中国の習近平国家主席、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領、北朝鮮の金正恩総書記という、アメリカ主導の現行国際秩序を変えようと企てる独裁指導者が北京の天安門楼上で、中国軍の大規模軍事パレードを観閲するという異様な歴史的瞬間だった。しかし中露朝の最高首脳が並び立つのは初めてではなく、旧ソ連時代の1959年10月1日以来である。
1959年以降の歴史において、中国の政治経済は大混乱に見舞われ、中ソ対立は深刻化し、社会主義陣営の団結は大きく揺らいだ。1959年の軍事パレードは国際政治の大きな転換点だったのである。
それから66年。アメリカのドナルド・トランプ大統領との交渉をにらみ結束を演出した中露朝の陣営は、66年前と同様に瓦解するのか、それとも世界秩序の中軸に取って代わるのか。
「対米打算」でつながっただけ
習近平にとって「抗日戦争勝利記念80周年」を利用した今回の演出には、次の2つの狙いがあった。
⑴ 日本軍国主義に侵略された「屈辱の歴史」から、今や「強国」に成り上がった現実を国民に誇示し、習近平統治の正統性と求心力を高める国内的狙い。
⑵ トランプ大統領が、直接の交渉相手として関心を高めるロシアと北朝鮮との連帯を強め、対米対抗軸を強化するとともに、対米交渉において自らの存在価値を高める対米戦略。
「国内向け7、対米3」といったところだろうか。
経済が冷え込み、大衆の不満が鬱積するなか、日本軍国主義に勝利した正義の歴史の記憶を呼び起こし、ナショナリズムを高揚させ、「強国」に酔わせる「麻薬」のような効果を狙った。
しかし言うまでもなく、中国外交にとって唯一と言ってよいほどの基軸がアメリカである。イデオロギー、関税・貿易、半導体・ハイテクなどアメリカとの「闘争」の真っ最中にあるなか、中露朝陣営の強化は、対米交渉において大きなカードになる。
一方、トランプが直接交渉相手とするプーチンや金正恩にしても、習近平の中国を「後ろ盾」に持つことは、対米交渉の中で有利になると考えている。いわば中露朝首脳の利益は一致し、「対米打算」でつながっただけとも言える。
北朝鮮厚遇の演出
1949年10月1日、毛沢東が中華人民共和国の成立を宣言した天安門で、朱徳総司令による閲兵と軍事パレードが実施され、それ以降、10月1日の国慶節(建国記念日)には大規模な軍事パレードが行われた。建国5周年の1954年と10周年の1959年に、ソ連共産党のニキータ・フルシチョフ第一書記と北朝鮮の金日成首相が出席した。
当時の社会主義陣営では、中国共産党にとって「兄貴分」のソ連が圧倒的な存在であり、1959年10月2日付の共産党機関紙『人民日報』を見ると、一面には毛沢東と並ぶフルシチョフの大きな写真が掲載されている。天安門楼上で毛沢東の横にはフルシチョフとベトナム労働党のホー・チ・ミン主席が立った。しかし抗日戦勝80周年軍事パレードを伝える『人民日報』一面は習近平の写真のみで、プーチンの姿はない。
北朝鮮はどうか。中国にとって66年前、朝鮮戦争を共に戦った「血の友誼」で結ばれた関係とはいえ、友好国の一つという位置づけだった。『人民日報』が伝えた序列では、毛沢東、劉少奇国家主席と同列でフルシチョフを扱い、続いて周恩来総理、朱徳、宋慶齢・董必武両国家副主席、林彪国防部長、鄧小平総書記、さらにソ連共産党のミハイル・スースロフ(イデオロギー担当書記)、ホー・チ・ミン、チェコスロバキア共産党のアントニーン・ノヴォトニー第一書記(大統領)、金日成……の順である。日本共産党の野坂参三議長はさらに下の扱いである。
今回、中国側は国営中央テレビを通じ、習近平を真ん中にプーチンと金正恩が並んで歩く様子をライブ中継し、北朝鮮厚遇を演出した。習近平はプーチンと昼食を共にしたが、金正恩とは外国賓客では唯一、夕食会を開いてもてなした。「核」を事実上保有する北朝鮮の存在感は高まったと言え、「後継」と目される娘のジュエを同行した金正恩が終始、上機嫌だったのもうなずける。
一方、北朝鮮と同列に近い扱いにされたプーチンは内心では不満だったのではないか。
「強国」は共産党統治の正統性を示す新たな柱
ここで忘れてはいけないのは、中華人民共和国の軍事パレードは国家成立の1949年以来、国慶節に実施されてきたが、習近平はその「ルール」を破ったということである。
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