「ウクライナ反転攻勢」停滞の先に何が続くか(下):唯一有効な武器支援と、想定される「2つの選択肢」

執筆者:高橋杉雄 2023年8月8日
エリア: ヨーロッパ
欧米各国が支援を表明しているF-16戦闘機をモチーフにした切手セットに空軍兵士のサインを求める人々。切手にはクレムリンの塔が戦闘機の形の穴が開いたおろし金で削り消される様子が描かれている[2023年8月4日、ウクライナ・キーウ](C)AFP=時事
クラスター弾は戦局に変化はもたらしても「ゲームチェンジャー」ではない。英仏供与の巡航ミサイル「ストームシャドウ」も、それを発射する航空機の運用にネックがある。ロシア軍の補給拠点となったクリミア半島を射程に収めるATACMSの早期供与が必要だが、米政府はここに踏み切れるか。そして今後のウクライナにとっては、攻勢の展開に2つの選択肢があるだろう。(本稿前篇の〈「3つの攻勢軸」の目的、苦戦の要因〉はこちらからお読みになれます)

[承前]

 ウクライナの地上兵力は航空支援なしでの攻撃を余儀なくされているため、最前線での防御陣地をなんとか突破したとしても、ロシアは後方の予備兵力の戦車部隊を派遣してその突破を食い止めることができる。阻止攻撃ができれば、そうした戦車部隊が前線に移動できないようにすることができるが、ウクライナ空軍はそうした作戦を行うことができていない。ゆえに、ロシアとしては比較的有利な形で地上での防御戦闘を展開できている。

3.打開の可能性は?

■クラスター弾の効果は限定的

 この膠着した現状を打破する1つの手段として、米国はクラスター弾の提供に踏み切った。クラスター弾は、1発の砲弾や爆弾から数十発の小型爆弾を広範囲に散布する。そのため、ある程度の広がりを持った「面」を制圧することができる。米国が提供したのは155mm榴弾砲から発射するクラスター弾だが、これは戦車の装甲も貫ける小型爆弾を半径80m位の範囲に散布させる。

 なお、クラスター弾については、オスロ条約と通称されるクラスター爆弾禁止条約によって、生産、貯蔵、使用、移譲が禁止されている。この条約には日本を含む111カ国が締約国となっているが、ロシア、中国、北朝鮮は参加していない。ウクライナも参加していないし、朝鮮半島有事を想定しなければならない米国と韓国も参加していない。クラスター爆弾禁止条約の存在をもって、クラスター爆弾を提供した米国を批判する向きもあるが、当事者であるロシアとウクライナの双方が条約に参加していないため、この戦争では既にクラスター爆弾は使われている。米国もまたクラスター爆弾禁止条約には参加していないから、米国による供与もウクライナによる使用もクラスター爆弾禁止条約の制約を受けないことは留意する必要がある。

 現在の戦況においては、クラスター弾はロシアの塹壕や火砲を攻撃することが主要な役割となるだろう。

 塹壕とは、戦場で身を隠すために線状に掘られた堀のようなもので、兵士はそこに身を隠して敵を射撃する。塹壕を守る側は身を隠しながら射撃ができるが、攻めていく側は隠れることができないから、歩兵であれば全身を、戦車であれば全体をその防御射撃にさらしながら進まなければならない。そうなると必然的に大きな損害を受ける。ところが、塹壕は上空に対してはがら空きであるから、クラスター弾で攻撃すれば広範囲の塹壕を制圧できる。あるいは、対戦車砲の陣地や戦車に対しても、クラスター弾を使えば上空から打撃を与えることができる。

 しかし、これが「ゲームチェンジャー」と呼べるような大きな効果を今の戦局において持ち得るかはやや疑問がある。……

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
高橋杉雄(たかはしすぎお) 1972年生まれ。防衛省防衛研究所防衛政策研究室長。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、ジョージワシントン大学コロンビアンスクール修士課程修了。専門は現代軍事戦略論、日米関係。著書に『現代戦略論―大国間競争時代の安全保障』(並木書房)、『日本人が知っておくべき 自衛隊と国防のこと』(辰巳出版)、『日本で軍事を語るということ 軍事分析入門』(中央公論新社)、共著に『「核の忘却」の終わり: 核兵器復権の時代』(勁草書房)、『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』(並木書房)、『ウクライナ戦争と激変する国際秩序』(並木書房)、『ウクライナ戦争はなぜ終わらないのか デジタル時代の総力戦』(文春新書)など。
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