この春、筆者はシンクタンクの調査のため、23年ぶりにタジキスタンの首都ドゥシャンベを訪問した。かつては豪華な大統領宮殿を除けば村のように小さな首都だったが、いまは高層ビルが立ち並び、同じ町とは思えないほどの変貌を遂げている。市内には中国製EV(電気自動車)のタクシーがあふれる。一方で、ロシアが国外に置く最大規模の基地も依然として残り、街を歩けば(ウクライナ帰りかもしれない)ロシア兵とすれ違う。ドゥシャンベの風景は、中央アジアで進む「大国の影響の重なり」を象徴していた。
中央アジア5カ国(カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン)は、ロシアが伝統的に「影響圏」とみなしてきた旧ソ連地域である。しかし近年の中国進出を受け、中露は中央アジアにおいて競争関係にありながらも、ロシアが安全保障、中国が経済を担うという暗黙の「分業体制」を敷いてきたとも言われてきた。ところが、ロシアのウクライナ全面侵攻などを受け、このバランスに変化の兆しがみられる。制裁下のロシアを迂回し、中国から中央アジアや南コーカサスを経て欧州へと至る「中央回廊(Middle Corridor)」の貿易量は増加の一途をたどる。
本稿では、12月19~20日に東京で開催される初の「中央アジア+日本」サミットを機会として、経済と安全保障の両面から中央アジアにおける中露のプレゼンスの現状を概観し、地域統合と全方位外交を強める中央アジア諸国に対し、日本がどう向き合うべきかを考えてみたい。
経済・インフラは中国がリード
2023年5月、シルクロードの起点・西安で開催された初の中国・中央アジアサミットにおいて、習近平国家主席は「中国・中央アジア運命共同体」(中国―中亚命运共同体)の構築の重要性を強調した。
中国は静かにであるが、ロシア主導のユーラシア経済統合を形骸化させつつある。貿易高では中国はすでにロシアを追い越し、中央アジア諸国の相手国として首位に立っている(中国33%、EU=欧州連合=24%、ロシア16%)。電化製品や自動車など、中国製品は多くの分野で使われている。
交通・輸送分野では、「一帯一路」構想の下、中国はカザフスタンの首都アスタナ(かつて黒川紀章氏が基本設計を手がけた)で軽量軌道交通(LRT)の建設に着手したほか、タジキスタンのドゥシャンベ=チャナク間道路、キルギスの南北道路、トルクメニスタン-中国のガスパイプラインなど、数多くのインフラ事業を推進している。
さらに、これまでロシアが認めてこなかった中国・キルギス・ウズベキスタン鉄道(CKU)の建設が2024年末に開始された。中国の標準軌(1435mm)が、旧ソ連の広軌(1520mm)地域であるキルギスに一部延伸することになる。総じて言えば、これは帝政ロシア時代以来の南北輸送網から、中国主導の東西輸送網、特に「中央回廊」への転換を象徴する。リークされた2024年のロシア政府の内部報告では、モスクワは自らが主導するユーラシア経済統合の競合相手として、欧米諸国やトルコに加えて中国も名指ししている。
一方、エネルギー分野ではロシアの影響力は依然として強い。2024年末、ロシアが中国に中央アジアのウラン資源権益を売却したとの報道があったが、ロシア国営原子力企業ロスアトムは、ウズベキスタンやカザフスタンとの原子力発電所建設合意を発表している。カザフスタンは中国とも原発建設協議を進めるなど、バランスを取っている。また、ロシアはタジキスタンのサングトゥダ第1水力発電所の7割超を所有している。
デジタル分野では中国製機器が多い一方、Yandex(タクシー・宅配)やWildberries(オンライン小売)といったロシア発のプラットフォームが優勢という「住み分け」も見られる。例えばカザフスタンでは、Xiaomi製スマートフォンでHuaweiの5Gネットワークを利用し、Yandex Goで宅配を頼み、Yandex Mapsでナビを行い、決済は自国開発のKaspiアプリを用いるといった具合である。
文化・教育・人的交流でロシアが優位
文化や人的交流の分野では、ロシアが引き続き中央アジアに強い影響力を維持している。
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