ROLESCast #001
イラン核合意協議の争点――米とイランの相違点

東大先端研創発戦略研究オープンラボ:ROLESCast#001

執筆者:鈴木一人
執筆者:池内恵
2021年5月18日
フォーサイト「中東通信」の池内恵・東京大学教授が、同大学先端科学技術研究センターに立ち上げた「先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)」。学内外との連携性・機動性を重視したこのバーチャルシンクタンクのユニークな試みとして、国際情勢各分野の専門家に“現在進行形”のテーマをインタビューする動画配信チャンネル「ROLESCast」がスタートした。5月11日に行われた第1回インタビューでは、核合意再建を目指す米・イラン間接交渉の争点について鈴木一人・東京大学公共政策大学院教授が解説した。

*お二人の対談内容をもとに、編集・再構成を加えてあります。

池内 イラン核合意へのアメリカの復帰はなるか、両国の間に残る対立点は何なのか。「ROLESCast」第1回は、この点について東京大学公共政策大学院の鈴木一人教授に伺います。鈴木先生は、EU(欧州連合)の外交政策、特に宇宙政策や科学技術政策、あるいは安全保障や安全保障的観点からの技術管理がご専門です。2013年12月から2015年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルのメンバーとして勤務し、対イラン制裁をめぐる国際政治の専門家としても、さまざまに分析・提言をされています。

 この「ROLESCast」は、今現在の課題について核心部分を単刀直入に伺うことがモットーながら、まずはごく簡単にイラン核合意の経緯をおさらいします。

 2015年にイランと米英仏独中露6カ国との間で結ばれたイラン核合意ですが、ここから2018年に米トランプ政権が離脱しました。それに対して、今年2021年にバイデン政権が発足し、米国はイラン核合意への復帰の意思をかなり強く示している。4月初頭から、米国を除くイラン核合意の当事国5カ国が米国の核合意復帰の可能性を探って協議を行っており、4月6日からはウィーンで米イランの間接協議が始まりました。その後、協議は休止を挟みながら断続的に開催され、5月7日から4回目のラウンドが行われています。

鈴木 トランプ政権の離脱のあと、イランは2019年から核合意の部分的履行停止に踏み切りました。それが問題になっているということですね。イランはいま部分的履行停止を着々と進めて、「制裁解除しないと、さらに核兵器の開発に近づくぞ」という形で米欧に圧力をかけています。

池内 アメリカは2018年に一方的に離脱した。それに対してイランは、部分的に合意を履行しない、あるいは合意内容への違反の程度を少しずつ上げてきている……そういうことですね。

鈴木 そうです。

デッドラインは選挙戦スタートまで?

池内 そこで5カ国が仲介に入っているわけですが、その交渉のデッドラインは5月半ばではないかと言われてきた。特に4月の協議の最中には、イラン側もアメリカ側もそういう発言をしている。ロイター通信は4月17日付で、複数のイラン高官の話として「イランが5月中旬までに核合意再建に向けた暫定合意を目指している」と伝えています。あるいは、4月20日にイランのハサン・ロウハーニー大統領が、この問題に関する閣議を経ての発言と見られる声明を発表して、「2015年の核合意の再建をめぐる交渉は60~70%は完了している。米国が誠実に行動すれば迅速に解決できる」という認識を示した。それに対して5月6日には、4回目の間接協議の再開を前にして、米国務省高官が「数週間でペースを加速させる必要がある」と語った。最終的にはイラン側の政治判断の問題だ、ということですね。アメリカ側は当然、イラン側に歩み寄りを求めている。

5月11日、テヘランで大統領選への立候補受け付けを行う人々 ⓒAFP=時事

 この“デッドライン”の認識がどこから来ているのかと言えば、おそらく現在のロウハーニー大統領の任期満了に伴うイラン大統領選挙の投票が6月18日に迫っていることが関係しているわけですね。本日5月11日に大統領選挙の立候補受付が始まりました。すでに名乗りを上げている人はたくさんいますが、実際に受付が始まってしまうと、よりいっそう核合意問題が政争の具になってしまう。現職のロウハーニー大統領とその周辺で欧米に対する一定の歩み寄りを目指す改革派は、ここで経済制裁解除という成果を手にして選挙戦に臨みたい。もちろん強硬派は、逆にここでその動きを潰しておきたい。そこで様々な動きが出ており、2015年核合意のイラン側の立役者だったモハンマド・ジャヴァード・ザリーフ外相による、強硬派に対する赤裸々な発言が暴露されるなどということも起きていますね。

 また、保守強硬派が大統領選に勝利することがあれば、バイデン政権がいくら核合意への復帰を望んだとしても、イランの国内政治的に復帰は難しくなる。こういった様々な事情があって、もし核合意再建が実現できるのであれば5月半ばくらいまでと、そういう見通しがあるようです。

鈴木 はい。もう一つ付け加えると、2月にイランがIAEA(国際原子力機関)のラファエル・マリアーノ・グロッシー事務局長と結んだ合意の期限が5月21日に来るんです。

 イランの国会は昨年12月に「制裁解除促進法」という法律を作っているのですが、これはIAEA「追加議定書」に基づく査察に協力しないよう政府に義務付けるもので、簡単に言えば「どんどん核合意違反をして相手にプレッシャーをかけろ」というものです。その中には「IAEAの査察団を追い出し、査察を停止させる」という内容が含まれているので、IAEAは2月に、それをやめてくれと言いに来たわけですね。

 IAEAは「査察を続けたい」、国会は「査察を停止させろ」。その板挟みになったロウハーニー政権は、「査察は認めるが、3カ月間はそのデータをIAEAに渡さない」という合意をIAEAとの間に作ったんです。その期限が5月21日に来るわけで、ここまでに制裁を解除しないと査察データは消去される。だから「5月21日がデッドラインだ」ということになっていたんです。

 ただし、交渉のイラン側担当者、セイエド・ アッバス・アラグチ外務次官は先日、グロッシーIAEA事務局長ほかと会談して、この合意を6月ないしは5月末まで延期することに同意したと見られています。そのため、実質的なデッドラインはいま、「5月末」になっていると考えられます。

池内 5月10日にEUのジョセップ・ボレル外務・安全保障上級代表(外相に相当)が、この交渉について「楽観的である、機会の窓は月末まで開かれている」という発言をしたのにも、そういう技術的な理由があるのかもしれないですね。

鈴木 おそらく、これが理由になっていると思います。

池内 しかし、延びても限界がありますよね。

鈴木 大統領選の立候補者受付に続いて、護憲評議会による立候補者の資格審査のプロセスを経て選挙戦がスタートするのが5月末です(編集部注:その後、5月15日の候補者締切を経て、護憲評議会は5月27日までに候補者を公表する見込みとなった)。やはり、そこまでには決めたいというのが実質的なデッドラインになるのだろうと思います。

池内 イランの大統領選挙は、実際に候補者が絞り込まれたあと、投票日までの間に非常に流動化するというのが近年の傾向です。途中でダークホースが現れて、その裏でどういう勢力が陰謀をやっているというようなまことしやかな話が出てくるわけですが、事態の推移を誰も読み切れないところがあります。そのような中で、この核合意再建の交渉がまとまるというのは、ちょっと考えにくいところがありますね。

焦点は「イラン中央銀行」と「新型遠心分離機」

池内 さて、ここから一番重要な質問に入りましょう。

 どう引き延ばしても締切は5月末と考えられているアメリカの核合意復帰問題ですが、イランもバイデン政権も核合意再建自体には前向きであることが明らかです。それにもかかわらず、なぜ合意に達しないのか。どこが争点になって合意に達しないのか。これについて、鈴木先生のご見解はいかがでしょうか?

2019年、イラン反政府デモの参加者たち(テヘラン)ⓒAFP=時事

鈴木 イランはとにかく制裁を解除してほしい。バイデン政権は核合意にイランが復帰して、核兵器を作れないようにしたい。総論では相思相愛の関係にあるわけですけれども、米国には譲れないポイントがあるんです。それはまず、人権とテロに関わる制裁なんですね。2015年のイラン核合意で解除されたところからトランプ政権が加えた制裁――つまり石油の禁輸ですとか金融機関への制裁、あるいはイランと取引した第3国への制裁(いわゆる二次制裁)やSWIFT(国際銀行間通信協会)からの締め出しなど――はなくします、というのが基本スタンスです。ただし、同じトランプ時代の制裁でも、人権やテロの名の下にかけられた制裁は外せない。2019年の反政府デモを武力で鎮圧したことに対する制裁は、これは核合意とは関係ないのだから外せないというわけです。

 もうひとつには、ヒズボラやイエメンのフーシー派に対する支援を理由にイランにかけられた「テロ制裁」があって、これを解除するのかが大きな焦点になっています。アメリカは、このテロ制裁はイスラエルやサウジアラビアとの関係もあって解除できないという説明をしているんですね。イランはそれが受け入れ難い。

 こうした中でカギになるのは、イラン中央銀行(CBI)に対する制裁です。CBIは核とテロの両方で制裁対象になっていますが、このうちテロ制裁の方は革命防衛隊の遠征部隊であるコッズ部隊への資金提供が理由です。アメリカはそれを解除しないとしている。これが、イランにとっては困るわけですね。CBIは銀行間取引などでも他国との取引の中継点になるので、実際、ここが制裁対象になる限りかなりの制約が残ります。

 一方、核合意そのものについても、米イラン双方に譲り難いポイントがあります。アメリカ側からするとイランの核開発を全部止めたい、核合意成立時点の状況に戻したいわけですが、ここにアメリカが離脱してからイランが導入した新型の遠心分離機をどうするかという問題が浮上しました。

 イラン核合意では、ナタンズとフォルドゥにある核施設の遠心分離機の数を減らすということと、残す遠心分離機もIR-1型という旧式のものに限るということが決まりました。遠心分離機は、ゼロでなくてもいいんですね。ナタンズで5060器、フォルドゥで1044器という、合計しても約6100という世界的にはとても少ない数ですが、これは残していいというのが核合意の到達点だった。この残っている遠心分離機の型、つまり旧式の遠心分離機でなければいけないという点が重要です。イランは、新型のものを2019年から徐々に入れて行っています。2015年の段階ではIR-1型とIR-2m型という2種類の遠心分離機があって、IR-2mはもうやめます、IR-1だけにしますという話だった。しかし、その後にIR-4、IR-6という遠心分離機を稼働させているんですね。現時点でも動かしています。これをやめさせろ、というのがアメリカの要求なんです。

 やめるのはイランもどうやら納得しているのですが、アメリカはさらに壊せと要求しています。残しておくと、また付け直して動かすことができるわけで、その芽を摘みたいわけですね。そしてイランは、それはアメリカの行き過ぎた要求であり、核合意に含まれていないという主張です。実際、核合意では、余った遠心分離機はIAEAの監視のもとに保管することになっており、壊すのは予定に入っていないんですね。

 現在の交渉の段階は、CBIの制裁を解除するということと、新型遠心分離機を壊すかどうかというこの二点についての思惑が食い違っていて、それ以外のところはほぼ合意できているというところだと思います。

池内 どうもありがとうございます。政治的な焦点、それが技術的なところで争われているという、せめぎ合いの最先端の部分についてお話しいただきました。

 ちなみに鈴木先生は2013年~2015年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルのメンバー、まさにいまお話しいただいたような技術的なポイントについて政治的にせめぎ合う現場に中立の専門家として立ち会うというご経験があるわけです。いわば、実務家と研究者のどちらかであっては関与できないような特殊な場にいたわけですよね。しかも任期が終わる2015年7月というのはまさに核合意がなされた月ですが、それをニューヨークで見届けたということでしょうか?

鈴木 そうですね。ロウハーニー大統領が2013年8月に大統領に就任し、2013年の11月にJPOA(共同行動計画)という第一段階の合意ができるんですね。私はちょうどその時にニューヨークに着いて12月1日から仕事を始めました。つまり、国連の制裁パネルとしてはもちろん核開発の問題にもあたるのですが、同時に武器取引とミサイル開発の部分にもかなり関与していて、そういうものをウォッチするのも仕事でした。

池内 核合意の成り立ちの部分というか、歴史の語部のようになっているわけですが……。

鈴木 あの時に、色々な国と自由に接触して情報交換できる立場にいた者は、そう多くはないと思います。非常に貴重なポジションにいたな、とは思っていますね。

池内 今回の核合意の再建プロセスも、そういうふうに見届けている人がいるんでしょうね?

鈴木 今回は国連制裁パネルがないので、どのくらいまで国連が関与しているかわからない部分もありますが、日本の外務省、外交の担当者もこれにはフルでコミットしている人がいると思います。

池内 専門家の間で議論されているものについて、廊下の立ち話しで教わるような機会をオンラインで実現しようと、この「ROLESCast」を立ち上げました。この試みは今後も続けて行きますので、また鈴木先生のカバーする多彩な専門分野でご登場いただければと思います。ありがとうございました。

鈴木 ありがとうございました。

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執筆者プロフィール
鈴木一人 すずき・かずと 東京大学公共政策大学院教授。1970年生まれ。1995年立命館大学修士課程修了、2000年英国サセックス大学院博士課程修了。筑波大学助教授、北海道大学公共政策大学院教授を経て、2020年より現職。2013年12月から2015年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして勤務。著書にPolicy Logics and Institutions of European Space Collaboration (Ashgate)、『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2012年サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(日本経済評論社、共編)、『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(岩波書店、編者)などがある。
執筆者プロフィール
池内恵 東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』(同)などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
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