しますので簡単に申し上げますけども、兼原さんがさっき仰ったように、安全保障環境の地殻変動が起こってしまった。小型の核であれば使える兵器であるという恐怖の時代に入ってしまったと思います。核を持つ大国が武力を行使して小型核を使っても、国際社会にはこれを止める手段もないことが明確になりましたので、改めて新たな抑止体制を考えていかないといけない。中国が今回の戦争をどう見ているかということも後で議論しますが、習近平は間違いなくすでに指示を出していると思います。戦略核大国になるスピードをもっと上げよ、合わせて小型核を開発せよ、と。こういった時代になってしまったことを認識する必要がある。

 四つ目ですが、「力には力」という国際政治の本質が明確になったと思います。経済制裁も外交努力も、アメリカによる歴史的な情報戦も、結局は戦争を抑止することはできませんでした。尾上さんが仰ったように、今後の抑止については真剣に考えないといけないのですが、結局は力でしか戦争を抑止できないのです。今回、侵攻直前まで多くのアナリストが、大々的な戦争なんてするはずがない、全面侵攻なんかないと言っていました。なぜならロシアはハイブリッド戦を考え出した国じゃないかと。ハイブリッド戦というのは、まさに今回の作戦指導をやってるワレリー・ゲラシモフ参謀総長が考えた戦法で、2013年に論文まで出している。そのゲラシモフ論文には、ハイブリッド戦においては非軍事が4で軍事力が1の割合が最も効果的だと書かれています。そのゲラシモフが今回の侵略では、その割合が逆転して、軍事力4で非軍事1となっている。大規模侵攻はやるはずがないと私も思っていたのですが、結局は全面軍事侵攻に踏み切った。軍事力は選択肢の一つに過ぎないと思っていたのですが、やはり国家間の関係を左右する最も重要な力であることが証明された。

 五つ目が、情報戦の効力について。今回アメリカとウクライナが連携して歴史的な情報戦を戦い、非常に効果を上げてます。「探知による抑止」といって、ロシアの偽旗作戦とかディスインフォメーションに対して先手先手を打ち、「お前こういうこと考えてるだろう」と警告しながら、ロシアが次の手を打てなくなるまですべて暴いていく。これは非常に素晴らしい情報戦だと思います。結局それが国際世論を味方にして、ロシアの行動に正当性を与えなかった。2014年から8年間、アメリカの情報組織がウクライナの情報組織を教育してサイバー戦に備えてきた、その成果が上がっていると思っています。入手した情報の半数以上がサイバー空間の中から得ていると聞いていますが、ロシア軍や政府内でやり取りされているメールも読めているのでしょう。ロシアの作戦が全部わかってるので、先手が打てる。まさにクラウゼヴィッツのいう「戦場の霧」を晴らしているわけです。

 六つ目が、国民の愛国心、抵抗意識の重要性です。これがなければ国が滅びると私は思うんですが、今回ウクライナが持ちこたえているのは、リーダーであるゼレンスキーが、亡命しないかというアメリカの誘いを断り、最後まで残ると言ったことが大きい。国民の代表として命をかけて残った。それがウクライナ国民の愛国心と抵抗意識に火をつけて立ち上がらせた。マリウポリのヴァディム・ボイチェンコ市長の言葉を紹介すると「マリウポリ住民がいないということは、マリウポリが無いのと同じことです。マリウポリが無いという事は、ウクライナが無いのと同じです。もしウクライナが存在しないなら、我々民族の存在価値はなくなります。プ―チンがどんな目的を持っているかは知っていますが、絶対に同意できません。最後まで奮闘します。私の息子は、今もウクライナ軍の将校として前線で戦っています。勝利するため、主権を守るためです。我が国の自由を守り、現代の自由なヨーロッパの国ウクライナとして生きるためなのです」。こういったリーダーシップが士気を鼓舞して、今も国家を持たせているのだろうと。アフガンの大統領と同様に、ロシアの侵攻直後にゼレンスキー大統領が国外逃亡していれば、どうなっていたかわからないと思います。まさに国民一人一人の愛国心が国防の一番重要な部分だと、特に日本人はこれを学ぶべきだと、そう思っています。

ロシア陸軍の練度は小学生レベル

岩田:最後に七つ目ですが、軍事力の重要性です。先ほども「力には力」と申し上げましたけども、軍事力が弱ければ国が滅びます。当初ウクライナはやられるだろうと私達は思っていましたけど、予想外に頑張った。それは他でもない、軍事力の効用です。この軍事力については、戦略的な部分と戦術的な部分を含めて、ちょっと細かい話になりますが、私の分析を申し上げたいと思います。

 今回ロシア軍は外線作戦をやって失敗しました。外線作戦、つまり周囲から中に対して三方四方から攻め込むときは、戦力が分散します。通常でも、陸軍が攻撃をする場合は相手の3倍の兵力を持たないといけない。防御側は地形・地物を活用した事前の防御準備を守る力にできるので、攻撃側は防御側より戦力が必要なのです。さらに、外線作戦を実行するときは大きな兵力が必要です。ところが今回、ウクライナ陸軍が大体13~14万人なのに対し、ロシアが国境付近に詰め掛けたのが19万人ですから、元々3倍もいないんですね。そもそも兵力が不足している。外線作戦をやるような環境じゃないのにやってしまった。ウクライナを過小評価していた証左だと思います。

 おそらくプーチンが示した作戦目的は、ゼレンスキー政権を倒し、ロシアの傀儡政権を樹立することだったと思いますが、対外情報庁長官あたりがプーチンに対して、攻め込めばゼレンスキーは白旗を上げますからと、楽観的な報告をしていたと思います。ロシア軍主力が東部及び南部から攻め込んでウクライナ軍の主力を引き寄せるとともに、電撃的にキーウ及び第二の都市ハリキウに攻め込むことによってゼレンスキーに白旗を上げさせる作戦構想だったと思います。しかし結果的にうまくいかなかった。結局ゼレンスキーが降伏しないということで、4月以降、東部・南部の支配地域拡大に作戦目的を変更した。今後は、都市部の攻略も含まれるが、基本的には軍vs.軍、特に陸軍vs.陸軍の熾烈な戦闘になると思います。いずれにしてもプーチンがウクライナの国家意思を見誤ったというのが重要な点だと思います。

 それからもう一つは、尾上さんが仰った空地による統合作戦の失敗。全く連携がなかったか、あるいはあっても不十分だったため、今回ロシア軍は航空優勢を取れなかった。陸自と米陸軍が共同演習をやるときは、必ずBDA(バトルダメージアセスメント=戦闘損耗評価)というのを実施します。当日の戦闘の結節後、相手にどの程度の損害を与えて、どの程度が残存しているかというのを、日米で擦り合わせる。その上で、翌日の作戦構想を決定していく。こういったことをロシア軍はまったくやっていないのではないか。

 ロシア軍は、2月24日の未明に、約160発のミサイルで固定式のミサイル部隊やレーダー、空港を攻撃した。そして翌朝からも戦闘機75機で爆撃をしました。おそらくこれで破壊できたと思い込んだのでしょう。そのまま陸上部隊も攻撃を始めた結果、戦闘機も攻撃ヘリもウクライナ軍に迎撃されている。一説には、ウクライナ軍はアメリカから事前に情報をもらって、移動式のレーダーやミサイル部隊を隠していたと聞きます。それはどこまで信憑性があるかわかりませんけど、現状、ロシア空軍がウクライナ上空を飛行していないとの報道からも、ウクライナの防空システムが生き残っているのだろうと思います。

現役時代は戦車乗りだった岩田清文・元陸将

 ロシア軍の指揮統制にも問題がありました。これも尾上さんが触れてくれましたけれども、作戦開始から2カ月近くも統合作戦指揮官が不在だった。ロシアは2014年に国家戦略を変え、陸軍の6個の軍管区を4個の統合司令部に改編を始めています。まさに陸海空の統合軍化ができているはずですが、この軍管区始め、軍管区を束ね全軍を指揮する統合指揮も機能していなかったのでしょう。だからこそ、作戦開始後2カ月近くも経ってから作戦の指揮官を決めなければいけなかった。

 それから複合領域作戦(マルチドメインオペレーション)という、陸海空に宇宙・サイバー・電磁波を含めた全領域における作戦についても、ロシアは失敗した。ロシア軍はサイバー戦でウクライナ軍が使ってる通信衛星に妨害をかけて、その通信量を低減させていますが、一時的なものだったようです。2014年のクリミア侵攻では、ロシアはサイバー・電磁波戦において成功していますが、それから8年間で、ウクライナの能力が逆転していた。陸軍は、旅団とか師団クラスの大きな部隊が行動する際には、通信大隊が共に行動し、半径数十キロの範疇における無線通信網を構成します。自隊で軍事通信を確保できるので、携帯電話を使う必要はありません。ロシアのBTG(バタリオンタクティカルグループ=大隊戦術群)は800名から1000名の部隊ですが、普通、大隊内の無線通信は通じるはずです。ところがうまく機能していなかったのでしょう。ウクライナに侵攻した部隊は無線通信が使えないため、各兵士の携帯電話で通話していた。しかも彼らの携帯は4Gや5Gじゃなくてまだ3Gらしい。我々が国外に行くと、その国の通信会社の通信網に入りますよね。ウクライナの通信網に入ったロシア兵の通話は、ウクライナに盗み取られて、結果的にどこに将軍がいるかという情報まで読み取られる。ウクライナはそこにスナイパーを送ったり砲弾を落としたりして、ロシア軍の20人の将軍のうちすでに9人を殺害しています。

 それから兵站作戦も失敗した。今回、陸上作戦的に言うと、ベラルーシからキーウに攻め込んだのは迂回部隊です。はるか奥地から敵の背後に回っていきます。こういう迂回作戦をやるときは、兵站が一番大事なんです。第二次大戦のヨーロッパ正面でも、ドイツの機動軍団に燃料補給が追いつかずに戦車が止まったように、失敗例がたくさんあるんですけども、キーウ攻撃部隊3万人には燃料も何も届かずに止まってしまった。

 指揮・統御もロシア軍は機能していない。アメリカではミッションコマンドといいますが、前線に出たら下級部隊指揮官に自主裁量の余地を与えて、命令の範囲内なら現場で自らが考え、最良の行動をとれというのですが、どうもロシアは上層部がいちいち細かく指示をしていたらしく、最後は仕方がないから将軍が現場まで行ってしまい、挙句に殺害されたという側面があります。さらに部隊の訓練練度も低い。空軍のみならず、陸軍においても練度が非常に低い。

 元々ロシア軍は徴兵が7割で、3割は職業軍人です。2014年以降、この比率を逆転させて徴兵を3割にし、代わりに職業軍人を増やすという改革を実行してきた。2017年に、ショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長が来日した際、当時の稲田朋美防衛大臣と統幕長が会談しています。会談の中で、軍制改革の進み具合についての質問に対しロシア側は、計画通り進んでいると返答したらしい。しかし結局進んでいなかったのだろう。1~2年という短い徴兵期間では、訓練レベルは高くはなりません。YouTubeで流れるロシア戦車部隊の戦闘状況を見ると、もうひどい。我々陸上自衛隊から見ると小学生レベルです。正直、私は腹が立ちました。こんな軍隊のために、こいつらから日本を守るために私の戦車小隊長時代を、青春を潰してきたのかと(笑)。冗談じゃない、こんなに弱い軍隊だったのかと。

ドローンのコストパフォーマンス

岩田:最後にウクライナ軍がなぜ善戦できているのかというのを簡単に説明して終わります。

 まず情報戦という形で「戦場の霧」を晴らした。米軍から衛星情報をリアルタイムでもらい、携帯電話の通信傍受をして、先手先手を打った。特にウクライナ軍はロシアの戦力展開に呼応し、主力が東部と南部に展開してロシア軍と対峙し、一部でキーウを守るという戦力配分をうまくやっていた。ロシア軍の作戦が見えていたからこそできたのだと思います。

 また戦法的にもうまくやっています。防御戦において錯雑地や市街地で戦闘するときには、敵を引き込んで、敵が不利な状況の中で不意急襲的に射撃する。ウクライナ軍は対戦車ミサイル「ジャベリン」を使って多くのロシア軍戦車を撃破しています。また、弱点である兵站線を遮断するために、ベラルーシから入ったタンクローリーを全部潰したという点も、戦法として非常に成功している。すみません、長くなりました。

武居智久(元海上幕僚長):今の岩田さんの分析に一つ二つコメントしておきたいと思います。まず、我々は今回のウクライナ戦争から、無人航空システムを脅威と認識すべきだということです。

 ウクライナ軍が使用しているトルコ製の無人機「バイラクタルTB2」の価格に関する情報は公開されていませんが、一機約200万ドル(2.4億円)とも言われています。ウクライナ軍がバイラクタルTB2を使ってロシア海軍を夜間攻撃したときの映像がYouTubeで流れていましたが、この映像を見る限り、ロシア海軍はミサイルを撃たれた後に機関砲で反撃しています。つまり事前に探知できなかった。バイラクタルTB2は全長6.5メートル全幅12メートル、アメリカの無人機MQ9リーパー(全長11メートル全幅20メートル)の2分の1のサイズで、両者とも中高度長時間滞空型無人機です。このMQ9リーパーのRCS(レーダー反射断面積)は小鳥程度の大きさと言われて、これは最新のステルス戦闘機であるF-35並みです。そうすると、バイラクタルのRCSはもっと小さいと推定されます。それが2万フィートぐらいで飛ぶと、おそらくレーダーでは容易に探知できないし、機関砲で落とすなんてことは不可能です。わずか時速70マイルぐらいの低速で飛ぶバイラクタルTB2でさえ探知が難しいということを考えてみると、無人機というのは我々にとってはかなり脅威になっていると思います。

 しかも、先ほど尾上さんからもコスパの話がありましたけど、無人機って安いんですよね。2019年9月に、イエメンの反政府組織フーシ派がサウジアラビアの2つの油田、アブカイク油田とクライス油田をドローン10機で攻撃したというニュースがありましたが、あのドローンは1機が約1000ドル前後と言われています。これを迎撃するためにサウジアラビアはペトリオットミサイルを撃った。ペトリオットは1発3億~4億円です。この費用対効果ということを考えてみると、ドローンに効率的・効果的に対処する方法を考えないといけない。機関砲では、かなり低高度に来ないと落とせない。従って、世界中に溢れている無人機を我々は脅威として認識すべきだと思います。

 それから、今回トルコはモントルー条約に基づきボスポラス海峡とダーダネルス海峡における軍艦の通航を禁止していますが、このことと台湾海峡の関係について考えてみたいと思います。1936年に調印されたモントルー条約は、黒海と地中海を結ぶ唯一の出入口であるボスポラス海峡とダーダネルス海峡の通航制度を定めた条約です。

 黒海の広さは東シナ海の3分の1程度、日本海の2分の1程度しかないので、その中が混みあわないようにとか、あるいは不測の事態、軍事的な衝突を避けるためにこのような条約が結ばれました。ボスポラス海峡は一番狭いところで幅698メーターしかない。関門海峡の一番狭いところが早鞆の瀬戸の約600メーターですから、関門海峡ぐらいの狭い海峡が黒海まで約30キロメートル曲がりくねって続いている。この狭さだけを見ても、ここを管制する必要性はよくわかります。国連海洋法条約には「国際海峡」という制度があり、その定義は、幅24マイル(約44キロ)を超えない距離で海岸が向かい合っている狭い海の部分で、2つの国際水域を結んでいるというもの。国際海峡では、他国の軍艦であっても基本的には自由に通航できる「通過通航権」が認められます。これを考えてみると、もちろんボスポラス・ダーダネルス海峡は地形的には国際海峡に当てはまりますが、国際海峡に指定されると色々デメリットもあるので、トルコはこれを嫌がって、モントルー条約によって他国の軍艦の通航を制限する権利を保持しています。

 ここからが台湾海峡の話になりますが、台湾海峡は最も狭いところでも130キロもあって、中央に85キロの国際水域がある。ですから国際海峡には当たらないし、どの国の船でも自由に航行できる。モントルー条約のような特殊な条約もありません。ですが、仮に台湾を中国が統一した暁には、ここを中国が自分の領海だと宣言して特別な国内法を作り、他の諸外国の船、特に軍艦の通航を阻害する可能性がある。

 今でさえ、アメリカが航行の自由作戦(FONOPs)をやるたびに、中国は「アメリカは挑発行為を頻繁に行い、台湾の独立勢力に誤ったシグナルを送り、台湾海峡の平和と安定を意図的に損なっている。断固として反対する」と言っていますので、仮に台湾を統一したら外国の軍艦が台湾海峡を自由に使えなくする可能性がある。国際法を自国に都合が良いように解釈することを、今まで中国は繰り返してきました。例えば中国領海及び接続水域法(1992年)、東シナ海防空識別圏航空機識別規則(2013年)がありますし、昨年2021年の2月に施行された中国海警法もそうです。仮に台湾が統一されたら、さながらモントルー条約のような、我々が中国に管制される状況下で台湾海峡を通らなければいけない状況が出てくるかもしれない。

 それからハイブリッド戦について。ハイブリッド戦というのは、軍事力が背後にないとできません。ロシアのように、戦略核攻撃から情報戦まで様々な能力が欠落なくそろっていて、はじめて自由にハイブリッド戦ができる。指摘したいのは、ロシアがハイブリッド戦に失敗した結果、戦争がホット・ウォーにエスカレートしたという点です。中国はロシア以上にバラエティに富んだ軍事力を持っていますから、仮に中国がハイブリッド戦を仕掛けるとき、常に中国がホット・ウォーにエスカレートさせる可能性がある。ですから、岩田さんの話に戻りますけど、それに耐えられるような軍事力を必ず備えなければいけない。ハイブリッド戦に勝つだけでいいと思ったら駄目で、その次には必ず核戦力の使用とか、通常戦力による戦いの可能性があると考えておかなければいけない。こうしたハイブリッド戦の本質について、改めて考えさせられました。

いつ終わるかわからない戦争

尾上定正(元航空自衛隊補給本部長):やはり「抑止のパラドックス」というものを我々はよく理解しておく必要があると思います。抑止は破綻してはじめて効かなかったということがわかる、ということです。抑止を効かせるためには、いま武居さんがおっしゃったような、核抑止から通常戦の抑止、それからハイブリッド戦の中での効果的な対処、そういったものが総合的にバランスよく準備されておかなければいけない。やはり最終的には火力だと思います。爆弾に勝つには相手を上回る爆弾しかないないのだろうと。だから、最終的にはそれをしっかり整えておくということが必要です。

 ただ、今までの我々の話は、なんだかすでにロシアが一方的に負けてウクライナが勝っているような、そういうニュアンスで話してますけど、まだ終わっていません。戦争の勝ち負けを決めるのは何かというと、やはり政治目的をどっちが達成したかということになります。クラウゼヴィッツでいえば、まだまだ「戦場の霧」だけじゃなくて「摩擦」が起きる可能性もありますし、このひどい戦いをどうやって早く停戦に持ち込んで、平和を回復するかを考えないといけない。ロシアの政治目的は何か、ゼレンスキーの政治目的は何か、これには過去からの経緯もありますから、両方が納得いくような着地点を見つけるのは、とても難しい話ですよね。戦況をしっかり見ておくということも確かに大事なんですが、停戦に向けてNATOやアメリカがどうサポートしていくのかということも、やはり考えないといけないと思います。

 それから、元々ウクライナはNATOに入りたいと言っていて、2008年のNATO首脳会議でウクライナとジョージアを将来的に加盟させると宣言された。NATOはそのとき、70ページぐらいのアクション・プログラムをウクライナに渡して、「NATO型の軍制改革をやらないと、入るのはなかなか難しいよ」と言った。だけどウクライナ側も、14年まではあまり真剣に改革をやってこなかった。14年にクリミア半島を取られて、これはヤバいということで、急いで色々な改革を進めました。先ほどミッションコマンドの話がありましたけど、そういったNATO式の指揮命令系統の導入や、下士官制度や監察官といった組織的な改革もやったし、訓練方法も含めて軍全体をNATO型に切り替えた。それが奏功しているということかと思います。

 一方、ロシアはソ連型のトップダウン、要は下の人間は何も考えずにただ命令を淡々とこなすだけという指揮命令のやり方を引き続きやっている。ウクライナは以前のそういうソ連型・ロシア型だった軍をNATO型に変えたので、両方を知っているんです。だからロシア軍の弱点も、自分たちがかつて抱えていた弱点ということで、どこを突いたらいいかというのが、多分よくわかっている。戦争が始まって以降のアメリカやNATOの支援もすごく大事なんですけど、始まる前の、2014年からの8年間の改革支援というのが、結果的にものすごく効いてるんじゃないかと思います。

武居:もう一ついいですか。先ほど尾上さんから、抑止が全てであることを前提に色々学んでいくべきだという意見がありました。そのために軍事力をちゃんと持たなければいけないと。私は、特異な政治体質の国とか特異な意思決定をする国に対しては、抑止は効かないという前提で準備をしておかなければ、たぶん心の持ち方が大きく違ってくるんじゃないかなと思うんですよ。今まで我々は防衛力を抑止力の観点から述べる機会が多かったのですが、「抑止は効かないから戦争に備える」という前提で準備するのと、「抑止が破綻したら戦争になる」と考えるのとでは、少なからず現場の緊張感が違ってくる。我々は後者の視点で考えてきましたが、特異な政治体質で独裁的なリーダーのいる国を相手にする場合は、想定外の事態が起きるという前提で準備をすべきだと思いました。

岩田:ありがとうございます。今後の展開について、少しコメントして次のテーマに入りたいと思います。

 さきほどロシアの作戦目的が変更されたと申し上げました。4月以降、東部南部地域の占領地の拡大に作戦目的が変更され、これから作戦形態が変わっていくと思います。目的は最終的な土地の確保であり、そのためにはそこを守っているウクライナ陸軍を倒すというのが、ロシア陸軍の目標になります。陸軍対陸軍の熾烈な戦闘になる。それを予期して、ウクライナはNATOやアメリカに対して兵器を要求している。今まではジャベリンとかスティンガーとか防御的な兵器でしたが、今リストアップされているのは戦車や自走砲、装甲戦闘車、自律砲弾といった、まさに重戦力による火力戦闘です。元々ロシア軍の戦法というのは、火力で相手を徹底的に耕した後に戦車と装甲車で乗り込んで掃討するというものです。それを迎え撃つウクライナ軍も、陣地を張って敵を食い止め、火力と戦車で対抗する。すでにアメリカから155ミリ榴弾砲と自律砲弾が入っていて、その砲弾でロシアの戦車に被害が出始めたといわれています。加えて、ロシア軍の補給路を断つためにアメリカからフェニックスゴースト=戦術無人航空システムも渡りつつある。これから東部地域のロシア軍に対しては補給部隊も含めて攻撃を始めるでしょうし、実はウクライナの特殊部隊がロシア国内の兵站、特に鉄道の輸送拠点を攻撃してるとも言われてます。

 いずれにしてもこれからも戦闘が長く続きます。西側からの支援が続く限り、ロシアとウクライナの熾烈な戦闘も続く。ロシア軍では自律砲弾やミサイルなどの精密誘導兵器がだいぶなくなってきたようですが、おそらく半導体が足りないんですね。半導体の対ロ輸出が止められていますから、新しい誘導ミサイルの製造が追いつかない。ロシアは弾が尽きるまでは多分戦うと思いますが、逆に弾が尽きた頃にやっと戦争が終結し始めるんだろうと。

 それまで数カ月から半年という見積もりもありますけど、最終的なプーチンの目標は東部南部の支配地域の拡大ですから、もし東部2州が取れない状況で弾が尽きて、「そろそろ終わりだな」と思ったときは、小型核兵器の使用を考える可能性があります。そこが我々としては判断が難しいのですが、ウクライナが頑張れば頑張るほど、小型核兵器の使用に繋がっていく。一方でゼレンスキーは戦争開始の2月24日以前の状態がウクライナの勝利だと言っていますから、西側の支援が続く限り最後まで戦うと思います。我々は今後、かなり長期化する可能性を踏まえてこの戦争を見ていかないといけないと思ってます。

――第2部へ続く――

 

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
岩田清文 元陸上幕僚長。1957年、徳島県生まれ。79年、陸上自衛隊に入隊(防大23期)。第7師団長、統合幕僚副長、北部方面総監などを経て、2013年、第34代陸上幕僚長に就任。16年に退官。著書に『中国、日本侵攻のリアル』( 飛鳥新社)、『自衛隊最高幹部が語る令和の国防』 (新潮新書)。
執筆者プロフィール
武居智久 1957年生まれ。元海将、海上幕僚長。防衛大学校(電気工学)を卒業後、1979年に海上自衛隊入隊。筑波大学大学院地域研究研究科修了(地域研究学修士)、米国海軍大学指揮課程卒。海上幕僚監部防衛部長、大湊地方総監、海上幕僚副長、横須賀地方総監を経て、2014年に第32代海上幕僚長に就任。2016年に退官。2017年、米国海軍大学教授兼米国海軍作戦部長特別インターナショナルフェロー。2022年5月現在、三波工業株式会社特別顧問。
執筆者プロフィール
尾上定正 1959年生まれ。元空将。防衛大学校(管理学)を卒業後、1982年に航空自衛隊入隊。ハーバード大学ケネディ行政大学院修士。米国国防総合大学・国家戦略修士。統合幕僚監部防衛計画部長、航空自衛隊幹部学校長、北部航空方面隊司令官、航空自衛隊補給本部長などを歴任し、2017年に退官。2022年5月現在、API(アジア・パシフィック・イニシアティブ)シニアフェロー。
執筆者プロフィール
兼原信克 1959年生まれ。同志社大学特別客員教授。東京大学法学部を卒業後、1981年に外務省に入省。フランス国立行政学院(ENA)で研修の後、ブリュッセル、ニューヨーク、ワシントン、ソウルなどで在外勤務。2012年、外務省国際法局長から内閣官房副長官補(外政担当)に転じる。2014年から新設の国家安全保障局次長も兼務。2019年に退官。著書・共著に『歴史の教訓――「失敗の本質」と国家戦略』『日本の対中大戦略』『核兵器について、本音で話そう』などがある。
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