
【前回まで】CIAのレビンは、在日米軍の引き揚げと中国に取り込まれてのスパイ容疑で、都倉に圧力をかけてきた。彼の要求は、米国のアセット(現地工作員)となることだった。
Episode5 四面楚歌
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事情聴取を終えると、午後11時を回っていた。夕食に誘ってくれた江島元総理には、聴取の途中でお詫びの電話を入れたが、それから6時間も経過している。
疲労困憊で、呼吸をするのすら辛かった。
だが、まだ、政務は終わらない。
これから首相官邸に向かわなければならない。公用車では、第一秘書の木戸彩也子が待っていた。
「大丈夫ですか」
「見ての通りよ。詳しい話は、明日じっくりするわ。だから、まず教えて。こんな時間に、私が官邸に呼ばれた理由は?」
「舩井防衛大臣が更迭されるそうです」
それが、私とどう繋がるんだ。
「おそらく、後任を、先生に託されるようです」
私が防衛大臣ですって!
年上の木戸は、父の代からの秘書だった。都倉が26歳で初当選して以来、ずっと側で支えてくれている。都倉にとって、秘書というより家庭教師のような存在だった。
痩身長躯で、いつでもどこでも、都倉の影を踏むように控えている。だから、誰にも相談できないような悩みも、全て木戸にだけは伝える。
以前は、よく叱られたが、33歳で政務官を務めた時から、木戸は秘書に徹した。
元々、都倉の選挙区である茨城県水戸の大物県議の娘ということもあって、地元対応や選挙対策の面でも、目配り気配りを効かせてくれる。お陰で、都倉は国会議員としての政務に専念できた。
「その人事は、間違いないの?」
「官房長官から直々に連絡がございました」
「でも、私は保守党を追放されたのよ」
「総理が除名処分を撤回されました」
「そんなウルトラCが、通るの?」
「おそらくは、総理を動かす力によって、通ったのではないでしょうか」
私がレビンの要求を呑んだ効果というわけか……。
アセットとしての都倉のミッションは、2点だった。
一つは、華との連絡を絶やさず、中日安全保障条約の交渉の可能性を仄めかし、中国の意向を探ること――だ。
そのための後方支援は、日米両政府も後押しをするとまで言った。
保守党を除名された立場で、そんなことが可能なのかと質すと、レビンは「そこは、あなたが心配しなくていい」と言った。
もう一つは、近い将来劉唯が、接触してくるだろうから、その場合は、深く親密な関係を築かなければならない――。……

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