「リベラル国際秩序の終焉」を語るカマラ・ハリスの外交ブレーン(下):米国と同盟国を区別する“正直な”非介入主義

執筆者:杉田弘毅 2024年10月1日
エリア: 中東 北米
フィリップ・ゴードンは同盟国との協力を強調するが、「同盟国の安全」が「米国の国益」に含まれるかは曖昧だ[昨年4月、韓国・尹錫烈大統領を招いた国賓晩餐会に出席したゴードン氏(左)と妻のレイチェル氏=2023年4月26日、アメリカ・ワシントンDC](C)AFP=時事
カマラ・ハリス副大統領の国家安全保障問題担当補佐官であるフィリップ・ゴードンは、イランのモサデク政権転覆以降の米国の対外介入主義を「長い敗北」の歴史として描き出した。自由民主主義の伝播を諦め、国益のためなら独裁体制や権威主義国家との協力も辞さないゴードンらの外交方針は、ライバルであるはずの共和党トランプ陣営とも共通項を持つ。問題は、そこで提示される「国益」に「同盟国の安全」は含まれないように見えることだ。

 フィリップ・ゴードンの『Losing the Long Game』は、レベッカ・リスナーらの著書のように大戦略を描くものではない。1953年に米中央情報局(CIA)が行ったイランのモサデク政権の転覆と王政復帰以来の、中東における政権交代の悲劇的な失敗の連続を活写することで、米外交の路線転換を唱えている。モサデク政権は選挙で選ばれながら石油国有化を行ったため英米から敵視された。だが、米国の露骨な介入へのイラン人の怒りは四半世紀後のイラン革命につながり、今のイランの反米姿勢の原点である。

民主主義伝播という夢想

 イランだけではない。エジプト、イラク、リビア、シリアと、米国は軍事力や反体制勢力の支援で政権転覆を目指し、多くは実現した。ゴードンはイラク戦争を念頭に、「政権交代の困難さを過小評価し、米国への脅威を過大評価し、何の影響力もない亡命者の楽観的なシナリオを信奉してその後の混乱を想定せず、何年、何十年にわたって1兆ドルを超す経費、数千人の米兵の命を失うという負担を強いられた」と結論づけている。本のタイトル通り、米国は長い戦いで敗北し続けている。当時力説された日本とドイツの民主化の成功例には、冷戦でソ連に対抗するために米国が長期的に日独を支援し続けたからだ、と冷めた反論だ。ゴードンはオバマ政権の中東担当特別補佐官として、エジプト、シリア、リビアの政権交代を目指したことから、その分析は政権中枢しか知りえない事実を踏まえている。

 ゴードンは自らもかかわった2021年8月の米軍のアフガニスタンからの撤退を「軍事力で他国を作り変えるという米国の長年の政策にとうとう終止符を打てた」と意義付ける。また、リスナーらと同様にリベラル国際秩序の終焉も示唆し、「すべての問題に解決策があるはずだ」という政治文化、「世界の救世主」の自任こそが米国の宿痾であると判断している。米国の軍事力行使による政権交代の企ては、ロシアがウクライナ侵攻の際に「米国だって他国の政権交代のために侵攻した」と正当化する根拠になってしまったし、イラク戦争の泥沼化で中国は米国の弱さを知り見下すようになった、と言う。

この記事だけをYahoo!ニュースで読む>>
カテゴリ: 政治
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
杉田弘毅(すぎたひろき) ジャーナリスト・明治大学特任教授。1957年生まれ。一橋大学を卒業後、共同通信社でテヘラン支局長、ワシントン特派員、ワシントン支局長、論説委員長などを経て現在客員論説委員。多彩な言論活動で国際報道の質を高めたとして、2021年度日本記者クラブ賞受賞。BS朝日「日曜スクープ」アンカー兼務。安倍ジャーナリスト・フェローシップ選考委員、国際新聞編集者協会理事などを歴任。著書に『検証 非核の選択』(岩波書店)、『アメリカはなぜ変われるのか』(ちくま新書)、『入門 トランプ政権』(共同通信社)、『「ポスト・グローバル時代」の地政学』(新潮選書)、『アメリカの制裁外交』(岩波新書)『国際報道を問いなおす』(ちくま新書)など。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top