本稿は、米国国防大学(National Defense University)が発行する論文誌Joint Force Quarterlyの第116号(2025年1月)に掲載された論稿「Is the PLA Overestimating the Potential of Artificial Intelligence?」を加筆修正したものである。
1.はじめに
中国は、人工知能(AI)を利用して世界一流の軍隊を建設すると表明している。彼らは、AIに基づく兵器システムを利用する概念を「智能化」と表現しており、それは近年の中国の軍事改革の焦点となっている。習近平は、2022年10月16日の中国共産党第20回全国代表大会において、「智能化」という語に3回言及するとともに、「人民解放軍をより迅速に世界一流の軍隊に高める」と表明した1。智能化は2017年の第19回党大会にはなかった概念であり、その後2019年の国防白書において初めて登場した。中国の研究者たちは、AIを活用した人民解放軍の智能化により、「米軍を追い越すことができる」と主張している。
AIの可能性の高さを主張するのは、必ずしも人民解放軍に特有のものではない。2017年5月、米国防総省副長官ロバート・ワークは、AIが戦争の性質を変えるかも知れないと述べた2。人民解放軍は、ワークの発言のように、AIが戦争の性質さえも根本的に変えてしまうと考えているのだろうか。それとも、人民解放軍はAIの可能性を過大評価しているのだろうか。実際、米国の専門家の中には、中国の理論家はAIと自律システムの固有の脆弱性を見落とし、その能力を過大評価しているという指摘もある3。
本稿は、人民解放軍がその能力を強化するため、AIをどのように利用しようとしているか、そしてその軍事改革の実現可能性について探求する。そのため本稿は、AIの軍事利用に関する『解放軍報』の論稿をレビューし、彼らがAIをどのように利用しているのかを確認する。そして、人民解放軍が考えるAIの軍事利用の可能性と限界について整理する。そうした議論の幅と深さを見ることで、AIを焦点とした軍事改革の実現可能性を検証する。
本稿の主要な調査対象は、『解放軍報』に掲載された軍事理論に関する論稿である。『解放軍報』は、1956年に創刊された中国共産党中央軍事委員会の機関紙である。中国共産党の機関紙『人民日報』とともに、長い歴史を持ち、最も権威のある機関紙のひとつである。『解放軍報』は日刊紙であり、毎週火曜日と木曜日に軍事理論に関する論文を4本掲載している。本研究では、2022年10月の共産党大会において習近平が智能化について言及した後、2023年1月から2024年6月までの1年半の間に掲載された軍事理論に関する全論文、合計約561本を調査した。
2.人民解放軍はAIをどのように利用するのか
『解放軍報』に2023年1月から2024年6月までに掲載された561本の論文のうち、337本が智能化、すなわちAIの軍事利用に言及していた。これは、人民解放軍における議論の多くがAIに集中していたことを示している。
多くの論稿が、AIを効果的に適用し得る4つの分野、すなわち状況認識、軍事意思決定、無人兵器、認知領域作戦を指摘している4。実際、AIを活用した状況認識についての論文は28本、軍事意思決定は85本、無人兵器は58本、認知領域作戦は15本であった。さらに、AIを使った軍事訓練、兵站業務、兵器開発について論じた論文もあった。
各分野の議論の概要は以下の通りである。
「フォーサイト」は、月額800円のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。