歴史に学ぶ「有事の出口戦略」の論じ方(下)――朝鮮・台湾有事の出口シナリオ、ふまえるべき太平洋戦争の失敗

執筆者:千々和泰明 2023年8月15日
エリア: アジア
台湾有事の出口戦略では台湾の「国家性」も焦点になる可能性が[中国軍の上陸を想定して実施された台湾軍の軍事演習=2023年7月27日、台湾北部・新北市の八里海水浴場](C)時事
ここではより具体的に、朝鮮有事、台湾有事の出口シナリオについて考える。北朝鮮については核の使用によるエスカレーションに加えて、日・米・韓の三者の足並みを揃える構造的な課題があるだろう。台湾有事では中国の体制打倒は不可能と考えられ、何らかの「妥協的和平」が目指されるが、甚大な「現在の犠牲」が避けられない上に台湾の「国家性」をめぐる政治的制約も浮上しよう。これらの過酷な現実を前にする時、日本が太平洋戦争のガバナンス欠如を繰り返すことは許されない。(本稿上・中篇はこちらからお読みになれます)

 

朝鮮有事の「出口」を左右する北朝鮮の核

それでは「歴史に学ぶ「有事の出口戦略」の論じ方()()」での議論を念頭に、また引き続き日米同盟側優勢のケースであることを前提として、朝鮮有事と台湾有事の出口のシナリオを考えてみたい(各有事の展開については、日本の抑止力とアジアの安定研究会『日本の抑止力とアジアの安定を考える』PHP総研、2021年;『防衛白書』2022年度版;小谷哲男「台湾海峡有事シミュレーション」『日本国際問題研究所研究レポート』2023年3月30日などを参照した)。

 北朝鮮の軍事行動により朝鮮有事が発生した場合、まずは米韓同盟としての対応がなされる。そして基本的には優勢勢力である米韓同盟側が、戦争終結を主導することになると考えられる。

 ただし、米韓同盟側が、北朝鮮の「将来の危険」の除去のために、金正恩体制の打倒という「紛争原因の根本的解決」を図るか否かは、米韓側の「現在の犠牲」をどこまで許容できるかにかかっている。

 朝鮮戦争でマッカーサー国連軍司令官は、北朝鮮の「将来の危険」を重視する立場から、「紛争原因の根本的解決」、すなわち国連軍が支援する韓国による朝鮮統一を目指し、1950年10月に北緯38度線を突破して北進した。しかしこれに反応して中国が参戦し、国連側の「現在の犠牲」が増大したことで、「妥協的和平」に転換せざるを得なくなった。

 今日でも、劣勢勢力である北朝鮮は、自らの劣勢を知るがゆえに、本格的な全面戦争に発展するより前に自分たちに有利な状況を形成して、米韓同盟側がその状況を覆すのに多大な「現在の犠牲」が生じる(ことであきらめる)ように仕向けると考えられる(村野将「北朝鮮のセオリー・オブ・ビクトリーを支える核・ミサイル能力の向上」日本の抑止力とアジアの安定研究会、前掲)。たとえば、長距離火砲や短距離弾道ミサイルで韓国軍・在韓米軍の拠点に打撃を加えたり、韓国の主要な空港や港湾などを生物・化学兵器で攻撃したりすれば、朝鮮半島における米韓連合軍による反撃作戦や来援するアメリカ軍部隊による攻勢作戦は簡単にはいかなくなる。

 また日本に対して、対米韓支援を阻止する目的で、準中距離弾道ミサイルや長距離巡航ミサイルを排他的経済水域(EEZ)内や過疎地に向けて発射する心理的恫喝をおこなう可能性がある。さらに、在日米軍の来援を妨害するため、通常弾頭搭載ミサイルで在日米軍基地・自衛隊基地を攻撃することも想定される。

 ここで米韓同盟・日米同盟側は、さらなる犠牲を払って対北朝鮮作戦を継続するか否かの判断を迫られる。「現在の犠牲」の拡大を恐れて休戦を選ぶのであれば、米韓同盟・日米同盟側にとっての「妥協的和平」の極に傾く戦争終結形態となる。場合によっては韓国の一部地域の占領なども想定されるかもしれない。そうすると北朝鮮側が自信を深め、近い将来の再侵攻を招く危険も残る。

 米韓同盟・日米同盟側が、そうした形態での「妥協的和平」によって残される「将来の危険」の除去を、「現在の犠牲」の回避以上に重視するのであれば、作戦継続が選択されることになる。これに北朝鮮側が屈すれば、米韓同盟・日米同盟側は開戦前の原状回復という「妥協的和平」を達成することが考えられる。戦局によっては原状回復に加えて、北朝鮮のミサイルの配備形態や数量の制限、非核化などの条件も示せるかもしれない。

 ただし、米韓同盟・日米同盟側にとっての「紛争原因の根本的解決」、すなわち金正恩体制の打倒は、同体制が相手と刺しちがえる覚悟で体制崩壊と同時に米韓同盟・日米同盟側に核攻撃をしかけてくる危険性もあるとみなされれば躊躇されるであろう。

 だが、北朝鮮は屈さず、逆に米韓同盟・日米同盟側の継戦意志をくじくべく、さらなるエスカレーションに踏み切るかもしれない。すなわち、核の使用である。もっともこの場合の核使用は、アメリカからの核による報復を招かない程度に自制されたものになる可能性が高い。たとえば、「大気圏内核実験」という名目で、核弾頭を搭載した弾道ミサイルを日本海に向けて発射することや、核爆発装置を搭載した工作船を起爆することなどである(村野、前掲)。

北朝鮮は「日本の単独講和」を受け入れない

 こうしたエスカレーションを前に、アメリカ・日本・韓国側が「将来の危険」と「現在の犠牲」のバランスに関する認識で一致し続けることができるか否かが問われる。アメリカ・日本・韓国側で「現在の犠牲」を重視して休戦を志向するグループ(もしくは単体)と、「将来の危険」を重く見てあくまで戦争継続を選ぶ側に分かれるといったようなかたちで、同一陣営内で足並みの乱れが生じるおそれが出てくるかもしれない。

 当事国である韓国は「将来の危険」にもっとも強くさらされるので簡単に屈服するとは考えにくいが、韓国、もしくはアメリカが屈した場合、開戦前の原状回復を図れないような「妥協的和平」となる危険性がある。

 日本が戦線から離脱した場合も、米韓同盟側が不利になる。ただ1960年1月19日の日米安保条約改定時に在日米軍の直接戦闘作戦行動に関する事前協議制度について定めた「岸=ハーター交換公文」が存在する一方で、……

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
千々和泰明(ちぢわやすあき) 千々和泰明(ちぢわ・やすあき)1978年生まれ。防衛省防衛研究所主任研究官。大阪大学大学院国際公共政策研究科博士課程修了。博士(国際公共政策)。内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)付主査などを経て現職。この間、コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。専門は防衛政策史、戦争終結論。著書に『安全保障と防衛力の戦後史 1971~2010』(千倉書房、日本防衛学会猪木正道賞正賞)、『戦争はいかに終結したか』(中公新書、石橋湛山賞)、『戦後日本の安全保障』(中公新書)など。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top