「終身大統領」の道を閉ざされたプーチン「2年後の院政」シナリオ

執筆者:名越健郎 2022年5月24日
エリア: ヨーロッパ
プーチン大統領(中央)の後継者として名前が挙がったドミトリー・コワリョフ氏(その右)(@smotri_mediaの『Telegram』への投稿より)
戦況悪化に国内からの批判を抑えきれず、海外で次々と流れる病気説にも手が打てない。後継者も取り沙汰され始めたプーチン大統領には、2024年の大統領選出馬を断念して「院政」を敷く可能性が出てきた。

 世界が注視したウラジーミル・プーチン露大統領の対独戦勝記念日(5月9日)演説が新味に欠け、ウクライナ戦争の出口戦略を打ち出せなかったことで、ロシア国内で「特別軍事作戦」への批判的見方が出てきた。

 退役高級将校が国営テレビの討論番組で「戦況はますます悪化している」とし、「大本営発表」を垂れ流す国営メディアを批判。政府系ネットメディア『Lenta.ru』にプーチン大統領を「偏執狂の独裁者」と非難する記事が掲げられ、すぐに削除された。

 プーチン大統領のがん説が欧米で報じられ、ロシア語に翻訳されてネットに掲載されている。ロシアは戦況だけでなく、情報戦でも受け身を強いられている。

束の間沸騰した「36歳の若者」後継説

 戦勝記念式典をめぐっては、ロシアのSNSや大衆紙のサイトでは、プーチン演説よりも、大統領と親しげに話す背の高い若者に話題が集中し、「後継候補か」と騒然となった。赤の広場の軍事パレードの後、無名戦士の墓に向って歩きながら2人が話すシーンを、国営テレビが正面のアングルから40秒間放映した。

 ロシアで開発された通信アプリ『テレグラム』に新興メディア『バザ』が、

「この男は大統領府幹部のドミトリー・コワリョフ、36歳。アイスホッケーが趣味で、プーチンの後継候補だ」

 と書き込むと、一斉に拡散した。

 父親はガス最大手「ガスプロム」の幹部で、本人は情報機関ともつながりがあるとされ、後継者の要件を満たすとの解説もあった。コワリョフ氏は大統領府報道部のスタッフ。体育会系で、年収300万ルーブル(約630万円)と書いたメディアもあった。大統領とはクレムリンのアイスホッケー・チームの同僚という。

 コロナ禍で有力閣僚もプーチン氏に近づけない中、親しげに話し、体を支える素振りも見せた。

 ロシア人政治学者にメールで尋ねると、「主要テレビや有力紙は一切報じておらず、イエローペーパーだけだ。政治経験のない若者に大統領が務まるはずがない。プーチンはウクライナの戦争が終わるまでは、後継問題は一切取り上げない」との回答だった。その後、コワリョフ氏の続報はなく、後継説は消えそうだ。

 とはいえ、「後継者登場」情報がロシアで飛び交ったことは、戦争長期化で重苦しい閉塞感が漂う中、大統領交代を望む社会の願望を示唆しているかもしれない。

病気説が噴出

 これと並行して、プーチン氏の健康不安説が欧米メディアで次々に流れている。英紙『ザ・タイムズ』(5月14日)は、大統領に近いオリガルヒの録音証言として、大統領は血液のがんで重病で、2月24日の開戦直前にがんに伴う腰の手術を受けたと報じた。米誌『ニューラインズ』の転電である。

 ウクライナ国防省の情報機関トップ、キリル・ブダノフ局長も14日、英『スカイニュース』とのインタビューで、プーチン氏に関し、

「心理的にも肉体的にも非常に状態が悪い。がんやその他の病気を患っている」

 との分析を明かした。

 プーチン氏の病気説については、クレムリンの内情に通じているとされる「SVR(対外情報庁)将軍」が4月、

「正体不明のがん、パーキンソン病、統合失調感情障害の3つの病気を抱えており、来年はポスト・プーチンの時代になる」

 と『テレグラム』に投稿した。

 ロシアの独立系メディア『プロエクト』は4月1日、独自入手した資料を基に、プーチン氏が甲状腺に何らかの病気を抱えている可能性を指摘した。甲状腺がんの専門家が南部ソチにあるプーチン氏の別荘を頻繁に訪問していることを根拠にしている。

 プーチン氏は時折、腕が震えたり、歩行がやや不安定なことがあり、柔道や水泳に没頭する往年の機敏な動きはみられない。とはいえ、5月9日の演説や午後からの行進を見る限り、異変は感じられなかった。

 一方、プーチン氏のインタビュー映画を製作した米映画監督のオリバー・ストーン氏は5月21日のインタビューで、「彼はがんを患っていたが、克服した」と述べた。どのがんかは明らかにしなかった。

情報戦で完敗、国内からも批判

 一連の病気説は、ロシアを動揺させるための欧米やウクライナの情報戦の可能性もある。

 欧米や反政府系のメディアは病気説だけでなく、クーデター説、情報機関の反乱説、側近らの離反説を流しており、政権を揺さぶる狙いがありそうだ。最高司令官の権威を低落させ、ロシア軍の士気をくじく思惑もあろう。

 これに対し、ロシア政府はこれらの未確認情報にほとんど否定や反論をしておらず、情報戦では欧米とウクライナ側が圧倒している。

 2014年のクリミア併合では、情報戦や政治かく乱を含むロシアのハイブリッド戦が効果を挙げたが、今回は押されっ放しなのだ。

『テレグラム』では、ロシア軍の戦略・戦術を酷評する投稿も相次いでいる。

「大統領、われわれはこれで戦争をしているのですか、戦争のまね事にしかみえない。これでは勝ち目はない」(退役軍人のアレクサンドル・アルチュノフ)

「動員しなければ、負けてしまう。60~80万人の兵力が必要だ」(元親露派武装勢力兵士、ブラドレン・タタルスキー)

 といった書き込みもあった。

 5月のドネツク州の渡河作戦で、ロシア軍旅団約1000人がウクライナ軍の攻撃でほぼ全滅した際、ロシア人記者、ゲルマン・クリコフスキー氏は「どれだけ愚かなのか。これはもう軍のサボタージュだ」と書き込んだ。

 戦況の悪化で、戦術や作戦を非難する声が国内で広がりつつある。

「国家評議会議長就任」の可能性

「特別軍事作戦」の帰趨は不透明ながら、プーチン氏が2年後の大統領選で5選を狙うのは、もはや困難とみられる。

 次回の大統領選は2024年3月17日の日曜日に既に設定されており、プーチン氏は当然5選出馬するつもりだったはずだ。ウクライナ侵攻も、キーウ(キエフ)に傀儡政権を樹立し、ベラルーシも含めてスラブ三兄弟の連合国家を構築し、大統領選で圧勝する目的だったかもしれない。

 しかし、欧米諸国の強力な兵器で武装するウクライナ軍を相手に勝利するのは難しくなりつつある。2年後には、ウクライナでの戦争犯罪が国内で知られ、経済制裁で国民の生活苦も深まりそうだ。

「戦争犯罪人」(ジョー・バイデン米大統領)と指弾されたプーチン氏が外遊するのは困難であり、大統領の任務である外交を展開できなくなる。2年後は71歳であり、健康不安もつきまとう。

 その場合、プーチン氏は信頼できる側近を大統領に指名し、自らは国家評議会議長として院政を敷くかもしれない。2020年の憲法改正で、国家評議会は内政・外交の基本方針や優先順位を策定することが規定され、議長の権限が強化された。現在は大統領が議長を兼務する。

 現行憲法では、大統領が職務執行不能に陥った場合、ナンバー2の首相が大統領代行となり、3カ月後に大統領選が実施される。現在のミハイル・ミシュスティン首相は税務官僚出身の経済テクノクラートであり、イデオロギーを持たず、大統領職は難しいとみられる。

 プーチン氏が院政を敷く場合、後継大統領や次期首相のポスト選びが政治日程に上ることになる。ウクライナ戦争と並行して後継選びが進むなら、内政が動揺し、戦況にも否定的な影響を与えそうだ。

 

カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
名越健郎 1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長、編集局次長、仙台支社長を歴任。2011年、同社退社。拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授を経て、2022年から拓殖大学特任教授。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミアシリーズ)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。
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