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花の都カンヌで、最高賞パルムドールを誇らしげに受賞した姿と、"日本の文部科学相からの祝意"を "公権力とは潔く距離を保つ" と誇らしげに辞退した姿の、どのあたりに「潔さ」があるのかと、理稀(よしき)ちゃんを救出したボランティアのおじさん、尾畠春男さんが謝礼を一切断っている姿をテレビで見つつ、考えた。
縄文の土偶から発する「三つ子の魂」や、「徳やん、土性骨て、英語でどない言うねん」(略)「バッカもん。バックボーンに決まっとるやないか。(略)」のバックボーンは、いずれにありや? とも考えた。
また、金嬉老を英雄のごとく奉った、かつての文化的知識人が思い浮かんだ。
《この組織化された被害者たちの行動が放つ加害性》
最近、とみにこれが多い。倒閣運動の手段として某メディアにも使われている。
さらに拡大解釈すれば、100年以上被害者であった恨みを晴らす時が来たと、中華帝国は領土・領海・領空の拡大を実行している。
>問題は、このような米欧同盟の危機は、あくまでも「無知な」トランプ大統領個人によって引き起こされた一過性のものなのか、トランプ大統領を支持する米国人の意思が反映した構造的な「国家意思」なのかという点だ。

将に、これが最大の関心事だと思います。任期が来て(あるいはそれを待たずして)、米国の大統領が交代すれれば、同盟関係は復元するのだろうか? 

もう一つの関心事は、仮に一過性のトランプ大統領の行動であっても、それが世界に与える影響がハリケーン並に大きいのは、米国というパワーを背景にしているからでしょう。その米国のパワーは永続するのか、それとも興隆を目論む中華帝国、および同盟国との摩擦で徐々に消耗し、「熱帯低気圧」並に衰退の道を辿るのか、その行く末が気になる時期に差し掛かっているように思います。

いずれにしろ、わが日本の立地を周囲の地形に照らし、自然の猛威に備えるべき時期なのでしょう。
“コンクリートから人へ”とか“埋蔵金経済”などで夢見ている時代ではなく、まして「現憲法9条さえあれば万事平和」、などあり得ない。

「自助」「共助」「公助」と言われる。「公助」は国連のはずが、あまり役立たない。
「共助」は同盟関係でしょう。中華帝国に対抗する上で同盟関係が重要。しかし、何と言っても基本は「自助」である。則ち防衛力。
「自助」を否定し「共助」を否定しているのは誰か?
本記事で挙げられた実名のほとんどが鮮明な記憶として、事件の一場面と共に浮かび上がってきます。

「北朝鮮」が絡んだ問題は全貌が解き明かされることなく、うやむやの内に忘れ去られることが多いようです。例えば「朝鮮総連ビル詐欺事件」などもその一つでしょう。

また、北朝鮮が絡むと、何故か所与の条件として北朝鮮を「善」と決め、日本人を「悪」と見なす習性が一部ジャーナリズムに見受けられます。例えば、北朝鮮により日本人が拉致されたとき、朝日新聞は記事でこう書きました。曰く、《(久米裕さんが)能登半島から密出国した》*1。これは日本人が北朝鮮の工作員により拉致されたときのことですが、“密出国”した悪い日本人がいる、と言わんばかりの記事で、北朝鮮は“密出国”を助けただけと読める記事に仕上げました(いわゆる角度を付けた記事)。

本記事の表題に、《闇に葬られた》とありますが、もし、「死刑にしなかったら闇に葬られずに済んだのになぁ」という一種の「死刑廃止論」なのかと言えば、そうではないだろうと思う。死刑にしなかったとしても、自発的に闇に明かりを灯すように真実を語ったかと言えば、そんなことは無かっただろうと思う。

>捜査機関でできなかったのであれば、インテリジェンス機関が歴史的責任を果たす役割は大きかったのではないか。

その通りだと思います。故に、死刑になったことを以て「闇に葬られた」、と過去形にして白旗を揚げるのではなく、インテリジェンスのプロは本領を発揮し、闇にスポットライトを当て、真実を浮かび上がらせていただきたいものです。
表面上に表れる政治的・文化的・社会的事象が単純に国内問題に見えても、その背後に外国の勢力が密かに関与していたとしても不思議でない時代に生きている。

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*1:阿部雅美著『メディアは死んでいた』より一部意訳引用した。
日頃の論考が、深い底に根を張っての発言でることを垣間見ることのできた追悼文でした。
タイトルに《最後の「新儒家」》とありますが、これが“最後”なのかと考えるに、中国の悠久の歴史に於いて、姿を変え、繰り返し表出する抵抗パターンの一種かも知れず、故に“変節”と表裏を為す側面も併存しつつ、延命するようにも思います。

トランプと言うキャラクターは、如何なる相手と渡り合っているのか。中国とは何か。アメリカとは何か。
日本の進路や如何に。
この場面でnakaさんが、《参りました。》と発言するのは、篠田英朗著『ほんとうの憲法』を否定することにつながり、且つ、日本の自衛隊を違憲状態にしておく、又は廃止する。と言う、いわゆる“ガラパゴス”の主張に屈したということになります。

たとえば、北朝鮮が「拉致問題は無い」と“頑固”に主張し、“負けじ魂を発揮”すれば、日本の首相は北朝鮮の主張に“脱帽”すべきですか?

この場で議論していることは、単なる「一個人の問題」ではなく、日本国民全体に関わることであり、それも今現在の日本人だけでなく、未来の日本人全てに関わることです。

日本の首相が、「法」ではなく“頑固(*1)”に「脱帽」する人であることを望みますか?
「ガラパゴスと闘う」政治家は、その政治家だけで為し得ることではなく、多くの国民の支持によってしか実現できないことです。その国民が、ガラパゴスの“頑固”に易々と屈し、いとも簡単に宗旨替えするようでは、ガラパゴスは永遠のガラパゴスになります。

軽々に《参りました》と脱帽する人による評価を、 「マンネルヘイム」は歓迎すると思いますか。

このような場での発言は:
己個人のために発言しているのか、それとも、他者を思いつつ発言しているのか。
いかなる内部規範を有しているのか。が見えてくる。

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*1:この場合、「頑固」という語より「頑迷」の方がふさわしいと思うが。
どちらが「情緒的」か?

・憲法9条があるから、日本の平和は守れる。
・自衛隊は違憲だ。廃止しろ。
・集団的自衛権は認めるな。
・徴兵制など、如何なる場合も認めない。
・外敵が攻めてきて国民が殺されようと、武力は使うな。自衛隊反対!徴兵制反対!

米国だけでなく、イギリス、フランス、オーストラリア、インドと言った国々と協力しなければならないほど、凶暴化した中華帝国という現実がある。
その現実を目の前にして、錦の御旗のように、上記主張を掲げ説教を垂れる一部勢力が存在する。

自衛隊を「違憲状態から正規の状態」にしようとする政治的選択を妨害し、「違憲状態のまま」にして置いた方が好都合と目論む一部勢力が、無節操なアベ叩きに狂奔している。

どちらが「情緒的」か? 
(この場合の「情緒的」はガラパゴスと同じ。こんなところで「情緒」という言葉を使いたくないが、相手が「情緒」という語を蔑む意味で攻撃材料に使ってきたので、やむを得ず使った。情緒さんゴメンなさい)

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「情緒」や「忖度」・「惻隠」といった言葉は、本来、日本という国にふさわしく、ゆかしさに根ざした感情を含んでいると思う。最近は泥まみれにされているようだ。
しかし、本来の姿は、市井の片隅に脈々と生きている(と思う)。《学問的に耐えうる》などと、市井の庶民を見下す“白亜の殿堂もどき”に住み着く語ではない。
《徴兵制度は現状では必要ないと述べた. (略)しかし、それは未来永劫必要ないものでは無いとも述べた. (略) 》

とする主張に対し、

《問題は、あくまでも自国の事情に合うかどうかです。他国の徴兵制が、その国の事情には適しているならば、日本もその国も正しいということです。》

と主張する人が、あたかも反論したかのように見えるのは何故か?
両者とも“その国の事情”を判定のパラメーターとして組み込んでいるではないか。

にもかかわらず、なぜ条件反射的に“反論”するのか。
陣営[A]と陣営[B]があって、陣営[A]が「局地戦」という些事に持ち込んで、真の意図[C]をカモフラージュしようとしている所に問題がある。
例えば、フォーサイト誌に働きかけて一般参加者による自由な討論を封殺しようとする画策がある。この場合の真の意図[C]は、共産党一党独裁政権による統治と同質であり、言論に於ける適否の決定権を独占しようとするものである。

己の発言は絶対正義と決め、「学問が無い」者は黙れ、とする主張が、《学問的に耐えうる》のは、「ルイセンコ学説」が罷り通る社会に於いてでしょう。

朝日新聞は、自社の論調に従わない者は怪しからんと立腹し、5千万円を強請にかかった。それと同じ。

この両者(陣営[A]と朝日)に共通しているのは、中国や北朝鮮と同じで、「正しい論調は支配者が決める」というスタンスです。その論調に合わないものは《学問的に耐えない》と決めつける権利がある。と思っている。

表面上の局地戦に目を奪われることなく、「自由と民主主義で法の支配」を尊重する陣営と、独裁制を目論む陣営の闘いであることを見失わないように。意識的にせよ無意識にせよ、中国や北朝鮮を賛美し、その対極である安倍政権(=日本国民が付託した政権)を倒そうとする勢力が蠢動していることを忘れてはならない。
>まあ、議論を行う能力や意思が乏しいのであれば、無理に引き止めはしません。

ついに正体(地)が出ましたな。
せっかく、「憲法9条による世界平和」を語るチャンスを与えてもらいながら、満座の観衆を前に、大舞台からトンズラしてしまった。現行の「憲法9条」で国民の生命・財産を守ることは出来ないと、認めたようなもの。

歴史的事実として、「全面講和でソ連・中国の陣営に入れてもらい、日米安保を破棄し、集団的自衛権を否定し、自衛隊を廃止する」と主張してきた陣営の主張通りにしたら、どんな素晴らしい日本になっていたかを滔々と語るチャンスを与えられたのに。
やっぱり、空理・空論で、中身はカラッポだった。と見なされます。

>読む人が読めば、どちらが学問的に耐えうる論を展開しているのかはわかりますので、余り詰めない方がいいかもしれません。

「シールズ」を賛美し、シールズの肩を持たない人間を指して“無教養な人間が増えた”と嘆いていたが、《どちらが学問的に耐えうる論を展開しているのか》。

《酒を飲んで仲良くする》というシールズ流「国家安全保障」は、現行の「憲法9条」と親和性があるのは分かるが、それが現実の世界で通用するのか。日本国民の生命と財産を守ったことになるのか。
中国が南シナで何をしているのか、尖閣諸島で何をしているのか、沖縄をどうしようとしているのか、北朝鮮は何をしてきたのか、何をしようとしているのか。

・・・この二人に共通しているのは、己を高みに置いて、庶民を見下しているところである。書くものに臭気がただよっている。
一般庶民が日常感じでいる世界情勢から判断する政治的選択と、これら、井伏鱒二の『山椒魚』のように狭い穴蔵の中で、頭でっかちに育った“学問”だけで膨らんだ者の政治的主張の、どちらに価値があるか。
《余り詰めない方がいいかもしれません》→逃げましょう。か

「標準理論[A]」があって、その理論[A]が世界を席巻しようとしているとき、その理論[A]に疑念を抱いた者が現れたとする。その者は[A]の論理体系を逐一検証するなかで、[A]に対抗する[B]という体系に思い至ったとする。[B]は[A]に、同じ土俵で対抗しているのではなく、異なる価値体系を毅然として持っているとき、個々の対抗要素を論じるよりも、両者の価値体系の意義を比較した方が良いと思う。

アメリカの「インディアン」と言われる先住民にも、固有の価値体系があった。勇敢に戦ったが敗れた。

幸いわが国は外敵による価値体系の完全な破壊は免れた。先人の知恵と力の賜である。
しかるに近年は、内側から蝕む挙動が散発している。
本シリーズの「99回」でとり挙げたことも、その一端でしょう。

長大な古代史という時間から見れば、目の前で繰り広げられている政治は「瞬間」に等しいのでしょうが、その根底に悠久の価値体系が不動のものとして存在しているのか、それとも、その価値体系が生命力を失いつつあるか。

>多神教的信仰をかたくなに守りつづけてきた日本人の本当の出番が、これからやってくるかもしれない。「人間の編み出した正義(独善)の限界に、早く気付け」と、神(大自然)が、訴えているように思えてならないのだ。

他に向かって声高に誇る必要はないが、存在することに意義のある民族でありたい。
次の「200回」を期待します。
《元大統領は、「私は政治家ではない。パブリック・サーバントである。政治家に何をなすべきかを指し示すのが私の仕事だ」と言っていた。あるべき方向に政治家と国民をリードするのだという気概にあふれた言葉である。》

大統領制でない日本に於いて、上記の役割を果たすのは誰だろうと考えるに、本来なら「新聞」などのマスコミがその一翼を担う“はず”であり、柔順な読者は、そう信じてきたが、現実はどうだったか?

朝日新聞の論説委員、高橋純子氏は「デベソ」を持ち出して麻生副総理を「無知であることは罪でないが」と“擁護”しつつ、罵倒した(*1)。
また、リベラルの旗手を自任する出版社は、その辞書に《台湾は中国の領土》と書いて、偉業を誇っている。

デベソの人に向かってデベソと言えば、“人権侵害”になるから、麻生太郎がデベソでないことを見届けておいてデベソと言えば、真実でないから人権侵害には当たらない、とでも思っているのだろうか。

「無知にして無恥」なのは、どっちだろう?
このようなリベラル的《あるべき方向》を示す言論は、フィンランドにもあるのだろうか?
進歩的文化人の辞書に「パブリック・サーバント」と言う語彙はあるのだろうか。「アジテーター」がお似合いのように見えるが。

---
*1:2018.5.13の朝日新聞「政治断簡」
「桑原武夫」と言われれば、アァいたいたと即座に思い出す世代です。燦然と輝いていた雲上人のような存在ではあったが、その輝きのメッキも剥がれつつあるようです。

《中国には泥棒はいない》とのご高説であるが、中国の泥棒をよく知っている生き証人からすれば、あまりに稚拙な“ご高説”と言わざるを得ない。

中国に於いて、泥棒に入られたときの心得はただ一つ。警察に届けようなどと浅はかなことを考えるひまがあったら、真っ先に「泥棒市場(ショートル市場と言った)」に駆けつけ、他人に買われる前に、自分のものを自分のお金を出して自分のために買い取る。これが唯一無二の早期解決法である。「これはオレの物だ」などと言い張ると、とんだ目に遭うのが落ち。

「盗む」ということに対する感覚が、日本人とはまったく異なる。と思っていた方がいい。上記は昔の経験談であるが、現代は違う、などと思わない方がいい。
田中直毅さんの『中国「監視社会」強化に米国が築く「分断線」』でも触れていたように、現代の盗人はハイテクであり、《サイバー空間での中国人民解放軍による窃盗行為》は、昼休みは休むものの“勤務時間中”は、まじめに泥棒に励んでいます。
泥棒することを後ろめたいとは全然思わないのです。

それどころか、「中国は長い間虐げられてきた。奪われたものを奪い返す時が来たのだ。」と、“理論武装”したつもりになっているのでしょう。

「中国見そこないシリーズ」は、過去の実例にスポットを当てていますが、絶滅した過去の昔話ではなく、今も同じ尻尾がぶらさがっていやぁしないか、自らの尻を眺めてみるための警句なのでしょう。

「法による支配」を掲げ、世界の国々と連携して、「法を都合良く曲げる」勢力に対抗する政治家が現れたとき、その政治家に与するのか、それとも、引き摺り下ろそうとするかで、どちらの陣営に属するかが分かる。
《「マスゴミ」や「ホルホル」といった侮蔑的な表現はお勧めしません。》

特徴がよく表れている。
つまり、何故「マスゴミ」と呼ばれるのか自問して、我が過去の行いを反省し、悔い改めるという意識は皆無で、「法の支配より、●●新聞の支配」をモットーに尊大に構え、日本列島を睥睨している。
過去に何度かデタラメ記事が見つかってトップが辞任したこともあったが、そのときのお詫びの弁とは、デタラメ記事に対して詫びしたのではなく、デタラメがバレてしまったことに対する引責でしょ。今度は「バレないようにやる」あるいは「バレても猪突猛進でやる」ですか。
「マスゴミ」と言われて返す言葉がありますか?
朝日新聞OBの長谷川煕さんは《朝日新聞はもはやただの紙切れで、新聞ではない》と言いました。その意味するところを理解できますか?

つい最近も「安倍晋三記念小学校」とまくしたてていたが、その証拠を出してごらんよ。そうすれば汚名挽回に少しはなるかも。
小西某という国会議員の正体・資質が明らかになりつつあります。

この小西某は、無所属の国会議員ではなく、何党だったか覚えきれないので、●●党議員としましょう。この●●党には綱領とか党規といったものがあるのだろうか?
もし有ったとするなら、●●党が公認した政治活動であり、●●党の能力と本性が、にじみ出た行動と言うことになります。
もし無かったとするなら、何をやらかそうが勝手気ままな政党で、単なる烏合の衆と言うことになります。

政党の支持率は何を物語っていると、お考えですか? ●●党さん。このような政党が国政を担うとするなら、どんな政治をしてくれますか? 何を期待されていると思っていますか?

創造する能力の無い者は、他者に、からみつくしか能がない。屁理屈と難癖だけが生き甲斐のカラムーチョ男。ジャパニーズ・リベラルのそろい踏み。人気者だったシールズは今どこ?
大活躍で支持率を上げる者と、大活躍で支持率を下げる者の二種類有り。
さあ、大活躍しましょ。
《「私達日本人の歪んだ安全保障感覚」に起因していると感じるのは不自然でしょうか。》

→不自然ではありません。まっとうな感じであり、そう感じている人も多いと思います。

《「秘密公聴会」》

→これも、「歪んだ安全保障感覚」が正され、正常になったとき機能する制度なのでしょう。本来、理想的な一形態なのでしょうが、「ご注進」の種が増えたと喜ぶ輩がいて、罰則も有名無実であれば、弊害が増えることになりそうです。

「歪んだ状態」が長く続き、それが正常だと思っているところに問題があります。歪んだ状態を正そうとする動きと、それを阻止し、「歪みを守ろう」とする勢力の闘いが現状です。

「自衛隊を違憲のままにして身動きできなくするのが憲法9条の存在意義」と暗に主張する学者もおられるようです。

これらは、国家観にかかわることで、日本という国家を否定し、「ソ連こそ我が祖国」と主張してきた輩、およびその末裔の活動により「歪み」が蔓延しています。

手入れの行き届かない庭の植え込みで、学名「Paederia scandens」が、やたら増えてしまったような塩梅。
「見える暴言」と「見えない暴言」を区別した方が良い。

ここで言う「見える暴言」とは本記事に出てくる小西某と一自衛官の言葉のやりとりで、実際のコトバの応酬がどのようなものであったか知らないが、とにかく小西某が鬼の首を取ったとするもの。
小西某に「国家観」があるのか、クーデターの見識が有りや無しや、と考えれば、はなはだ心許ないが、それはさて置く。

問題視すべきは「見えない暴言」の存在。
ここ一連の動きは全てアベ叩きを社是とする某新聞社の画策に連動したもの。一見、暴言と闘う正義の衣を纏っているが、その実態は「見えない暴言」を駆使して日本の政治に容喙しているだけ。「事実を報道する」ではなく「事実は曲げても“正義”の報道をする」がモットー。“正義”のためなら「事実」をアメ細工のように曲げるのが腕の見せ所。“正義”とは、ジャーナリスト宣言をした我が社の専売特許、と言うわけ。

この人たちに「国家観」はありますか? と聞けば、どのような答えが返ってくるか。
「なに! 国家観だと! 虫酸が走るわ! 右翼め! 下がれ!」
てなことになりそうです。

ところでこの人達が中国や北朝鮮に行くと、その反応や如何に? もとよりあこがれの共産主義国。税金もなく、人々は平和に暮らし、必要なとき必要なだけおカネをもらえる建前。
中朝両国の“国家観”に大いに共鳴・賛嘆し、米つきバッタのようにぺこぺこするでしょう。

どこに「共鳴」したのか、深層心理を見ておきましょう。「身分制」の存在がいたくお気に召しているのです。
と言うわけで、朝日新聞の書く“記事”の前に、すべての平民はひれ伏すべし。楯突く奴は、5000万円の罰金と、未来永劫、言論界から抹殺するぞ!

意識的にせよ無意識にせよジョージ・オーウェル著『1984年』の世界を目指しているのが「見えない暴言」の持つ恐ろしさです。
言論詐欺と断固闘いましょう。
いま何が起きているのか? 様々なジャーナリスト・政治家が何を主張し、その主張の根底に何があるのか、よーく見ておきましょう。

目の前にある「現実世界」を「S」とし、それをジャーナリスト「J」の目を通して「F」という記事に仕上げます。

「S」は人間の好悪、価値判断に関係ない事実とします。我々は日々流れる新聞・テレビのニュースで、“世界の現実”を知るわけですが、読者・視聴者は「S=F」だと思ってしまいます。「S=F」なら報道として理想です。

ところで記事「F」は、どのように作られるのか? 

 F=S×J

として作られているのです。ここで、×印は、数学のコンボリューションを表す記号だと思ってください。
いいですか、「F=S」ではなく、「F=S×J」であるということ。則ち、記事「F」は、現実「S」とジャーナリストの視点「J」とのコンボリューション(たたみこみ積分)だと言うことを忘れてはなりません。

「J」が、ディラックのδ関数の場合にのみ、「F=S」が成り立つもので、それは人間業では不可能でしょう。

それをいいことに、とんでもない「J」が跋扈し、とんでもない「Fもどき」を垂れ流しているのが昨今の現実です。

こういう時は、見せかけの「F」に惑わされるのでなく、「J」をよーく見つめることです。「F」から「J」を逆算で求めることを、数学では「デコンボリューション」と言います。
信ずるに足る「J」はどれか? それを見分けるに良いチャンスです。

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文芸評論家の小川榮太郎さんに「5000万円よこせ」と恫喝裁判を起こした某新聞社は、《わが社は安倍晋三首相が関与したとは報じていない》と、裁判に備え、予防線を張っているようです。つまり、安倍首相が関与していないことを十分知っていて、執念だけで「J」を膨らませたというわけですね。
一部ジャーナリストは「J≒ペテン師」ってこと。
「国民の敵」と言う発言が、真実に悖(もと)る暴言なのか、それとも、真実すぎる“暴言”なのか、どちらでしょう?

小西洋之とやら、どこかで聞いたような名だと思ったら、あの「亡命男」。
己に危険が迫るや、真っ先に亡命するらしい。国会議員のくせに。国民をほったらかにして、我先に亡命だとさ。どこに亡命するのだろう。あの金正恩のように、恐ろしさのあまり夜も寝られず、嫌っていた習近平サマの周りでもウロチョロするつもりか?

国会をサボって長期ズル休み。その間、ただでカネが手に入り、交通費もタダ同然。仕事してれば当然だが、サボってカネだけ戴きとは、税金ドロボーと言わずして何と言う。

自衛隊の皆さん、バカにちょっかい出すとバカを見ますよ。バカをバカにするのは我々バカな庶民にまかせておいて下さい。

「クーデター」は自衛隊とは異なる所から起こる:
朝日取締役の椿貞良氏は、かつて放送界を糾合し、声高らかに呼びかけました。
《自民党政権の存続を絶対に阻止して、なんでもよいから反自民の連立政権を成立させる手助けになるような報道をしようではないか!》
その“報道”はじわじわと効果を表し、ついに誕生したのがあの「鳩山内閣」。次に控えしは「菅直人内閣」。この両巨頭を排出した朝日の威力と功績はたいしたものです。あの時はかく申すいもむしも、喜び勇んで、民主党に一票を投じ、これは新世紀到来の一票と、半信半疑ではあるが、思い込むことにした。それなのに。トホホ。

自衛隊を雁字搦めに縛っておいて、無知蒙昧な己は言いたい放題。やりたい放題。このパターンがやたら目に付く今日このごろ。
ペテン師にしては芸術性も何もない粗製濫造のペテン。
記事:あえて言う「やはり土俵は女人禁制」 2018年05月08日08時43分
本記事の主張に、賛成の一票を投じます。

細部は難しくて理解困難な所もありますが、《良き伝統を守る》と言う観点と、《一色に塗りつぶされて行く「グローバリズム」》への不同意と言う点に於いて、同感です。

姿勢正しい人の後ろ姿を見た思いがします。島民にも著者にも。
GPSの時代でも、灯台は灯台。
それもこれも一連の連鎖反応の基を辿れば、トランプ大統領のお言葉に端を発したこと。さすが腐っても超大国の大統領。政治手腕に対する低評価と罵倒を雨霰と受けながら、「つぶやき」政治で「習と金の仲直り」を演出させ、その行く先はどうなるか? 

これぞトランプの偉業か異形か、はたまた遺業に終わるのか?

《どうやら2人の独裁者の頭の中は、半世紀以上昔のままで固まってしまっているということなのだろうか。》
→あらあら、舞台裏の正体を覗かれてしまったようです。

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「日本は取り残された」。アベは焦ってる。アベが悪い。アベを支持する日本人が悪い。憲法9条を守れ! 拉致を忘れて日朝友好しよう! 拉致を持ち出すアベを叩きのめそう! サリンで兄弟殺しも無かったことにしよう。

と念願する一派もあります。
『紅色娘子軍』の日本公演が実現すれば、この一派も感極まって涙を流すでしょう。その場合、もうちょっと半ズボン短めでよろしいかも。

・・・写真の青竜刀は分かるが、手榴弾となると、日本軍の使ったものと形が違うので気づかないかも知れないが、まさしく中国人民志願軍が使ったもの。このタイプの手榴弾を投擲訓練して、朝鮮戦争に向かう場面を自分は見た。・・こんな美人は居なかったが。
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