From Across the Potomac
From Across the Potomac (1)

「大きくて、美しい、ひとつの法案」の「ひとつ」が示唆するトランプの焦り

執筆者:冨田浩司 2025年6月20日
エリア: 北米
トランプ大統領に批判的な姿勢を貫くリサ・マコースキー氏(中央)など、上院共和党では下院案に強い異論を唱える議員も少なくない[記者団の取材に応じるマコースキー氏=2025年6月3日、ワシントンDCの連邦議会議事堂](C)AFP=時事
減税、移民対策、エネルギーを三本柱にする「大きくて、美しい、ひとつの法案(One Big Beautiful Bill Act)」は下院をわずか1票差で通過した。上院は7月4日までの可決を目指すが共和党内は割れている。中間選挙を意識し減税を急ぐ下院共和党指導部に対し、上院は異論の多い減税は後回しで移民・エネルギー先行を主張した。つまり、一括処理か段階的か。下院路線を支持した大統領には、成果を急ぎたい思惑も見える。

 トランプ政権も発足後6カ月目に入り、政局の焦点は主要政策を盛り込んだ大型法案の成否に移りつつある。

 ドナルド・トランプ大統領がこの法案を「大きくて、美しい、ひとつの法案(One Big Beautiful Bill Act)」と呼んでいることは周知のとおりであるが、ネーミングのポイントが「ひとつの」という点にあることはあまり知られていない。

 昨年の大統領選挙で共和党は、ホワイトハウスに加え、連邦議会上下両院の多数を制し、いわゆる「トリプル・レッド」を達成したことは記憶に新しい。しかし、この勝利は政治を思い通りに動かすことを可能にするほど決定的なものではない。特に、上院において民主党の議事妨害(フィリバスター)を阻止するに足る議席を確保できなかったことから、重要法案の成立を確保するためには「財政調整措置(リコンシリエーション)」と呼ばれる手続に依存せざるを得ない状況にある。そのこと自体は、近年の政権では珍しいことではなく、バイデン政権でもインフレ抑制法などの看板法案はすべてこの手続きを経て達成している。とはいえ、過半数での採決が可能となる「財政調整措置」の手続きを使うことが許されるのは、一会計年度で数回に限られており、トランプ政権にとってもこの手続きをどのようなタイミングで、いかなる内容の法案について用いるかは、政権運営上の重要課題だ。

 このため昨年の選挙後、共和党の議会指導部の間で財政調整措置の活用方針について議論が進められてきたが、この過程で下院と上院の間で思惑の違いが顕在化する。下院側においては、トランプ政権の主要公約である減税、移民対策、エネルギーの三本柱をひとつの大型法案に盛り込み、一括処理することを志向したのに対し、上院側は移民とエネルギーに関する法案を先行処理して、減税については後回しにすることを主張したからだ。

 なぜこうした立場の違いが生まれたのか?

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
冨田浩司(とみたこうじ) 元駐米大使 1957年、兵庫県生まれ。東京大学法学部卒。1981年に外務省に入省し、北米局長、在イスラエル日本大使、在韓国日本大使、在米国日本大使などを歴任。2023年12月、外務省を退官。著書に『危機の指導者 チャーチル』『マーガレット・サッチャー 政治を変えた「鉄の女」』(ともに新潮選書)がある。
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