From Across the Potomac
From Across the Potomac (5)

ロバーツ連邦最高裁長官の苦悩:「司法の危機」新年度の留意点

執筆者:冨田浩司 2025年10月10日
エリア: 北米
トランプ政権が“憲法制度の擁護者”連邦最高裁に意図的に挑戦する可能性も[施政方針演説のため連邦議会に到着したトランプ大統領(左)と、挨拶を交わすロバーツ長官(右)=2025年3月4日、アメリカ・ワシントンDC](C)EPA=時事
米連邦最高裁が新年度を迎える中、トランプ政権の政策をめぐる司法闘争は佳境を迎える。不法移民の強制退去や関税賦課、州政府への補助金打ち切りなど、論争的テーマへの判断は三権分立の形骸化と重ねて語られるに違いない。だが、それを「保守派多数の最高裁が政権の意を迎える」と単純化するのは禁物だ。自身も保守派に位置づけられるロバーツ長官が、法の支配の危機に警告を発する理由は何だろうか。

 トランプ旋風が猛威を振るう中、政権の行き過ぎを抑制する手立てとして挙げられるのが、「マーケット(markets)」と「コート(courts)」だ。「マーケット」とは、株式市場、資本市場など、金融市場のことで、確かに政権が「解放の日」と称する今年4月2日に発表した「相互関税」を一旦停止したのは、金融市場の動揺を鎮めるためだった。

 一方、「コート」は法廷をさし、三権分立の仕組みの中で司法がチェック機能を行使することが期待されているわけだ。実際、不法移民の強制退去から関税の賦課まで、政権による攻撃的な政策の展開に対して多くの訴訟が提起されている。こうした案件の多くは今のところ下級審のレベルに留まっているが、今後連邦最高裁判所(SCOTUS)が実質的判断を下す段階に入ることが想定される。

 連邦最高裁は、20年間にわたるジョン・ロバーツ長官のリーダーシップの下、司法抑制の姿勢を強化してきたが、既存体制の打破を目指すポピュリスト政権とどう向き合うか、困難な課題に直面している。本稿では、連保最高裁を取り巻く政治状況を分析するともに、今後の展望について考察してみたい。

急増した「緊急時法廷」をめぐる批判

 連邦最高裁の会期は毎年10月の第一月曜日に新たになる。2024年10月開廷期は第2次トランプ政権と約9カ月間重なっている。この間、連邦最高裁が政権を当事者とする事案で実質的判断を下したのは、下級審による差し止め命令の全国的な効果が争われた事案(Trump v. Casa)のみであり、その他はいわゆる「緊急時法廷(Emergency Dockets)」に属する手続き的事案に限られる。

 こうした事案は、下級審の決定に対して暫定的な救済を求めて提起されるもので、連邦最高裁は事件の最終的な判断に立ち入ることなく、救済の是非について決定を行う。「緊急時法廷」はもともと死刑の執行停止など、例外的な状況において用いられる手続きであったが、第1次トランプ政権発足後大幅に増加している。第2次政権においても、不法移民の強制退去、州政府に対する補助金の一方的打ち切り、独立行政組織幹部の解任など、多様な案件が連邦最高裁の「緊急時法廷」に持ち込まれている。

 これまでの連邦最高裁の対応については、2つの角度から批判がある。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
冨田浩司(とみたこうじ) 元駐米大使 1957年、兵庫県生まれ。東京大学法学部卒。1981年に外務省に入省し、北米局長、在イスラエル日本大使、在韓国日本大使、在米国日本大使などを歴任。2023年12月、外務省を退官。著書に『危機の指導者 チャーチル』『マーガレット・サッチャー 政治を変えた「鉄の女」』(ともに新潮選書)がある。
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