米中AI競争の勝者が決まる「二つのシナリオ」

執筆者:高口康太 2025年7月15日
タグ: 中国 AI アメリカ
エリア: アジア
身体を持つ=エンボディドのAIは、新たなデータを自ら物理世界から収集して進化できる[キックボクシングができる宇樹科技の人型ロボット=2025年6月25日、中国・浙江省杭州市](C)時事
最先端のアルゴリズムと莫大な計算資源を使ってLLMを開発し、機能をクラウド経由で提供する――米国が他を圧倒してきたこのビジネスモデルは、今後も勝者の条件なのか。ディープシーク・ショックでは低コスト性に多くの注目が集まったが、中国のAI戦略が示した競争軸はコスト以外にもいくつかある。オンプレミスで実現されるカスタマイズしやすさとセキュリティ、エンボディドAIによるデータの枯渇解消など、中国は米国の「より高性能なAI」追求とは違う競争を進めている。

 米中AI(人工知能)競争は2025年に入って、その様相を大きく変えつつある。今年1月に登場した中国発の高性能AI「DeepSeek(ディープシーク)-R1」が転機となった。中国が米国を追い抜いたというわけではない。むしろ競争の構図が変わったとみるのが正しいだろう。

 すなわち、より高性能なAIという同じゴールを目指した競争で、先行する米国がリードを保てるのかというのがこれまでの競争だったが、今後は異なるルートを走る競争になるだろう。変化する米中AI競争の現在地と今後の構図を本稿で整理したい。

なぜ米国は中国AIを規制するのか

 まず、そもそも論として、なぜ米国政府が中国AIを規制しようとしているのだろうか。その理由は「軍事的優位の維持」とされている。

 AIは戦争を大きく変えるゲームチェンジャーだ。戦場では大量の情報を収集、分析、判断しなければならない。分析や要約はAIの得意分野だ。攻撃ターゲットの指示や兵站計画の立案などは真っ先にAIの導入が試みられる分野であろう。

 すでに米国も開発に着手しているが、中国でも開発が進んでいるようだ。中国人民解放軍の機関紙「解放軍報」では、どのようにAIを活用するべきかとの構想がたびたび掲載されている。一例を挙げると、2023年4月18日掲載の記事「生成AIはどのように未来の戦争に影響するか」では、大量の情報があふれかえる戦場では人類の感知速度と処理能力は遅すぎると指摘。コンピュータービジョンなどAIの感知能力、分析能力を駆使することが未来の作戦行動の前提になると論じている。

 また、自爆ドローンや偵察ドローンなど大量のドローンの同時活用、最前線への弾薬や食料のドローン輸送など、ロシア・ウクライナ戦争で注目を集めるドローン兵器の活用においても、AIは不可欠だ。ドローンというハードウェアの性能向上だけではなく、状況の把握から自律的な飛行までAIというソフトウェアのレベルアップも必要となる。

 人民解放軍はすでに演習での活用を始めている。2018年9月29日付の解放軍報は、民間物流企業と提携した戦場フードデリバリー演習を取りあげている。物流企業大手、SFエクスプレスのドローンは最大8キロの貨物を搭載して、15キロを飛行できる。「温かい食事1食を500グラムと計算した場合、1回で戦士16人の食事を運べる。わずか13機で歩兵連(歩兵中隊に相当)の食事が輸送可能」だという。最前線でも熱々の中華料理がデリバリーできるらしい。他にも、SNSにフェイクニュースを流す世論戦、ロボット医師による前線での治療など、解放軍報はさまざまなAIの軍事活用を取りあげている。

 このようにAIが軍事面で活用されることは間違いない事実だ。だが、AI規制は安全保障にとどまらず、経済や技術の覇権維持をも視野に入れたものだろう。国際的な貿易ルールに反することなく規制できるため安全保障が口実として使われる。中国も米国流を見習ったのか、今年4月のレアアース輸出規制では軍事用途と民間用途の双方に利用されるデュアルユース品の輸出規制という建前を持ち出してきた。安全保障を口実とすれば、自由気ままに経済規制が行えるという現状は憂慮すべき事態である。

ディープシークが変えた「ゲームのルール」

 この方針に従って、米国は中国に対する半導体規制、AI規制を強化してきた。その内容は多岐にわたる。中国が先端半導体を国内製造できないよう、製造装置の輸出規制をかけたことから始まり、AI開発に不可欠なエヌビディア(NVIDIA)製の高性能半導体(GPU)の対中輸出を厳しく制限するようになった。さらに、米国のベンチャーキャピタルによる中国AI企業への投資を事実上停止させ、中国人研究者や留学生の米国での活動を制限することで、資金と人材の流れも断ち切ろうとしている。

 この規制が実効的なものであったかについては議論が分かれる。

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執筆者プロフィール
高口康太(たかぐちこうた) 1976年、千葉県生まれ。ジャーナリスト、千葉大学客員教授。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国・天津の南開大学に中国国費留学生として留学中から中国関連ニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。中国経済と企業、在日中国人経済を専門に取材、執筆活動を続けている。 著書に『ピークアウトする中国 「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界 』(文春新書、共著)、『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、共著)、『中国S級B級論』(さくら舎、共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、共編、大平正芳記念賞特別賞受賞)、『中国「コロナ封じ」の虚実 デジタル監視は14億人を統制できるか』(中公新書ラクレ)、『習近平の中国』(東京大学出版会、共著)など。
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