キリスト教民主同盟(CDU)はテューリンゲン州政府に極右政党ドイツのための選択肢(AfD)が参加するのを防ぐために、極左政党ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)を含む連立政権を目指している。だがCDUには政策の違いから、BSWとの連立に反対する声もある。
***
反AfD連立政権を目指すCDU
9月12日、テューリンゲン州CDU支部の筆頭候補マリオ・フォイグト氏は、ベルリンでBSWのザーラ・ヴァーゲンクネヒト共同党首と、州議会選挙後初めて会談した。二人は、テューリンゲン州で連立政権を樹立する可能性について協議した。
CDUの狙いは、極右政党AfDの政権参加を阻止することだ。9月1日の州議会選挙では、AfDは、32.8%の得票率を確保し、首位に立った。前回(2019年)の選挙に比べて得票率を9.4ポイント増やした。州議会選挙で極右政党が首位に立ったのは、ドイツの歴史で初めてだ。
CDUのフリードリヒ・メルツ党首はAfDとの連立を禁止しているが、BSWとの連立を容認している。
AfDテューリンゲン州支部は、州内務省の捜査機関・連邦憲法擁護庁から「潜在的な過激派政党」と指定されて監視を受けている。今回の州議会選挙での筆頭候補ビョルン・ヘッケ氏は、ナチス突撃隊のスローガンを演説中に使ったために、民衆扇動罪で有罪判決を受けた。それにもかかわらず、この州の有権者のほぼ3分の1が同党に票を投じた。
第二位のCDUの得票率は23.6%だった。フォイグト氏は、第三位のBSW(15.8%)と社会民主党=SPD(6.1%)とともに連立政権を作ることを目指している。AfDの議席数は32(テューリンゲン州の定数は88議席)なので、単独で過半数は確保できない。現在のところAfDと連立する意向を示している政党はない。
ただしフォイグト氏が連立させようとしている三党の議席数の合計は、CDUが23、BSWが15、SPDが6の合計44議席だ。フォイグト氏が過半数を確保するには、あと1議席増やさなくてはならないが、その手段はまだ決まっていない。フォイグト氏は、政権の安定を図るために、少数派政権は避けたいとしている。
親ロシアの極左政党BSWと組むべきか
CDUにとっては、もう一つ厄介な問題がある。CDUの党本部は、AfDだけではなく、極左政党リンケ(左翼党)との連立も禁じている。リンケは、社会主義時代の東ドイツの政権党(SED)の流れを汲む政党で、2007年の結党時から2014年まで連邦憲法擁護庁から監視されていた。その理由は、「ドイツの憲法を敵視する傾向を見せている」ということだった。
親ロシア色が強い極左ポピュリスト政党BSWのヴァーゲンクネヒト党首は、リンケで副党首や連邦議会での院内総務を務めた。リンケの前身である民主社会主義党(PDS)では、共産主義プラットフォーム(KPF)という会派に属した。KPFは、連邦憲法擁護庁から「過激団体」に指定されていた。
このためCDU内部では、「連立が禁止されているリンケを母体とするBSWと連立するのは、我が党の保守中道路線に反する」という声が出ている。CDUで外交問題を担当するロデリヒ・キーゼヴェッター連邦議会議員は、「BSWは、クレムリンの回し者だ。CDUがテューリンゲン州政府に参加するために、このような党と組んで党の路線を犠牲にするのは、誤りだ」と述べ、メルツ党首の方針を批判している。彼は「CDUは無理にテューリンゲン州で政権に参加するべきではない。市民が望んでいるのならば、AfDに政権を担当させればいいではないか」と語っている。
前のアンゲラ・メルケル政権がリンケとの連立を禁止したのは、2018年。当時は、極右だけではなく極左ポピュリスト政党にも現在ほど票が集まる事態は予想されていなかった。ドイツの政界では特定との政党との連立禁止を防火壁(Brandmauer)と呼ぶ。あまり多くの防火壁を建てると、連立できる党の数が減り、自分の首を絞めることになる。
ウクライナ軍事支援に反対するBSW
もう一つ問題となる分野は、安全保障だ。ヴァーゲンクネヒト党首はこれまで「ウクライナへの武器供与や、米国の中距離ミサイルのドイツへの配備に賛成する政党とは連立しない」と発言してきた。ショルツ政権は今年、「米軍は2026年からトマホーク巡航ミサイルなどをドイツに配備する」と発表した。ロシアからの脅威の高まりに対抗するためである。
ヴァーゲンクネヒト党首は、ウクライナへの武器供与に強く反対し、一刻も早く和平交渉を開始することで、ロシア・ウクライナ戦争の停戦を目指すとしている。だがロシアがウクライナを侵略していることや、ロシア軍によるウクライナ市民への無差別攻撃については、全く非難しない。
現在ドイツ市民の間では、「ロシア・ウクライナ戦争はいつまで続くのか」、「ロシア・ウクライナ戦争は、北大西洋条約機構(NATO)とロシアの間の戦争に発展するのではないか」という不安感が強まっている。BSWが今年1月に結党してからわずか8カ月で、テューリンゲン州議会選挙で15.8%もの得票率を確保した裏には、ショルツ政権に対する不満とともに、ヴァーゲンクネヒト党首の平和路線への支持もある。
ヴァーゲンクネヒト党首は、「中距離核ミサイルのドイツ配備は、ロシアとの核戦争の危険を高める」として反対している。同氏は、ロシアのメディアでは極めて評判が良い。
一方のCDUは、緑の党と並んで、ロシアのウクライナ侵攻を最も強く批判し、ゼレンスキー政権への武器供与を最も積極的に支持する政党である。同党は、「ロシアの脅威に対抗するために、中距離ミサイルのドイツ配備は当然だ」という態度を取っている。CDUのフリードリヒ・メルツ党首は9月21日付のフランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)紙とのインタビューで、「テューリンゲン州とザクセン州での連立交渉では、我々をロシアの走狗にし、北大西洋条約機構(NATO)や米国との連携を危険にさらすような合意を行ってはならない。これらはドイツの国是に関わる問題であり、絶対に越えてはならない一線だ」と釘を刺した。
ヴァーゲンクネヒト党首は、CDUの妥協を引き出すために、AfDとの連立の可能性を今後ちらつかせるかもしれない。BSWとAfDの政策の間には、難民受け入れ数の大幅削減や、環境保護重視路線への反対など、共通点もある。BSWを「極左のAfD」と呼ぶジャーナリストもいる。
CDUは、党の方針をまげて、ヴァーゲンクネヒト党首の親ロシア主義に目をつぶるのか。極右政党の州政府参加という前代未聞の事態を防ぐためとはいえ、この妥協はCDUにとって「副作用の強い薬」になる可能性がある。テューリンゲン州で新しい首相が選ばれるまでの交渉は、相当難航することが予想される。
議会制民主主義に対する強い不信感
もう一つ気になる点がある。仮にCDU、BSW、SPDが連立政権の樹立に成功したとしよう。この場合、AfDを選んだ有権者たちの意向は無視される。有権者の32.8%の意思が州の政治運営に反映されないことになる。これは、AfD支持者の不満と怒りに油を注ぎ、次回の州議会選挙で、AfDの得票率をさらに増やす危険がある。
アレンスバッハ人口動態研究所が今年8月に公表した世論調査結果によると、「民主主義国家ドイツは、見せかけだ。実際には国民に発言権はない」という意見を持つ回答者の比率は、旧東ドイツでは54%で、旧西ドイツ(27%)の2倍に達していた。この回答者の多くが、AfDに票を投じていたに違いない。テューリンゲン州でCDUなどがAfDの政権参加を阻止した場合、議会制民主主義への疑問を抱く旧東ドイツ人が、さらに増える恐れがある。