大規模空爆は「対ヒズブッラー」転進へのターニングポイントか:ガザと逆相関で増すイスラエル「第三次レバノン侵攻」の現実性

執筆者:村上拓哉 2024年9月27日
タグ: イスラエル
エリア: 中東
イスラエルは一方的に攻勢を強めている[2024年9月26日、レバノン南部Saksakiyeh](C)EPA=時事
イスラエルがレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズブッラーへの攻勢を控えてきたのは、ガザとの「二正面作戦」を避けるためだと考えられた。だが、ガザが沈静化すればイスラエルは対ヒズブッラーに集中できる。ガザから一部戦力がイスラエル北部に振り向けられている現状は、この余裕が生まれつつあることを示すだろう。2006年の第二次レバノン侵攻程度の規模ならば、イスラエルはすぐにでも開始できる。ただし、実際に侵攻に踏み切れば、それ以上の規模となる可能性も高い。

 イスラエルによるレバノンのヒズブッラーへの攻撃が激しさを増している。9月23日、イスラエル軍はレバノン南部を中心にヒズブッラー関連施設約1300カ所への空爆を実施した。レバノン保健省の発表によると、9月24日朝の時点で少なくとも558人の死者、1835人の負傷者が出たことが確認されている。イスラエル軍は24日以降も空爆を続けており、この数日間でレバノン側に700人を超える死者が出ているが、この数字はまだ上がっていくだろう。

 イスラエル軍とヒズブッラーは、昨年10月7日にハマースがイスラエルへの奇襲攻撃を行った翌8日から交戦状態に入っている。双方は連日のように攻撃を繰り返してきたが、9月23日以前のおよそ1年間でレバノン側に出た死者数は約600人、イスラエル側は約50人と、パレスチナ側のみで4万人超の死者を出しているガザ戦線と比べると被害規模は抑えられてきた。

均衡を破った9月23日の空爆

 イスラエルとヒズブッラーは事実上の戦争状態に入ってはいたものの、両者はともに全面的な戦争に発展することは避けようとしてきた。原則として攻撃対象は国境付近の戦闘員や軍事施設を優先的な標的にしており、砲撃、空爆といった攻撃を主な手段として国境線を越えた地上戦はほとんど行われてこなかった。民間人の死者の割合を見ても、9月23日以前のレバノンでは1~2割に留まっており、死者の6~9割が民間人と推計されているガザとは状況を大きく異にする。

 9月23日の空爆は、たった1日でこの1年間のレバノン側の総死者数とほぼ同数の被害を出したことになり、慎重な計算の下で均衡を保ってきたこれまでの攻撃とは一線を画している。今回の攻撃で大きな被害が出たことは偶発的に起きた不幸な事故などではなく、意図的なものであったことは明白だ。イスラエルは9月23日にレバノンの住民に避難を呼び掛け、さらなる大規模空爆の実行を示唆している。イスラエルはガザ地区においても住民に避難警告を出した後で大規模な空爆を行ってきたが、レバノン国内の住民に避難警告を出したのは今回が初めてのことであった。

 レバノンではこの空爆に先立ち、9月17~18日にはポケベルやトランシーバー等の通信機器が爆発する事件が起き42人の死者と3000人を超える負傷者が発生、9月20日には首都ベイルートのヒズブッラー拠点が空爆され、特殊部隊ラドワーン部隊を率いるイブラーヒーム・アキール等の幹部多数を含む14人(巻き添えになった市民を含むと45人)が死亡する事態が相次いで起きている。

 ヒズブッラー側も報復としてイスラエル北部に連日攻撃を行っているが、9月19日にイスラエル兵2人をドローン・ミサイル攻撃で死亡させた以外では、イスラエル側に死者を出すような攻撃はできていない。9月24日には300発のロケットを発射したものの、1日あたり平均的な攻撃規模は数十発程度である。300発のロケット攻撃は、7月末に最高幹部のフアード・シュクル軍事顧問が暗殺された報復として8月25日に実施した320発のロケット・ドローン攻撃と同規模であり、この1カ月でヒズブッラーの攻撃が著しく激化しているとは言い難いだろう。イスラエルは空爆を予防的措置と説明しているが、実態としてはイスラエルが一方的に攻勢を強めている状況となっている。

戦争目標に追加された「北部住民の帰還」

 ヒズブッラーへの攻撃が急に強化されたのは、9月17日にイスラエルの安全保障閣議において、北部住民の安全な帰還を正式な戦争目標に据える決定が為されたことが背景にある。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
村上拓哉(むらかみたくや) 中東戦略研究所シニアフェロー。2016年桜美林大学大学院国際学研究科博士後期課程満期退学。在オマーン大使館専門調査員、中東調査会研究員、三菱商事シニアリサーチアナリストなどを経て、2022年より現職。専門は湾岸地域の安全保障・国際関係論。
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