ロシア「核恫喝からのエスカレーション」を止める唯一の方法――核をめぐる安全保障課題と日本の対応

執筆者:村野 将 2022年3月11日
エリア: アジア ヨーロッパ
ロシア、中国、北朝鮮は、核による脅しで概ね共通した戦略を持つと考えられる(ロシアのプーチン大統領=2月27日)  (C)EPA=時事
ウクライナ危機でプーチン大統領がとった核恫喝は、「核武装した現状変更国」が状況を意図的にエスカレートさせることで相手に妥協を強いる「エスカレーション抑止(escalate to de-escalate)」戦略だと理解できる。これに緊張緩和を最優先する一見“常識的”な回避志向で臨むことは、我々が望む方法とタイミングで危機を収束させるための主導権を手放すことになりかねない。 (この記事の後編『非核三原則の見直しと「核共有」は、東アジアの拡大抑止モデルとなりうるか』は、こちらのリンク先からお読みいただけます

   2月24日、ウラジーミル・プーチン大統領はウクライナに対する事実上の宣戦布告演説の中で、ロシアは今でも世界最大の核保有国の一つであることを強調した上で、「我が国への直接攻撃は、どんな潜在的な侵略者に対しても、壊滅と悲惨な結果をもたらすであろうことに、疑いの余地はない」と述べ、西側諸国の対応次第では核使用も辞さない構えを見せた。そして同月27日には、戦略核抑止部隊に対して特別警戒態勢をとるよう命令を下している。

   またこれに伴って、日本では、現行の核抑止政策の有効性やそのあり方をめぐる議論が活発になっている。

   以下では、ロシア・中国・北朝鮮の核戦略に見られる共通の特徴と、それに日米が効果的に対処するための拡大抑止政策のあり方について考えてみたい。

恫喝は現実の核攻撃にエスカレート

   日本では、核をめぐる議論が、軍縮努力を怠っている核保有国(P5)に対して、非核保有国が訴えかけを行うという構図で語られがちな側面がある。しかし、これは核不拡散条約(NPT)のような特殊な文脈の中で人工的につくられた対立構造であり、実際の安全保障環境を反映したものではない。

   我々が実際に直面しているのは、「核武装した現状変更国(ロシア・中国・北朝鮮)」と「ルールに基づく国際秩序の現状維持国」という対立である。今回のウクライナ危機において、プーチンがあからさまな核恫喝に乗り出してきたことは、この厳しい現実を多くの人々に直視させることとなった。

   もっとも、ここ10年ほど(特に、2014年のロシアによるクリミア侵攻以降)、米欧の戦略コミュニティでは、これらの現状変更勢力が核をちらつかせた脅しを行ないながら、米国が介入意志を固める前に既成事実化を成し遂げようとするという、概ね共通した戦略を持っていることが強く警戒されてきていた。そして、これらの国々による核恫喝に対し、米国とその同盟国が対処するための有効策を見出すことが、核戦略や抑止問題に関わる当局者や専門家にとっての最重要課題であったと言っても過言ではない。

   ロシア・中国・北朝鮮の戦略の中で、核兵器の役割は危機の段階によって変化する。

   最初に行なわれると想定されているのは、「もしA国への支援を続けるならば、B国を火の海にする」「制裁を解除しなければ、核攻撃も辞さない」といった、核使用をほのめかす言葉による脅しに加えて、模擬弾の発射を伴う核運用部隊の演習、地下核実験など、その実力を誇示するといった行動である(実際、ロシアはウクライナ侵攻の直前に、戦略核部隊の演習を行っている)。

   それでもなお現状維持勢力が抵抗を続ける場合には、エスカレーション・ラダー(梯子)を一段階高める措置として、本物の核弾頭を搭載したミサイルを無人地帯に向けて警告発射するなどして脅しの信憑性を高め、交渉においてより有利な立場をとろうとすることが考えられる。実際、北朝鮮がミサイル発射や核実験を繰り返し、米朝間の緊張が高まっていた2017年9月には、当時の李容浩(リ・ヨンホ)外相が「太平洋上での水爆実験」を行う可能性に言及している。この言動は、一般には北朝鮮が常日頃から行っている大袈裟な脅しの1パターンにすぎないと受け取られたが、筆者を含む核戦略の専門家は、北朝鮮が核ミサイルを使った大気圏内核実験を実際に行う可能性を懸念していた。

   こうした脅しによっても状況が改善されない場合には、米軍部隊やその軍事拠点などを核攻撃することで作戦を物理的に妨害し、場合によっては都市部への核攻撃を試みて抵抗の意志を挫こうとすることが想定される。

   こうした一連の行動は、状況を意図的にエスカレートさせることにより、現状維持勢力に戦場での後退を促したり、外交交渉での妥協を余儀なくさせることを狙ったもので、「エスカレーション抑止(escalate to de-escalate)」と呼ばれている。

緊張緩和最優先では止められない

   危機において、政治指導者や国民が「状況がエスカレートすることは、なんとしても避けなければならない」という心構えを持つことは、一見すると常識的に映る。しかし、ここには大きな落とし穴が潜んでいる。緊張緩和やエスカレーション回避が最優先されるべき政治目標ならば、相手の要求を受け入れればよい。しかしこれを突き詰めていくと、そもそも対立する争点を巡って相手と外交交渉をする意味がなくなってしまい、外交を下支えする軍事力も必要ないという結論に陥ってしまう。エスカレーション抑止という戦略は、まさにこうした心理を逆手にとったものなのである。

   危機において重要なのは、エスカレーション管理の主導権を相手に奪われないようにしながら、我々が望む方法とタイミングで、相手を危機や紛争激化の一途を辿る高速道路からその出口へ導いていくこと(off-ramp)であり、何がなんでも緊張を緩和すればよいというわけではない。そして現状変更勢力のエスカレーション抑止戦略を打ち消していくには、現状維持勢力もエスカレーションを辞さない覚悟を持つとともに、危機を主体的に管理するための様々な対抗手段を用意する必要がある。

   この点において、ジョー・バイデン米大統領の言動にはいささか腑に落ちないことがある。ロシアが侵略を開始する以前から、バイデン大統領はメディア・インタビューや記者会見において、ウクライナに米軍を派遣しないことを再三明言している。その理由に挙げているのが、(1)ウクライナはNATO(北大西洋条約機構)加盟国ではなく、防衛義務を負っていない、(2)ロシア軍と米軍が戦うことになれば、世界大戦になる(核エスカレーションのリスクがある)というものだった。

   バイデン大統領の本心がこのどちらにあるのかによって、米国の抑止戦略が世界にもたらす影響は大きく変わってくる。米軍を派遣しない理由として、(1)に重点が置かれているのだとすれば、バイデン大統領の判断は、防衛義務があるか否かという、国益に即したある種のドライな割り切りだと考えることができる。また、自国の安全に不安を抱える国々は、今後米国やNATOとの関係をより公式化したいという思いを強めるだろう。

   しかし、バイデン大統領の本心が(2)にあるのだとすれば、それは頑ななエスカレーション回避志向の現れにすぎない。ロシアの現状変更行動を実力で阻止しようとするならば、防衛対象がウクライナであれ、(NATO加盟国の)バルト諸国やポーランドであれ、そこに核エスカレーションのリスクが生じるという点では同じである。また、台湾を防衛する場合であっても、中国との間に核エスカレーションのリスクは生じうる。

「クロスドメイン・エスカレーション」というリスク

   なお、米国はロシアの核エスカレーションに対抗する手段を持っていないわけでない。冒頭で述べた通り、2014年のクリミア侵攻以降、米欧の戦略コミュニティは、核武装した現状変更国に対抗するための戦略とその手段について熟慮を重ねてきた。その結果、米トランプ政権のNPR(核態勢見直し)において導入されたのが、搭載した低出力SLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)である。低出力SLBMは、ロシアが低出力核によってバルト諸国やポーランドに対して恫喝を行った場合においても、確実に防空網を突破して即時反撃することを可能にし、その脅しの信憑性を打ち消すことを目的として導入されたものだからである。

   しかし、支持基盤に進歩派を抱えるバイデン政権は、各省庁に軍縮コミュニティからの人材を多く登用しており、策定中の新たなNPRの中でも、安全保障政策における核兵器の役割低減を進めるとし、その具体策の一つとして、既に実戦配備されている低出力SLBMを撤去することなどを検討していた。

   そもそもバイデン政権は、「統合的抑止」というキャッチフレーズの下、外交・安全保障政策における軍事力の役割を相対化している。それゆえ、ロシアに対する抑止手段としても、ロシア軍の動向に関する情報の積極的開示や経済制裁といった、非軍事的手段を優先的に用いている。

   これもエスカレーション回避志向の一例と言えるが、非軍事的手段であれば、軍事的エスカレーションを避けられるとは限らない。

   エスカレーション・リスクの大きさは、相手を締め上げるために用いたのが軍事的手段か非軍事的手段かというよりも、それによって相手がどれだけ深刻な結果を被ったかによって決まる。つまり、エスカレーション・リスクが低いということは、相手を締め上げる効果が弱いということであり、逆に相手を締め上げる効果が高いということは、エスカレーション・リスクも高いということを意味する。

   歴史を振り返れば、1941年に行われた対日石油全面禁輸措置は、日本を真珠湾攻撃に向かわせる一つの大きな要因となった。今回のウクライナ危機においても、プーチンが戦略核抑止部隊に特別警戒態勢への移行を命じたのは、主要国がロシアを国際的な資金決済網(SWIFT)から排除することに合意した直後であった。このように、ある行動が相手にとって深刻な結果をもたらすのであれば、その手段がどのようなものであっても、領域を跨いだ「クロスドメイン・エスカレーション」のリスクは常に存在する。米・NATOがウクライナへの直接的な軍事介入を控えていたとしても、経済制裁によってロシア経済が深刻な打撃を受け、プーチンの権力基盤が危うくなったり、ウクライナ軍に対する軍事物資や情報面での支援によってロシア軍がより劣勢に立たされるようなことがあれば、プーチンは支援の拠点・経由地となっているポーランドへ戦線を拡大させたり、核攻撃をほのめかすことによって、国際社会から支援や制裁の停止といった譲歩を引き出そうとする可能性は十分考えられるだろう1

   つまり、国際社会が核武装した現状変更国を本気で抑止しようとする場合には、いずれにせよ、究極的には核エスカレーションのリスクに備えなければならないのである。

 

【註】

1ここでベラルーシが2月27日に実施した憲法改正に関する国民投票において、同国を非核地帯とする条文が削除されたこと(=同国への核配備が可能になったこと)は、米露間の核エスカレーション管理において重要な意味を持つ可能性がある。もしロシアがバルト諸国やポーランドに対して核恫喝を行う場合、従来はポーランドとリトアニアの間にある飛地のロシア領カリーニングラードから、イスカンデルSRBMなどを用いて限定的な核使用を行うことが想定されており、その報復として、米・NATOは攻撃の策源地であるカリーニングラードに対して核反撃を行うことが考えられた。しかし今後は、ロシアはベラルーシに展開した核兵器によって周囲を攻撃することが制度上可能となる。すると、米・NATOの核反撃の第一の矛先はベラルーシに向くことが想定されるため、ロシアにとしては本国やカリーニングラードが核攻撃されるのを回避しつつ、停戦のためのバッファーを設けることができると考えている可能性がある。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
村野 将 米ハドソン研究所研究員(Japan Chair Fellow)。岡崎研究所や官公庁で戦略情報分析・政策立案業務に従事したのち、2019年より現職。マクマスター元国家安全保障担当大統領補佐官らと共に、日米防衛協力に関する政策研究プロジェクトを担当。専門は、日米の安全保障政策、核・ミサイル防衛政策、抑止論など。著書に『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』(並木書房,共著, 2020年)、“Alliances, Nuclear Weapons and Escalation:Managing Deterrence in the 21st Century”(Australian National University Press, 共著、2021年)などがある。
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