米韓ワシントン宣言が日米「拡大抑止」にもたらす新たな課題と可能性

執筆者:村野将 2023年5月16日
エリア: アジア
戦略原潜の韓国寄港は軍事的合理性から言えば意外な決定[2023年4月18日、グアムの米海軍基地に到着したオハイオ級戦略原潜「メイン(SSBN741)」](C)U.S. Navy Photo by Lt. Eric Uhden
ワシントン宣言で打ち出された制度・協議枠組みの強化が実施されれば、北東アジアの拡大抑止にとっても画期的な進展だと言える。一方で、戦略原潜の韓国寄港というハード面での取り組みはリスクや不確実性も孕むだろう。日本はこの地政戦略的な環境の変化にどう臨むべきなのか。

   2023 年4月26日、米韓同盟70周年を記念してワシントンDCを国賓訪問した韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は、ジョー・バイデン大統領との間で、米韓同盟の強化、とりわけ拡大抑止政策に関する合意文書として「ワシントン宣言」を発表した。

   ワシントン宣言の要点は、韓国国内で高まる米国の拡大抑止の信頼性に対する不安を払拭するため、米側が韓国に対する核兵器を含むあらゆる能力を通じた防衛コミットメントを改めて明確にする一方で、韓国側は核不拡散条約(NPT)を遵守すること、すなわち独自核武装は行わないというコミットメントを再確認した点にある。

   米国がNATO(北大西洋条約機構)や日韓のような一部の同盟国との間で拡大抑止を強化するために実施している措置は、核態勢や能力等に関する取り組み(ハードウェア)と、運用や計画立案等に関する制度・協議枠組み(ソフトウェア)という2つの要素から成り立っている。

   今回のワシントン宣言では、ハード面での強化策の一つとして、潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)を搭載するオハイオ級戦略ミサイル原子力潜水艦を韓国に寄港させることが確認された。また、ソフト面での強化策としては、新たな二国間協議枠組み=核協議グループ(Nuclear Consultative Group:NCG)を立ち上げ、これまで実施されてきた米韓連合司令部を中心とする通常戦力の運用に関わる計画と、米戦略軍が主導する核戦力の運用に関わる計画・演習等を連動させていくことが決定された。

「核戦力の運用」で連携強化には画期的意義

   ワシントン宣言に含まれるソフト面でのアップグレード(とりわけ、核戦力の運用に関する計画・演習の具体化)は、日韓の核抑止専門家らが米国にその必要性を長年訴え続けてきたものだ。それが首脳レベルのコミットメントを得て、今後期待通りの形で実施されていくとすれば、北東アジアにおける拡大抑止政策の実施において画期的な進展と言える。

   もっとも、これだけをもって日米が米韓に対して遅れをとったとは言いきれない。

   例えば、米韓の拡大抑止戦略協議体は、主として北朝鮮対処を前提としたものであり、ワシントン宣言もその域を出ていない。一方、日米の拡大抑止協議では、当然ながら北朝鮮だけでなく、中国対処を想定した議論が行われてきたはずであり、必然的に米韓よりも広い文脈で抑止戦略に関する議論がなされてきたと考えられる。

   また2010年以降、日米の拡大抑止協議が(コロナ禍の一時期を除いて)年2回着実に行われ一定の発展を遂げてきた一方で、米韓の拡大抑止戦略協議体は、文在寅政権が北朝鮮に対して宥和的な政策をとり、米国と距離を置こうとしてきた5年間で停滞してきた経緯もある。この点を踏まえると、すでに日米で先行的に行われてきた取り組みの一部が、米韓で正式に取り入れられた側面もあると理解すべきだろう。

   逆に、米韓が日米に対して先行してきた取り組みがあるとすれば、それは核戦力ではなく、通常戦力の運用に関する分野である。1950年の朝鮮戦争以来、韓国は国連軍や米韓連合司令部を通じて、米国との相互運用性の向上に努めてきた。無論、これには韓国が独自に保有する短距離弾道ミサイルや巡航ミサイルなどをいつ、どのような目標に対して使用するかといった役割・任務・能力および作戦計画に関する協議が含まれ、その実効性を確認するために数々の机上・実働演習が定期的に実施されてきた経緯がある。今後、日本が独自の反撃能力を取得していくことを踏まえれば、こうした米韓の蓄積から学ぶべき点は多いはずだ。

戦略原潜「韓国寄港」のリスクと目的

   一方、ハード面での強化策である戦略原潜の寄港は、筆者にとって意外な決定であった。なぜなら、戦略原潜をわざわざ韓国に寄港させることに、特段の軍事的合理性があるわけではないからである。

   戦略原潜は、敵の大規模核攻撃によって米国本土の大陸間弾道ミサイル(ICBM)サイロや指揮統制機能が破壊された後でも、水中から確実な核報復を行う任務を帯びた兵器である。そのため、戦略原潜の正確な展開地点は米国大統領にすら知らされておらず、通常は敵の潜水艦や哨戒機が侵入することのない「聖域」(米国の場合、東西両岸の近海)に留まって戦略抑止任務を実施している。米国本土から遠く離れた地域への展開を全く行わないわけではないが、それでも米国領のグアムやスコットランドのファスレーン(英戦略原潜の母港)に数年に一度寄港する程度と極めて稀である。

   米国はかつて1976年から1981年にかけて、ジョージ・ワシントン級およびイーサン・アレン級戦略原潜を韓国に寄港させていた時期がある(計35回)。しかしこれらの措置がとられたのは、当時搭載されていたポラリスA3 の射程が4600km程度と短かった上に命中精度が低かったためであり、搭載されるSLBMがより射程の長いトライデントC4への更新が始まった1982年以降には、韓国への寄港は行われなくなっている。

   そして現在、オハイオ級戦略原潜に搭載されているトライデントD5の射程は1万km以上におよび、たとえカリフォルニア沖からでも、30分以内に北朝鮮(もしくは中国)の目標を確実に撃破できる。これは米国本土やグアムから飛び立ったB-52H戦略爆撃機から発射される核巡航ミサイル(AGM-86B)や、韓国(あるいは日本)から飛び立ったF-35Aが北朝鮮や中国上空に飛来して、核爆弾(B61-12)を投下するまでの時間と比べても、圧倒的に早く、かつ防空システムを確実に突破できる究極の核攻撃手段である。

   したがって、この措置はあくまでも目に見える形で韓国国民を安心させると同時に、北朝鮮に対して米国の覚悟を示すための象徴的シグナルであり、戦略原潜を寄港させなければ果たすことのできない、固有の軍事的役割があるわけではないのである。

   むしろ運用上の観点から言えば、戦略原潜を前方展開させる際には、いくつかの潜在的なリスクや不確実性が生じる。

   第一に、戦略原潜は、敵にとって非常に魅力的な情報の塊である。人間の指紋が一人一人異なるのと同様に、潜水艦は一隻ごとにスクリューや船体から生じる音響特性(音紋)に固有の違いがあり、それらのデータの蓄積は個艦識別や追尾において重要な役割を果たす。米国本土近くからめったに遠方に展開することのない戦略原潜のデータは、北朝鮮というより、むしろ中国にとって是非とも手に入れたい情報であろうことは想像に難くない。

   第二は、寄港時の脆弱性である。先に述べた通り、広大な太平洋で米国の戦略原潜を探知・追尾し、撃沈することは不可能に近い。しかしながら、公かつ特定の場所に寄港する際には、戦略原潜は唯一物理的に無防備になる。したがって、戦略原潜の寄港が行われるのは、平時に限定される可能性が高く、エスカレーションのリスクやその脆弱性が露呈するリスクを考えると、緊張が高まった状況や有事において寄港が行われることは考えにくい。

   第三に、今後戦略原潜がどの程度の頻度で韓国に寄港するのかは明らかではない。現在、米国は14隻のオハイオ級を保有しているものの、平時の戦略抑止哨戒任務に就いているのは、通常2−4隻(太平洋側と大西洋側でそれぞれ1−2隻)に限られており、それ以外は長期整備や訓練などのために米国本土の母港に停泊している。近年、北朝鮮のミサイル発射が行われると、直後に米国本土やグアムから爆撃機が飛来して、日韓両国の戦闘機と共同訓練を行なってみせることが定例化しているが、戦略原潜はその数と進出速度の制約から、それほど頻繁かつ柔軟に西太平洋地域に展開してくることは期待できない。

   究極のステルス兵器である戦略原潜が、あえてその姿を晒すことによる心理的な抑止・安心供与の効果と、それに伴う脆弱性とのバランスを考慮すると、展開頻度を増やすとしても、その寄港・哨戒エリアはグアム周辺にとどめておく方が理に適っているように思われる。

日本は戦略原潜の運用にどう関与すべきか

   とはいえ、これを機に関係各国が適切な形で連携できれば、上記の潜在的なリスクや不確実性は、地域における拡大抑止を強化する機会にも変わりうる。

   例えば、日本は米韓と協力して、戦略原潜が韓国に寄港する際の安全確保に貢献すべきである。通常、戦略原潜が出入港する際には、水上艦艇や小型哨戒艇が護衛に当たるほか、戦略原潜を追跡したり、情報収集を試みようとする敵の潜水艦がいないかどうかを確認するために、味方の攻撃型潜水艦が後ろに控えて周囲を警戒するといった措置がとられる。この点、日本は米軍や韓国軍、韓国海洋警察庁と協力して、北朝鮮のみならず、中国の潜水艦、哨戒機、音響センサーなどを警戒するとともに、必要に応じてこれらへの対抗措置を取るための計画を議論、調整することを打診すべきであろう。

   NATOでは、核共有の対象国ではないポーランドやチェコなどの戦闘機が周辺空域の安全を確保するといった形で、核共有国の核作戦を支援することを目的とした空中戦術訓練プログラム=SNOWCAT(Support of Nuclear Operations With Conventional Air Tactics)が行われており、その結果として、核共有を行なっていない国々も、共同作戦に必要な情報や計画を一定程度共有できるようになっている。仮に、戦略原潜に対する支援措置が実現すれば、いわばインド太平洋版SNOWCAT(Support of Nuclear Operations With Conventional “Allied” Tactics)のような形で、日本も戦略原潜の運用に関わる一部の情報や計画を共有する権利を主張できるようになることが期待できる。

日米が追求すべき新たな戦域核オプション

   しかし、戦略原潜や爆撃機の前方展開だけで、インド太平洋地域に存在する戦域核抑止力のギャップを埋めるのには限界があり、日米は新たな戦域核オプションを別途追求する必要がある。

   戦略原潜は、生存性が高いものの、それほど頻繁には前方展開できず、目に見える形での抑止効果には限度がある。一方、爆撃機や核・非核両用機は、比較的柔軟に目に見える形での抑止力を示すことはできるものの、弾道ミサイルと比べて速度が遅い上、同じ空域に長時間とどまることはできない。また、緊張が高まった状況において、これらの航空機を韓国や日本の航空基地に着陸させようとすれば、北朝鮮や中国が集中的に強化している中距離ミサイルの格好の標的となる。仮に、冷戦期に西ドイツに配備されていたような、地上発射型の中距離核ミサイルを開発・配備しようとする場合には、捕捉しづらい移動式の核ミサイルを確実に撃破するために、相手の核ミサイルによる先制攻撃を誘発するリスクもある(*こうした観点からも、日本に配備する地上発射型ミサイルは、非核三原則の有無に関わらず、通常弾頭型にとどめるのが合理的であろう)。

   したがって、新たな戦域核オプションには(1)数が限られる戦略原潜よりも高い柔軟性を持つ、(2)航空機よりも長時間同じエリアに留まることができる、(3)攻撃に対しての生存性が高い、(4)低出力核弾頭を搭載しうる、といった要件が求められる。これらの要件を満たすのは、トランプ政権が導入を決定した海洋発射型核巡航ミサイル(SLCM-N)のはずであったが、バイデン政権は2022年10月に発表した「核態勢見直し(Nuclear Posture Review:NPR)」においてSLCM-Nの開発計画を中止してしまった。日本は(場合によっては韓国と協調して)、米国に対してSLCM-Nの再開発を要請すべきであろう。

より迅速な代案として何が想定できるのか

   もっとも、米国政府がSLCM-Nの再開発を認めたとしても、その配備には10年近くの時間を要すると考えられる。SLCM-N配備が当面実現しないと仮定すると、戦域核抑止力を強化するための、より迅速な配備オプションを検討しなければならない。

   そこでSLCM-Nの代案として考えられるのが、潜水艦発射型の中距離核即時打撃システム(Intermediate Range-Nuclear Prompt Strike:IR-NPS)の開発・配備である。現在、米海軍は通常弾頭型の極超音速滑空体(C-HGB)を搭載した射程約3000kmの即時打撃システム(Intermediate Range-Conventional Prompt Strike:IR-CPS)の開発を進めており、2028年にはヴァージニア級攻撃型原潜への搭載が計画されている。戦域核抑止力を強化するための最初の取り組みとして、日本は米国に対し、IR-CPS用に開発されているロケットモーターに、既存もしくは開発中の核弾頭を改修して搭載するための技術実証を行うよう働きかけるべきである。

   IR-CPSは、米陸軍で開発されている長距離極超音速兵器(Long Range Hypersonic Weapons:LRHW)と設計の大部分を共有しており、ロケットモーターなどの主要構成品はすでに完成している(LRHWは、早くも2023年秋に初期運用が開始される予定である)。配備を早めることを優先するのであれば、初期段階ではHGBに核弾頭を搭載する必要はなく、単にロケットモーターに伝統的な設計の核弾頭を組み合わせて、潜水艦発射型中距離弾道ミサイル(SLIRBM)として運用することが考えられる。その上で、極超音速滑空技術が成熟した際には、HGBに核弾頭を統合する段階的アップグレードを行うことで、将来中国やロシアが先進的な弾道ミサイル防衛を開発・配備した場合にも、それを突破しうる軌道変更可能な戦域核オプションを維持することができる。

   なお現時点で、IR-NPSの配備は、戦略核弾頭と運搬手段の配備上限を定めた米ロの新戦略兵器削減条約(新START)の制約を受ける可能性があるが、すでにロシアは新STARTの履行停止を宣言しており、条約はほとんど実効性を失っている。またいずれにしても、新STARTの有効期限は2026年までであるから、IR-NPSが実用化される頃には、配備を妨げる軍備管理条約は存在しないだろう。

   今後、戦略原潜の前方展開に加えて、攻撃型原潜にも再び核ミサイルが配備されることとなれば、これらの安全を担保することがより一層重要になる。拡大抑止をめぐる議論では、「米国は何をしてくれるのか」「どうすれば自分たちは安心できるのか」という点に関心が集まることが多いが、拡大抑止は核の要素だけで成り立っているわけではない。日本は通常戦力を通じて「自分たちに何ができるのか」「米国をどう安心させるか」という点についても考える必要がある。そうした貢献は、秘密に包まれた米国の核作戦やその計画立案プロセスに、日本が関与していく責任と権利を有していくための第一歩となるだろう。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
村野将(むらのまさし) 米ハドソン研究所研究員(Japan Chair Fellow)。岡崎研究所や官公庁で戦略情報分析・政策立案業務に従事したのち、2019年より現職。マクマスター元国家安全保障担当大統領補佐官らと共に、日米防衛協力に関する政策研究プロジェクトを担当。専門は、日米の安全保障政策、核・ミサイル防衛政策、抑止論など。著書に『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』(並木書房、共著、2020年)、“Alliances, Nuclear Weapons and Escalation:Managing Deterrence in the 21st Century”(Australian National University Press, 共著、2021年)、『ウクライナ戦争と米中対立 帝国主義に逆襲される世界』(幻冬舎新書、共著)などがある。また、監訳・解説に『正しい核戦略とは何か』(ブラッド・ロバーツ著、勁草書房)。
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