
G7広島サミットと米韓「ワシントン宣言」
第二次世界大戦で連合国側と枢軸国側に別れて戦った国ぐにの首脳が、78年の時を経て被爆地広島に集い、原爆死没者慰霊碑に頭を垂れた。さらに、広島出身の岸田文雄総理と、ロシアによる核兵器使用の脅しに現在進行形でさらされている被侵略国ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領が、やはり原爆慰霊碑の前に並び立った。
今年(2023年)5月19日から21日にかけて広島で開催されたG7サミットでは、核保有国による身勝手な行動は許されないということを、日本が主導してこれ以上ないかたちで世界に発信することに成功したといえるだろう。
広島サミットに先立つ4月26日、ジョー・バイデン米大統領と韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は、核に関する「ワシントン宣言」を発表した。同宣言では、アメリカの核搭載可能な戦略原子力潜水艦(SSBN)の韓国派遣や、米韓両国で核計画を議論する「核協議グループ」(NCG)の新設などが盛り込まれた。SSBNの韓国派遣自体に軍事的合理性は乏しいものの、極東におけるアメリカによる「拡大抑止」の強化が課題であることには変わりない。
日本では、「つくらず、持たず、持ち込ませず」とする「非核三原則」が、核に関する思考の中心となってきた。その半面、日本も韓国と同様、アメリカによる拡大抑止の提供を受けている。非核三原則を中心とする視点にこだわりすぎてしまうと、日本の平和に寄与している拡大抑止の全体像が見えづらくなってしまうだろう。
そこで広島サミットを通じ核への注目が改めて高まっているこの機会に、日米同盟における核の位置づけをめぐる歴史を、拡大抑止の視点から検討してみたい。
「密約」の強調が歪めてきた議論
非核三原則は1971年11月24日に国会で決議され、国是といえるまでになっている。第二次世界大戦末期の1945年8月に広島・長崎への核攻撃を受けた日本では、反核感情がきわめて強く、核廃絶を願う声が自然のうちに定着している。
たしかにこうした反核感情を踏まえると、予見しうる将来において日本が核武装するとは現実的には考えにくい。また反核感情を抜きにしても、本稿でも説明するように、日本が核武装する合理性も乏しいと考えられる。したがって非核三原則のうち、日本自身が核を製造・保有しないとする「つくらず、持たず」はまず問題にならない。
ここで議論の土俵に乗るのは、「持ち込ませず」の原則である。
日本が非核政策を維持していることは、核保有国たる同盟国であるアメリカによる拡大抑止とセットになっている。「持ち込ませず」の原則が議論の対象になるのは、こうした日本側の原則と、アメリカによる日本への拡大抑止の提供が両立するとは、必ずしも決まっているわけではないからである。
核を持っている相手に対し核を撃てば、相手から核を撃ち返されるので、そもそもはじめから核を撃てない。そう相手に信じさせることによって、核を撃たせないようにする。これが核抑止という考え方である。
冷戦時代からの二大核大国であるアメリカとソ連(ロシア)の関係では、たとえ相手から核攻撃を受けたとしても、自国の核戦力を残存させて相手に確実に報復できる能力をお互いに持っているので、どちらか一方による最初の核攻撃は、結局お互いを確実に破壊し尽くす結果になる。これを「相互確証破壊」という。相互確証破壊がなされた時は自国にも壊滅的な被害が生じる時だが、そうなると分かっていて核攻撃をしかけてくる愚か者はいない(と普通は考えられる)ので、最終的に相互確証破壊を担保しておくことによって、逆説的に核戦争ができない状態がつくられているのである。このように、合理的に考えて核戦争ができない状態のことを、「戦略的安定」という。戦略的安定を維持することが、核抑止の目的である。
核抑止にも色々なタイプがあるのだが、「誰を守るか」という点で見ると二つのタイプがある。一つは、核保有国が、自国を守るために核で相手を抑止することであり、これを「基本抑止」という。そしてもう一つ、核保有国が、自国を守るためだけではなく、同盟国を守るために核で抑止するのが拡大抑止である。核抑止で守る範囲を、自国から同盟国にまで拡大しているわけである。核保有国の同盟国は、自国が核を持たなくても、同盟国から拡大抑止を提供してもらえるのであれば、非核政策をとることができるだろう。
拡大抑止のことを「核の傘」ともいう。「核の傘」というと、弾道ミサイル防衛システム、すなわち飛んできた核ミサイルをミサイル迎撃システムで撃ち落とすことがイメージされるかもしれないがそうではない。日本に核を撃てば、日本から核を撃ち返されることはなくとも、アメリカに撃ち返されると相手は考えるので、日本は核を撃たれずにすむ。このような意味での「傘」である。
アメリカは日本への拡大抑止の提供を約束しているから、「日本はアメリカの『核の傘』に入っている」という言い方をする。アメリカによる日本への拡大抑止の提供は、日米安保条約にもとづくアメリカの日本防衛義務のなかでも最高レベルの保障となっているといえるだろう。
拡大抑止が日米同盟において占める重みにもかかわらず、日米間の核の位置づけについての戦略的な議論、すなわち日本への拡大抑止の質を高めるためにはどうすればよいかをめぐる議論は、戦後ほとんどなされてこなかった。日本への拡大抑止の質とは、日本に核攻撃をしかけると確実にアメリカから核の反撃にあい、しかけた側が許容不可能な被害をこうむるので、絶対に日本には核攻撃はできない、と相手に信じ込ませる程度を指す。
日米同盟における核の位置づけに関する戦略的な議論が不十分であったのは、単にサボってきたからではなく、そうした議論自体が忌避されてきたからである。……

「フォーサイト」は、月額800円のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。