From Across the Potomac
From Across the Potomac (6)

米国農村がトランプを支持する“現実的動機”

執筆者:冨田浩司 2025年11月5日
エリア: 北米
農家は「富裕層」であり、ポピュリスト的アジェンダへの理解は限られている[2025年10月10日、アメリカ・メリーランド州コルドバ近郊の大豆農場](C)AFP=時事
10月30日の米中首脳会談における合意の一環として、中国は米国産大豆の輸入再開を約束した。だが9月の米国からの輸入はゼロ、大豆農家からは政権への不満が噴出した。前回大統領選では「農業依存郡」444のうち11郡を除くすべてで勝利を収めたトランプにとって、農家はまさに死命を制する存在だ。その支持が保守性という文化的要因だけでは成り立たず、税制や規制緩和という経済的動機にも大きく依存しているところに、トランプの農業政策の難しさがある。

 米国の農家は、ドナルド・トランプ大統領の有力な支持層の一角を占め、2024年の大統領選挙における勝利にも大きく貢献した。しかしながら、第二次政権発足後、攻撃的な貿易政策のあおりを受け、最大の得意先である中国への農産品の輸出が大幅に落ち込むと同時に、不法移民の強制退去措置の推進に伴い、農業労働者の安定的な確保に不安が生じるなど、農業を取り巻く環境は複雑化している。

 とはいえ、第一次トランプ政権においても、対中貿易の停滞により多くの農家が打撃を受けたにも拘わらず、共和党に対する政治的支持には大きな影響は生じず、トランプ大統領再選を確実なものとした。本稿においては、米国農業を取り巻く状況を分析するとともに、政権に対する農家の根強い支持の背景には、どのような要因があるのか、そして、複雑化する政策環境の中でこうした支持に変化が生じる可能性はないか、考察してみた。

第二次トランプ政権下での複合的挑戦:「対中国」だけではない不確実性

 第二次トランプ政権の下で米国農業を取り巻く環境は、複合的な要因によって第一次政権当時に比べても一層複雑なものとなっている。

 貿易面では、中国との摩擦の激化によって、農産品の輸出が大きな打撃を受けていることは第一次政権と同様であるが、第二次政権が「相互関税」等の導入を通じ、より広範、かつ攻撃的な関税政策を展開していることから、カナダ、メキシコなど、その他の輸出市場との間でも不確実性が生じている。もっとも農家にとっては、関税政策を梃子とした各国との交渉を通じ、我が国を含むいくつかの国・地域との間で農業輸出強化のための「取引」が実現したことは朗報だ。しかし、こうした「取引」が現実の利益につながるまでには時間を要する。

 見逃せないのが、関税率上昇の生産コストへの影響だ。肥料など関連物資の輸入価格の値上がりに加え、鉄鋼・アルミへの関税強化に伴い農業機械・部品の値段も高騰している。近年農家はインフレや干魃の影響で生産コストの上昇に悩まされてきたが、トランプ政権の下での関税政策はこれに拍車をかけた格好だ。

 一方、移民政策については、もともと米国農業は移民労働者に大きく依存しており、このうちの3~4割が法的地位を欠く不法移民と見られている1。精肉業など、食品加工業においても数多くの不法移民が雇用されており、現政権による攻撃的な退去政策はアグリビジネス全体に少なからぬ不安をもたらしている。労働者の供給面においても、国境管理の強化によって不法移民の流入が実質的に停止し、難民の受け入れや一時保護資格(TPS)など、外国人労働者の合法的な入国についても制限的な運用が行われているため、農業労働者の需給逼迫が懸念されている。

 さらに、政権が行政組織・プログラムの大胆な見直しを進めていることの余波は、農業部門に及んでいる。例えば、米国際開発局(USAID)による食糧援助プログラムの大幅な削減は、提供作物を生産してきた農家にとって大きな打撃であり、大学・研究機関への補助金の削減は、中長期的に農業分野における技術革新の阻害要因となり得る。

カテゴリ: 経済・ビジネス 政治
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執筆者プロフィール
冨田浩司(とみたこうじ) 元駐米大使 1957年、兵庫県生まれ。東京大学法学部卒。1981年に外務省に入省し、北米局長、在イスラエル日本大使、在韓国日本大使、在米国日本大使などを歴任。2023年12月、外務省を退官。著書に『危機の指導者 チャーチル』『マーガレット・サッチャー 政治を変えた「鉄の女」』(ともに新潮選書)がある。
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