米中「相互確証破壊」時代の到来――日本に高まる「核の脅し」のリスク

執筆者:村野将 2023年2月10日
エリア: アジア
DF-41(左)は1基あたり最大10発の核弾頭を搭載する多弾頭ICBMとされる[2022年10月12日、北京市内](C)時事
中国は2035年頃までに現在の米ロに匹敵する「第三の核大国」となる可能性が高い。それは相互脆弱性の前提に立った米中が戦略レベルの安定性を目指す時代の到来だが、一方でその安定性が逆用され、中国が戦域レベルでリスクを厭わない行動に出る可能性が増す時代でもある。インド太平洋地域の安全保障環境に生じるこの「安定・不安定のパラドックス」に、日本はどう備えることができるだろうか。

   2022年2月24日から始まったロシアによるウクライナ侵攻から、まもなく1年が経とうとしている。多くの専門家は、この戦争を「冷戦終結以来、核兵器の使用が最も懸念される戦争」と見ているが、幸いなことに本稿執筆時点でロシアによる核使用は行なわれていない。

   2022年9月に行なわれたハルキウ反攻において、ロシア軍は歴史的な大敗北を喫したにもかかわらず、ウラジーミル・プーチン大統領は戦局を打開するために核使用に踏み切ることはなかった。この決断の背景には様々な要因が考えられるが、米国による(核)報復の可能性と、その後のさらなるエスカレーションのリスクがプーチンの計算に少なくない影響を与えたことは間違いない。

   一方、段階的にウクライナに対する軍事支援のレベルを上げつつある西側も、当初はHIMARS(高機動多連装ロケットシステム)やM1エイブラムス(米製)、レオパルト2(独製)のような主力戦車など、ロシア軍に深刻な打撃を与えうる兵器の提供には及び腰であった。また、開戦以前からジョー・バイデン大統領が明言していたように、米・NATO(北大西洋条約機構)の直接的な軍事介入は依然として行なわれていない。つまり、懸念の度合いに波はあれど、米国をはじめとする西側諸国にも、核エスカレーションのリスクが戦争初期段階での大型武器供与や直接的な軍事介入を思いとどまらせる形で働いている。

   西側とロシア双方にある程度の自制を促しているもの――それこそが、本稿が取り上げる大国間の戦略的な核バランスである。

冷戦期の欧州と類似し始めているインド太平洋地域の安全保障環境

   歴史を振り返ると、1960年代後半から70年代にかけて行なわれたソ連の急速な対米核戦力の増強によって、米ソはどちらか一方が先制核攻撃を行なったとしても、生き残った相手の核戦力(第二撃能力)により、先制攻撃を行なった側も壊滅的な報復を受けて共倒れとなるような状況が確立されるようになった。いわゆる「相互確証破壊(MAD: mutual assured destruction)」である。この結果、米ソ(ロ)間では大陸間弾道ミサイル(ICBM)や戦略爆撃機など互いを攻撃しうる戦略戦力に量的制限を設けたり(戦略兵器制限交渉〔SALT〕、戦略兵器削減条約〔START〕、 新戦略兵器削減条約〔新START〕等)、互いの本土を守るミサイル防衛の配備地点や規模に制約を課す(弾道弾迎撃ミサイル〔ABM〕制限条約)など、複数の軍備管理枠組みによって相互脆弱性を意図的に固定化することで、互いにとって先制攻撃の誘因が働きにくい状況(戦略的安定性)を維持することが試みられてきた経緯がある。

   これまで、こうした相互脆弱性を前提とする戦略関係は、他を圧倒する核戦力を有する米ソ(ロ)二国間だけに可能な、特殊な関係だと考えられてきた。しかし今、米ロが世界の核兵器シェアを独占していた時代は終わりを迎えつつある。

   2021年、複数の民間の研究者が行なった商用衛星画像の分析を通じて、中国が最新型のICBM・DF-41用と見られるサイロを300箇所以上建設していることが明らかになった。DF-41は1基あたり最大10発もの核弾頭を搭載しうるように設計された多弾頭ICBMとされている1。米国防省によれば、現在中国が保有・配備しうる核弾頭数は400発を超えたと見積もられているが、今後はその製造ペースをさらに加速させ、「2027年までに最大700発」「2030年までに少なくとも1000発」「2035年までに1500発」保有する可能性があると予想されている。現在、新STARTが米ロに課している戦略核弾頭の配備上限が1550発であることを踏まえると、中国は2035年頃までに、現在の米ロに匹敵する規模の「第三の核大国」となる可能性が高いということである。

   このことは、インド太平洋地域の安全保障や、日本に差し掛けられる拡大抑止の信頼性にどのような影響を与えるのだろうか。

   すでに述べたように、相互脆弱性を前提とした戦略関係は、長らく米ソ(ロ)間でも築かれてきたものであり、それ自体が新しい現象というわけではない。しかし、これは日本にとっては新しい問題である。

   冷戦期の欧州において、ソ連に対して通常戦力面で劣勢に立たされていたNATOは、戦術核兵器や戦域核兵器をエスカレーションの比較的早い段階で使うことをも辞さない戦略をとることで、ソ連の通常戦力優位を相殺しようとしていた。一方当時の日本において、米ソの相互確証破壊状況の確立による地域の不安定化の問題は、それほど深刻に捉えられていたわけではない。なぜなら、陸上戦力のバランスが重視されていた欧州と異なり、冷戦期のアジアでは日米が航空・海上戦力の優位を維持していたからである。言い換えれば、冷戦期のアジアにおける米国の核兵器の役割は、ソ連の通常戦力優位を相殺することではなく、ソ連が米国の通常戦力優位を相殺するために、核使用に走ることを抑止することにあった。

   ところが、今日のインド太平洋地域の安全保障環境は、冷戦期の欧州と類似し始めている。中距離ミサイルを中心とする中国の圧倒的な戦域打撃能力は、日本やグアム、さらには西太平洋地域に展開する空母などの伝統的な前方展開戦力を脅威に晒し、日米を通常戦力面で不利な状況に追い込んでいる。そしてこの通常戦力優位は、中国海警局などの準軍事組織が平時やグレーゾーンの段階において、より大胆な行動に出ることを助長しかねない、いわゆる「安定・不安定のパラドックス(逆説)」の影響を強める可能性が出てきているのである。

「相互確証破壊」状況に近づく米中

   中国はこれまでにもDF-5のようなサイロ配備式ICBMや、DF-31などの移動式ICBMを配備することによって、核攻撃を受けた後でも米国本土に一定程度の損害を与えうる「最小限抑止」態勢をとり続けてきた。この事実は以前から米国政府も認めており、実際の政策に取り入れられている。例えば、オバマ政権が2010年に発表した弾道ミサイル防衛見直し(Ballistic Missile Defense Review: BMDR)では、「地上配備型ミッドコース防衛システムは、ロシアや中国の大規模なミサイル攻撃に対処する能力を持っておらず、これらの国との戦略バランスに影響を与えることを意図していない」とされている。この方針はトランプ政権やバイデン政権のミサイル防衛見直し(Missile Defense Review: MDR)でも踏襲されており、「米国は、大規模で技術的に洗練された大陸間ミサイルシステムを採用したロシアや中国の潜在的な核攻撃を防ぐことについては、核抑止力に依存している」と説明されている。

   しかしながら、300を超えるICBMサイロを建設し、2035年までに1500発の核弾頭を製造・配備する潜在能力を持つ中国の核戦力は、もはや「最小限」とは言い難い。仮にこうした状況が実現する場合、中国は米国の主要都市や産業に対して壊滅的な打撃を与えうるだけではなく、米国本土のICBMサイロ(400箇所)、戦略爆撃機の主要拠点(3箇所)、戦略ミサイル原潜(SSBN)の母港(2箇所)に対する先制的なカウンターフォース攻撃が可能な規模の核戦力を有することになる。これは相互脆弱性の究極の形である「相互確証破壊」状況である。

   これまで米国の歴代政権は、中国との間に(米ロ間にあるような)相互脆弱性が存在することを公式に認めたことはない。しかし、中国の急速な核軍拡を前に、米国の戦略コミュニティでは、戦略的安定性に関する対話を始める前提として、中国との間にも相互脆弱性が存在することを公式に認めるべきではないかとの議論が出始めている。

   では日本にとって、米国が中国との相互脆弱性を公式に認めることに具体的なメリットはあるのだろうか。

   もし米国が中国との相互脆弱性を認める場合には、単なる口約束ではなく、これまで米ロ間で行なわれてきた軍備管理と同様に、戦略戦力やミサイル防衛に関して量的な配備上限を設けたり、相互査察などの実効的な検証措置を伴うことが考えられる。その結果として、米中間の戦略レベルでの軍拡競争に一定程度の歯止めをかけることができる可能性はある。例えば、戦略核戦力に対する過剰な投資は抑制されるであろうし、中国からの本格的な戦略攻撃を防ぐことを想定した米国本土のミサイル防衛への追加投資も不要になるだろう。そうなれば、これらへの投資を節約する代わりに、米国はインド太平洋地域に展開するための通常戦力への投資を相対的に増やすことができる、という考え方もできなくはない。

   こうした方向性は、核兵器の役割低減を掲げるバイデン政権にとって、魅力的なオプションに映っているようにも見える。実際、2022年版の核態勢見直し(Nuclear Posture Review: NPR)では、中国との間で戦略的リスクを軽減するための実際的措置について議論する必要があるとされており、「能力と行動の相互抑制に関する追加的な議論のための基礎を築きうるような措置も含まれる」との記述がある。

日本にトレードオフで浮上するリスクとは

   しかしながら、これにはいくつかのトレードオフがあることに注意しなければならない。

   第一に、理論上、3カ国以上で戦略的安定性を同時に維持することは困難である。米国はすでに新STARTを通じて、ロシアとの間で戦略核戦力の量的均衡を維持しており、その戦略核配備弾頭数は1550発に制限されている。新STARTは2026年に失効することになっているため、その後の見通しは不透明であるものの、仮に米国が現在の水準を維持するとすれば、2035年に米国は、中ロ合わせて約3000発の核を抑止しなければならない状況に直面する。無論、中ロは日米のような同盟関係にあるわけではない。しかし、両国が既存のルールに基づく国際秩序に挑戦しようという共通の目標を持っていることに鑑みれば、中ロが戦略的連携を深める動機は決して過小評価するべきではない。

   第二に、米国が抑止すべき核武装国は中ロだけではない。先に述べたように、米国が中国との相互脆弱性を認める場合には、かつてのABM条約のように米国の本土防衛用ミサイル防衛を量的に制限するというオプションが視野に入ってくる可能性がある。だが、米国本土のミサイル防衛は、「北朝鮮やイランなどからの限定的なICBM攻撃による脅しを防ぐこと」を目的に配備されてきたものだ。その北朝鮮は、今や米国本土を射程に入れる世界最大の移動式ICBMの開発・製造を始めており、核開発にも全く歯止めがかかっていない。さらに、金正恩が複数個別誘導再突入体(MIRV)の開発を進めるとも言及していることに鑑みれば、中国ほどにではないにせよ、北朝鮮が米国に向けて投射できる核弾頭の数は当面増加傾向が続くと考えなければならない。つまり、北朝鮮の対米打撃能力はもはや「限定的」ではないのである。

   北朝鮮の対米打撃能力が増強されていることを踏まえれば、本来米国本土のミサイル防衛は一層強化されなければならないはずである。しかし、「北朝鮮の対米打撃能力に対しては強固だが、中国の対米打撃能力を脅かさないミサイル防衛態勢」を両立させることは可能なのであろうか。中国との相互脆弱性を維持するためにミサイル防衛を制限した結果、北朝鮮のICBMに対して米国本土が脆弱になってしまえば、それは北朝鮮との間でも相互脆弱性を認めることと実質的な違いはない。そうなれば、北東アジアにおける米国の拡大抑止の信頼性は大きく損なわれ、日本と韓国はより強い不安を感じることになるだろう。この点に関して、バイデン政権がNPRと同時に公表した2022MDRでは、オバマ政権の2010BMDRおよびトランプ政権の2019MDRで継続して示されてきた、「ミサイル防衛に関するいかなる制限も受け入れない」とする記述が削除されていることには注意を要しよう。

   第三に、「安定・不安定のパラドックス」がもたらす悪影響が増大するリスクがある。すなわち、米国が中国との相互脆弱性を認めることで、台湾有事などの危機において、中国は米国の核使用を抑止できるとの自信を強め、その結果、通常戦争やグレーゾーンにおいて、よりアグレッシブな行動に出ることを厭わなくなるという可能性である。

   これについては、「近年中国がアグレッシブな行動を厭わないようになったのは、米国の核抑止力が相対的に低下しているためではなく、純粋に中国の通常戦力や法執行機関などの準軍事能力が高まっていることに原因がある」、従って「核抑止力を強化しても、グレーゾーンや通常戦争の抑止には役に立たない」という反論もありうるだろう。もちろん、核抑止力はあらゆるレベルの挑戦に対する万能な抑止力というわけではない。例えば、「中国公船が日本の領海に侵入してきた場合には、核で報復する」という脅しはあまりに非現実的であり、抑止力として信憑性がないことは明らかだ。

   しかし、異なるレベルの抑止力は、独立して作用しているわけではなく、むしろ相互に連関している。

   例えば、次のようなケースを考えてみよう。今日の東シナ海では、中国公船が日本の接続水域を航行する行為が常態化しており、領海侵入が試みられることも少なくない。こうした中国公船の活動は、中国海空軍の通常戦力によって間接的に支えられている。東シナ海における中国の通常戦力優位が強まるほど、仮にその対立が法執行機関同士の睨み合いから、通常戦力のぶつかり合いにエスカレートしたとしても、中国側は状況のエスカレーションを主体的にコントロールできると自信を持つはずである。そうなれば、中国公船はより低いリスクで、より頻繁に領海侵入を繰り返したり、日本の漁船や海上保安庁の巡視船に対して危険な接近を試みるといった、よりアグレッシブな行動をとることができるようになる。つまり、日本の海上保安庁は中国の「通常戦力の影」がちらつく中で、その活動を常に抑制されるリスクを負っているのである。

   これと同様に、中国は対立が通常戦力同士のぶつかり合いにエスカレートしたとしても、戦略核レベルの安定性が保たれていれば、より低いリスクで通常戦力による作戦を強行できるとの自信を強める可能性が出てくる。先に述べたように、インド太平洋地域に短期間のうちに投射可能な打撃力という点に限って言えば、中国はすでに通常戦力優位を確立しつつある。

   さらに見落とされがちなのは、中国は戦域核戦力に関しても優位に立っているという点だ。ここに第四の問題、すなわち戦域核戦力レベルでの潜在的な不安定性が存在する。2019年に中距離核戦力(INF)全廃条約が失効してもなお、米国は西太平洋地域に地上配備型の戦域核戦力を配備していない。もっとも、米国には本土やグアムから戦略爆撃機を展開するというオプションは残されている。また、あくまでも潜在的な可能性ではあるが、米国は一部の欧州諸国が配備しているような核兵器と通常兵器の両方を搭載できる戦術攻撃機を、日本や韓国などの同盟国に前方展開させるオプションを否定していない。しかし、中国や北朝鮮の戦域打撃能力が非常に高精度になっていることを踏まえると、これらの航空機を前方の航空基地に展開する際の脆弱性は従来よりも格段に高まっている。また、遠方から飛来する航空機は飛行速度が遅く、即時性に欠ける。

   唯一の例外的オプションは潜水艦配備型の戦域核戦力であるが、トランプ政権期に一部の戦略ミサイル原潜に配備された低出力水中発射型弾道ミサイル(SLBM)は数が非常に限られている。そしてトランプ政権が開発を検討するとした海洋発射型核巡航ミサイル(SLCM-N)は、バイデン政権によって計画が中止されてしまった。

   一方で、中国がすでに大量に配備している中距離ミサイル戦力のほとんどは核・非核両用である。かつての中国には、ミサイルの命中精度の低さを核弾頭によって補うという合理性があった。しかし現在は、DF-21DやDF-26といった高い命中精度を有する対艦弾道ミサイル(Anti-Ship Ballistic Missile: ASBM)をすでに量産配備している。にもかかわらず、人民解放軍ロケット軍の一部の部隊では、通常弾頭と核弾頭を前線で素早く交換する「ホットスワップ」訓練を行なっている様子が確認されており、依然として戦域射程のミサイルに核・非核両用任務を付与し続けている。これらを踏まえると、中国は西太平洋地域において、ロシアと同様のエスカレーション抑止(escalate to de-escalate)のような、先行的かつ限定的な核使用を行ないうるオプションを備えていると考えざるをえない。

   このような状況に直面した場合、中国の強圧的な行動を相殺するために、米国が使用できる対向的核オプションは非常に限られている一方で、中国は米国との間の戦略レベルの安定性を逆用して、戦域レベルで核の脅しを行なうハードルを下げるということが可能になりつつあるのだ。

エスカレーション・ラダーに「隙間」を作ってはならない

   エスカレーション・ラダーの上位レベルの戦力バランスは、下位レベルの戦力バランスに影を落とし、その影はエスカレーション・ラダー全体に影響を及ぼす。このことに鑑みれば、「安定・不安定のパラドックス」によって引きこされる問題は、日本にとって決して過小評価すべきものではない。つまり、宣言政策の観点から言えば、米国が中国との間で相互脆弱性を認めることは、日本にとってデメリットが大きい。

   しかし一方で、相互脆弱性は政治指導者の認識の問題であると同時に、軍事態勢に裏打ちされた客観的な状態でもある。今後中国が対米打撃能力を強化していけば、米国がいくら相互脆弱性を宣言政策の上で否定しようとも、中国は1970年代のソ連と同様に、米国を脅かすことができるとの自信を次第に強めていくだろう。こうした状況が訪れるのは遅ければ遅いほどよいが、米中間に軍事的な相互脆弱性が生じるのは時間の問題であるという現実を、我々は覚悟する必要もある。

   そうであればこそ、米国の拡大抑止を含む日米の抑止力は、平時からグレーゾーン・レベル、通常レベルから戦域核、戦略核レベルに至るまでが途切れのないよう、今まで以上にきめ細やかに繋ぎ合わせておかなければならない。そのためには、軍事能力・態勢(ハードウェア)と、その運用に関する制度・協議枠組み(ソフトウェア)双方のアップデートが必要となる。

   ハード面での強化策としては、第一に、グアムを中心に西太平洋地域における戦略爆撃機や低出力SLBMを搭載した戦略ミサイル原潜の哨戒・寄港頻度を増加させる必要がある。射程1万kmを超えるトライデントSLBMを搭載する戦略ミサイル原潜は、たとえ米国の西海岸付近に展開していたとしても、30分以内に中国の目標を攻撃することが可能である。しかしながら、これらの戦略アセットが西太平洋地域に頻繁に展開していることを目に見える形で示すことは、中国が限定的な核使用を試みようとする誘惑への抑止力となるだけでなく、日本国民に対しても安心をもたらす効果が期待できる。また、低出力SLBMを実際に使用するという極限状況において、前方展開による飛翔時間の短縮は、移動式ミサイルなどの目標を攻撃する際に決定的に重要な要素となる場合もある。

   一方で、中国の戦域打撃能力が向上していることに鑑みれば、これらの貴重な戦略アセットを日本に着陸ないし寄港させることは、リスクが高いと言わざるを得ない。とりわけ、一度離陸したステルス機や潜航した潜水艦の探知が困難であることを踏まえると、これらのアセットが基地に駐機・停泊しているタイミングは、中国からすれば絶好の攻撃機会であり、かえって先制攻撃を助長する恐れがある。こうした抑止効果と脆弱性とのバランスを考慮すると、爆撃機の場合であれば日本周辺での空中哨戒、戦略原潜の場合はグアム周辺での寄港・哨戒にとどめるのが最適であろう。

   第二に必要なのは、米国が開発している非核の長距離極超音速兵器(Long-Range Hypersonic Weapon: LRHW)を日本国内に受け入れるとともに、今後日本が取得・配備する各種スタンドオフ防衛能力と一体的な運用を行なう態勢を整えることである。米陸軍が開発を進めているLRHWは「長距離」という名称がついているものの、その射程は2800km程度とされており、グアムに配備した場合でも中国本土には届かない。つまり、LRHWはいずれかの段階で日本やフィリピンなどの同盟国に前方展開させなければ、戦略上意味をなさないミサイルである。他方、LRHW は2023年末までにプロトタイプの初期運用能力獲得を目指しており、米国が開発している地上発射型中距離ミサイルの中では実用化までのタイムラインが最も早いシステムとなりつつある。これは、日本の島嶼防衛用高速滑空弾の能力向上型(射程延伸型/ブロック2)の開発・配備スケジュールを数年上回ることになろう。

   一刻も早く中国とのストライク・ギャップを埋めるという観点からすれば、中距離ミサイルの国内配備開始時期は早ければ早いほどよい。米国が開発している地上発射型中距離ミサイルは、LRHWを含めて全て通常弾頭ミサイルであるが、中国の大半のミサイルが核・非核両用であることを踏まえると、彼らのミサイル関連システム等を攻撃対象とする場合には、自ずと核エスカレーションのリスクが生じる。つまり、たとえ通常戦力による攻撃作戦だとしても、日米間の緊密かつシームレスなエスカレーション・コントロールが必要不可欠なのである。核使用に伴う米軍の作戦は、インド太平洋軍などの戦闘軍司令部ではなく、戦略軍がその指揮権を持つとともに主要な計画立案を行なっており、その細部に関与するハードルは著しく高い(これはNATOでも同様である)。しかし、日本のスタンドオフ防衛能力の保有を通じて、米国が有する非核の打撃力との一体化を進めていくことで、日本はエスカレーション・コントロールを主体的に行なう責任と権利を持つと同時に、米国の核作戦計画に関与していく段階的な足がかりを得ることが期待できる。これは核・非核両用の航空機とB61核爆弾に基づくNATO型の核共有メカニズムを安易に模倣するよりも、日米が互いに求め合う時代的・能力的要請に即している。

   逆に、米国が中距離ミサイルを用いた作戦計画に日本が関与することを拒むようなことがあれば、日本は国民に対する説明責任の観点からも、配備受け入れを拒否することを躊躇すべきではない。エスカレーション・コントロールに直結する作戦の計画立案と指揮統制は、それほど重大な問題であると日米双方が認識する必要があろう。

   第三に、SLCM-Nの開発中止について米国に納得のいく説明を求め、それが解消されない場合には代替手段の開発・配備を要請すべきである。低出力SLBMが事実上の戦域核戦力として重要な抑止力を提供していることは事実である。しかし、低出力SLBMの配備数は極めて少ない。またバイデン政権内には、弾道ミサイルであるが故に、相手から戦略核攻撃と誤認されかねないことなどを理由に、低出力SLBMの配備に反対してきた人物がいる。武装解除を目的とする一斉攻撃と、限定核使用に反撃することを目的とした単発のSLBM発射では、早期警戒能力に捉えられる兆候が異なるため、相手が戦略核攻撃と低出力SLBMによる攻撃を誤認する可能性は必ずしも高いわけではない。

   しかし、バイデン政権内でそうしたリスクを深刻に捉える声があるのだとすれば、限定核使用を抑止するために、弾道ミサイルとは異なる非脆弱な低出力核オプションが必要なはずである。SLCM-Nは、そうしたエスカレーション・ラダーの隙間を埋めるためのアセットであった。この隙間を埋めるための方策としては、先に述べた低出力SLBMを搭載した戦略ミサイル原潜を西太平洋地域により頻繁に前方展開させることなどが考えられるが、配備数の制約を踏まえると、戦略ミサイル原潜を柔軟抑止オプションとして用いるには限界がある。こうした点については、日米拡大抑止協議の中でSLCM-N開発中止の影響を明らかにし、懸念を払拭する必要があるだろう。

求められる次官級・大臣級のコミットメント

   一方、ソフト面を強化する第一の策としては、日米拡大抑止協議を現在の次長級から大臣級協議(2プラス2)に格上げして、よりハイレベルな政治的コミットメントを引き出し、自衛隊を含むあらゆる政府組織に対して米国の核作戦に関与しうるマンデートを与えることが挙げられる。1月11日に行なわれた日米2プラス2において、拡大抑止についてよりハイレベルな協議を通じて議論していくことが確認されているのは、前向きな方向性と言える。

   第二に、拡大抑止協議のスタッフレベル会合と日米ガイドラインの共同計画策定作業とを連関させ、台湾有事(および朝鮮半島有事)を想定したグレーゾーンから核使用を含む高次のエスカレーション・ラダーをシームレスな形で構築するとともに、米国から核オプションのより具体的な形での保証を促す必要がある。この一環として、米戦略軍に外務・防衛当局者と自衛官を派遣して、核作戦に関する計画立案・実行プロセスについての教育機会を設けるべきである。

   第三に、上記の日米共同作戦計画を基に、在日・在韓米軍、インド太平洋軍、戦略軍などを交えた日米共同の実働・机上演習を繰り返し、実戦上の課題を常に点検・共有するべきである。オバマ政権では、ロシアによるバルト諸国への侵攻をきっかけとする限定核使用シナリオを題材とした机上演習が行なわれているが、同演習は現職の長官級・次官級スタッフの参加を得て実施された。日米が実施すべき台湾・朝鮮半島有事の政策シミュレーションも同様に、次官級・大臣級のコミットメントを得る形で実施される必要があろう。

1]ただし、DF-41が実際に10発の核弾頭を搭載できるかどうかは弾頭の軽量化技術等に拠る。

カテゴリ: 軍事・防衛
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
村野将(むらのまさし) 米ハドソン研究所研究員(Japan Chair Fellow)。岡崎研究所や官公庁で戦略情報分析・政策立案業務に従事したのち、2019年より現職。マクマスター元国家安全保障担当大統領補佐官らと共に、日米防衛協力に関する政策研究プロジェクトを担当。専門は、日米の安全保障政策、核・ミサイル防衛政策、抑止論など。著書に『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』(並木書房、共著、2020年)、“Alliances, Nuclear Weapons and Escalation:Managing Deterrence in the 21st Century”(Australian National University Press, 共著、2021年)、『ウクライナ戦争と米中対立 帝国主義に逆襲される世界』(幻冬舎新書、共著)などがある。また、監訳・解説に『正しい核戦略とは何か』(ブラッド・ロバーツ著、勁草書房)。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top