「リベラル国際秩序の終焉」を語るカマラ・ハリスの外交ブレーン(上):軍事的覇権への諦観が生む「オープン・ワールド」構想
9月10日の米大統領選テレビ討論でやはりそうかと思わせたのは、ドナルド・トランプが2回にわたるロシア・ウクライナ戦争でのウクライナの勝利を望むかとの質問に「戦争終結こそが米国の国益だ」と繰り返したことだ。つまりトランプのアメリカはウクライナの勝利を目指さない。この姿勢は9月27日のウクライナ大統領ゼレンスキーとの会談でも変わらなかった。国際法無視のロシアを許すな、自由民主主義は権威主義に勝利する、北大西洋条約機構(NATO)の団結を守る、といった米国を貫いてきた外交原則の消滅が誰の目にも分かった。米国はここまで変わったのかと唖然とする。
しかし、これはトランプの発言だ。果たしてカマラ・ハリスはどうだろうか。演説やテレビ討論ではウクライナも中国も中東も、バイデン政権を踏襲する当たり障りのない発言しか聞こえてこない。だが、副大統領のハリスを支え、ハリス政権誕生の暁には安全保障補佐官としてホワイトハウス入りするであろう外交専門家の著述や発言からは、トランプと大きく変わらない世界観、米国観、そして非介入主義の対外政策を浮き彫りにしている。結論から言えば、党派を越えて米国は自らが危うくなければ、世界の紛争解決に取り組む意志はない、ということだ。
ハリスの外交補佐官たち
ハリス政権誕生の可能性を見据え、側近であるフィリップ・ゴードン国家安全保障問題担当副大統領補佐官とレベッカ・リスナー同副補佐官、さらにリスナーと共著があるバイデン政権の国家安全保障会議東アジア・オセアニア担当上級部長のミラ・ラップ=フーパーに注目が集まっている。ゴードンは欧州、中東の専門家で、ハリス大統領誕生となれば大統領補佐官に昇進すると目されている。イランとの核交渉やガザ戦争の停戦交渉にも携わり、クリントン-オバマ-バイデンと続く民主党政権での重要な外交政策の決定・遂行の中心にいる人物である。ゴードンには米国の中東関与の歴史を分析した『Losing the Long Game: The False Promise of Regime Change in the Middle East』(2020)という著作がある。
リスナーはオバマ政権でエネルギー副長官の特別補佐官、バイデン政権では国家安全保障会議で戦略計画担当部長代理を務め、2018年に発表された国家安全保障戦略のまとめ役となった。地域研究よりも大戦略を得意とする。ラップ=フーパーは2016年のヒラリー・クリントンの選挙運動でアジア政策の責任者を務め、バイデン政権ではインド太平洋戦略、QUAD(日米豪印)、日米韓3カ国関係などを担っている。
リスナーとラップ=フーパーは2020年に米国の長期戦略を描いた『An Open World: How America Can Win the Contest for Twenty-First Order』を著した。
オープン・ワールドとは何か
ここでは、中国とどう向き合うべきか、という課題に答えを出そうとしているリスナーとラップ=フーパーの本を取り上げたい。大前提となるのは、冷戦後の米国一極化を実現したリベラル国際秩序は終焉を迎えたとの認識だ。世界は多極化の時代に突入し、アジア地域においては中国の興隆で米国は軍事的な卓越性を失ったと断言する。
そもそもリベラルな国際秩序とは、米国の望む国内秩序を世界に押し付けようとしたものであり、無理があったとの反省である。同時にこれからの大国間の戦いは、むき出しの軍事力ではなく、経済、情報、技術、サイバーなど非軍事部門、グレーゾーンのせめぎあいが主戦場となる。こうした新たな時代においても米国の国益は、国家の「安全保障の維持と繁栄」であり、米国は軍事力における卓越性を失ってもこの基本的な国益を守ることは可能であると説く。
そのためにはどうすればよいか。リスナーらが描くのがオープン・ワールドである。
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