「ウクライナ反転攻勢」停滞の先に何が続くか(上):「3つの攻勢軸」の目的、苦戦の要因

執筆者:高橋杉雄 2023年8月8日
エリア: ヨーロッパ
開戦後初めて、ロシアがウクライナ軍を陣地で迎え撃つ展開になっている[ドネツク州の前線近くで軍事訓練を行う第93機械化旅団の戦車兵たち=2023年8月1日](C)AFP=時事
東部ドンバス地方から南部を経てクリミア半島まで延びるロシア占領地の三日月形を分断する――反転攻勢のこうした狙いは、ウクライナとロシア双方にとっていわば開始前から自明だった。ロシアの強固な防御陣地の突破は容易でない。現在の戦局の停滞を打破するには、ウクライナの航空優勢獲得が前提になる。(本稿後篇の〈唯一有効な武器支援と、想定される「2つの選択肢」〉はこちらからお読みになれます)

 ロシア・ウクライナ戦争が始まってから1年半が過ぎつつある。ウクライナは、2022年の2月から3月のロシアの電撃的な侵攻を凌ぎきってキーウ防衛に成功し、4月からのドンバス地方での激戦を経て、8月末にはヘルソン・ハルキウ方面での反攻に成功し、冬の膠着を迎えた。この時点でも、ウクライナは引き続きロシアに全領土の2割弱を占領され続けており、その奪回を目指し、2023年6月上旬になって、米欧から援助された戦闘車両を中心とする反攻作戦を開始した。

 しかし、ロシアもまたこの反攻に備えて防備を固めており、ウクライナ側は苦戦を強いられている。この苦戦の要因は何か、そして、この後でどのような展開をたどっていくか考えてみたい。

1.ウクライナの反転攻勢の狙い

 2023年6月初旬、ウクライナ軍は反転攻勢を開始した。2022年8月末のヘルソン・ハルキウ攻勢以来、約9カ月ぶりのウクライナ側の攻勢であった。具体的には、トクマクからメリトポリを狙うザポリージャ戦線、ベリカノボシルカからベルジャンシク・マリウポリを狙うドネツク南部戦線、さらに2022年後半から2023年春まで激戦が繰り広げられたバフムト戦線の3つの攻勢軸から反攻に出た。

 現在のところ、ロシアは、ウクライナの東部ドンバス地方から南部を経てクリミア半島まで、三日月のような形でウクライナ国土を占領している。ウクライナの反転攻勢の基本的な考え方は、この三日月を断ち切る形で突破することで、ドンバス地方とクリミア半島とを分断することであると考えられる。そうなるとロシア軍はドンバス地方とクリミア半島とに二分されてしまう。ウクライナとしては、この二分されたロシア軍のうち、いずれかのロシア軍の弱い方を狙って攻勢をかけていくことで、今後の戦局全体を有利に運ぶことができるようになる。

 もちろん、ロシア側も分断されれば不利になることは十分に理解した上で必死に戦うであろうから、ウクライナがロシア軍の分断に成功するかどうかはやってみなければわからないし、反攻作戦に成功したとしてもかなりの戦力を消耗することは避けられない。しかしそれでも、ロシア軍を分断することが今後の戦局に及ぼす効果が極めて大きいことを考えれば、ウクライナがそれを狙った反攻作戦に打って出るのは理解できる。

 以上の大枠を踏まえて考えれば、それぞれの戦線の目的は以下のように整理できる。

■ザポリージャ戦線

 まずザポリージャ戦線における攻勢軸は、最終的にはメリトポリの奪取を目的としているものであろう。メリトポリはドンバス地方とクリミア半島を結ぶ道路や鉄道の結節点であり、ウクライナが奪回に成功すれば、ロシア軍が事実上分断されるからである。この方面では、メリトポリだけでなく、その北にあるトクマクという街もまた鉄道と道路の結節点であることから、ロシア軍はメリトポリとトクマクに強固な陣地を構築した上で、その北方の防御陣地でウクライナ軍を迎え撃っている。

■ドンバス南部戦線

 次にドンバス南部戦線に投入された部隊が目指しているのは……

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
高橋杉雄(たかはしすぎお) 1972年生まれ。防衛省防衛研究所防衛政策研究室長。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、ジョージワシントン大学コロンビアンスクール修士課程修了。専門は現代軍事戦略論、日米関係。著書に『現代戦略論―大国間競争時代の安全保障』(並木書房)、『日本人が知っておくべき 自衛隊と国防のこと』(辰巳出版)、『日本で軍事を語るということ 軍事分析入門』(中央公論新社)、共著に『「核の忘却」の終わり: 核兵器復権の時代』(勁草書房)、『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』(並木書房)、『ウクライナ戦争と激変する国際秩序』(並木書房)、『ウクライナ戦争はなぜ終わらないのか デジタル時代の総力戦』(文春新書)など。
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