
「事前協議」とNCND政策の矛盾
アメリカ軍は、日米安保条約にもとづき、日本の基地を使用することができる。そして当然のことながら、それにともなう必要な装備品(兵器)を、日本の基地に持ち込んでいる。
だが、そのようなアメリカ軍といえども、日本国内に自由に持ち込めない兵器がある。それが核だ。
本稿前回(1.戦略論を遠ざけてしまった「核の一国平和主義」)で述べた通り、アメリカ軍による日本への核の持ち込みは1960年の岸=ハーター交換公文でいうアメリカ軍の「装備における重要な変更」にあたり、日本政府との事前協議の対象になる。アメリカは、地上配備あるいは陸揚げという意味では、日本に勝手に核を持ち込めない。
ここで問題となるのは、「アメリカ海軍の艦船が核を搭載していた場合、このような艦船が日本の港湾に一時的に寄港するときに事前協議が必要になるかどうか」である。
日本は、根強い反核感情から、核搭載米艦船による日本への自由な寄港は、たとえしばらくすると出て行くような一時的なものであっても、認めないとしてきた。一時寄港の場合も、岸=ハーター交換公文でいう装備における重要な変更、つまり核の「持ち込み」に該当し、事前協議の対象になるということである。そしてアメリカ側は過去に一度も一時寄港についての事前協議を日本政府に申し出てきたことはなかったので、核搭載米艦船が日本に寄港したことはない、との説明が日本政府によってなされてきた。
しかし、アメリカはそうは考えていなかった。
日本の港は、たとえ日本の領域内にあっても、港である以上は世界の海とつながっており、日常的に外国の船が出入りするところだ。船は海を通って、国をまたぎ港から港を渡る。特に世界最大の海軍であるアメリカ海軍の艦船の行動範囲はきわめて広い。そしてそのなかには、核搭載艦船も含まれる。
このような核搭載艦船が、日本の港に立ち寄る時にだけ特別に、途中のどこかで核を降ろし、出て行ったあとにまたどこかで核を積みなおす、ということは、常識的に考えられない。
では核を搭載したまま寄港し、そのたびに日本側と事前協議をするかといえば、それも難しい。アメリカは、核の所在を明らかにしない「肯定も否定もしない」(NCND: neither confirm nor deny)政策をとっている。というのも、NCND政策によってアメリカはソ連に対し、アメリカ海軍が保有する約600隻もの艦船すべてに核が積まれているかもしれない、という前提で作戦計画を立てなければならなくなる負荷を課すことができるからである。
ただ、アメリカがNCND政策をとることと、日本が核搭載米艦船による自国への自由な一時寄港を認めず、事前協議の対象とすることとは矛盾する。というのも、事前協議の有無によって、当該艦船の核搭載の有無も分かってしまうからである。
NCND政策と矛盾するので事前協議ができない、ということであれば、日本は核搭載米艦船についてはその疑いのあるものも含めて寄港をすべて拒否する、ということが考えられる。だがその場合には、日米同盟そのものが成り立たなくなってしまう。実際にアメリカとのあいだでオーストラリアを含むANZUS同盟を結んでいるニュージーランドは、1985年1月31日以降、核武装もしくは原子力推進の米艦船の自国への寄港を拒否しているため、同国とアメリカの同盟関係は停止状態に陥った。
つまり、日本は事前協議の対象となる核の「持ち込み」が意味するところに、陸揚げと一時寄港の両方が含まれると考えてきた。一方アメリカは、陸揚げだけが「持ち込み」だと認識してきた。一時寄港は「持ち込み」ではない。いうなれば「立ち寄り」である。実際に、これまで何度もアメリカの核搭載艦船が日本に寄港したとみられている。もちろん事前協議はおこなわれていない。
「安保核密約」の実情
これだけ聞くと、「ハハーン、核搭載米艦船の一時寄港は事前協議の対象外とすることに同意した、日米間の密約があるのだな」と思われる読者もおられよう。だがそういうことではない。結論から言うと、そのような意味での「安保核密約」はなかった。……

「フォーサイト」は、月額800円のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。