ドイツ左派ポピュリスト「ヴァーゲンクネヒト」新党は極右の票を奪うか

執筆者:熊谷徹 2024年2月20日
タグ: ドイツ EU
エリア: ヨーロッパ
影響力を強めるヴァーゲンクネヒト氏の動向に注目が集まる〔2021年撮影〕(Martin Heinlein, Wikimedia common)
ドイツで左派ポピュリスト政党「ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)」が1月8日に旗揚げした。反EU、反難民、親ロシアのBSWが、躍進中の極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」からどれだけ票を奪うかが注目されている。

 「ドイツでは戦争の危険や所得の不平等が強まっている。その原因は、オラフ・ショルツ政権の傲慢さと無能力にある。我々はこの現状を克服する必要があると考え、新党を結成した」。赤いスーツに身を包んだBSWのザーラ・ヴァーゲンクネヒト共同党首は、ベルリンでの記者会見で結党の理由をこう説明した。

 同氏は、「ショルツ政権は『過激政党の躍進により、特に旧東ドイツで民主主義体制が危険に曝されている』と警告するが、こういった状況が生まれた原因は、ショルツ政権の失策によるものだ。旧東ドイツの多くの市民は、政府に無視されていると感じている。我々は、この国の政治に理性と正義を復活させたい」と付け加えた。

共産主義の正当性を信じる政治家

 ヴァーゲンクネヒト氏は、1969年に社会主義時代の東ドイツで生まれた。父親はイラン人、母親はドイツ人である。ベルリンの壁が崩壊した年である1989年の春に、東ドイツの政権党だったドイツ社会主義統一党(SED)に入党。共産主義の正当性を信じる人物で、1991年にSEDの後身党であるPDS(民主社会党)の執行部に所属した。やはりPDSの幹部だったグレゴール・ギジ氏は、「ヴァーゲンクネヒト氏は、東ドイツ市民による民主化要求、ベルリンの壁崩壊から東西ドイツ統一に至る動きを資本主義勢力による反革命と考え、統一後は社会主義国東ドイツの復活を目指していた」と語っている。

 ヴァーゲンクネヒト氏は、2009年の連邦議会選挙で初当選。2007年に結党された左翼政党リンケの連邦議会議員団の共同院内総務も務めた。リンケで最左翼に位置していたヴァーゲンクネヒト氏は、ショルツ政権のウクライナに対する武器供与を批判し、即時停戦とロシアとの和平交渉開始を要求した。このため、ロシアのウクライナ侵攻を糾弾していたリンケの指導部と対立した。同氏は、2023年10月にリンケを離党するとともに、新しい党を結成する方針を打ち出していた。BSWは今年6月の欧州議会選挙を手始めに、9月にザクセン州など旧東ドイツの3つの州で行われる州議会選挙、来年秋の連邦議会選挙に党員たちを立候補させる。

AfD同様に難民規制の強化を要求

 BSWが公表している欧州議会選挙向けのマニフェストを読んでみた。興味深いのは、BSWの提案に極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の政策と重なる点がいくつかあることだ。

 たとえばBSWはAfD同様に、何の規制も受けないまま難民がEU域内に流入する状態に、歯止めをかけるべきだと強く訴えている。特に、欧州への渡航を希望する外国人から金を集めて、船などで欧州に渡らせる「人間輸送業者」の活動を厳しく取り締まるべきだと主張している。

 難民数の増加は、ドイツでAfDへの支持率が第2位、旧東ドイツ地域では首位となっている大きな理由の一つだ。2015年に当時のアンゲラ・メルケル政権が、約100万人のシリア難民に対し、ドイツでの亡命申請を許した超法規措置は、2017年の連邦議会選挙で初めてAfDを連邦議会入りさせる起爆剤となった。特に、難民の住む場所などを準備しなくてはならない地方自治体からは、「我々の対応能力を超えている」、「難民たちの多くは言語も学ばず、ドイツ社会に溶け込もうとしない」という不満の声が聞こえる。

 過去のドイツでは難民政策は、保守派とリベラル派(左派)を分けるテーマの一つだった。保守派は難民の流入数に制限を設けることを要求し、緑の党やリンケのような左派政党は、人道的観点から難民に寛容な立場を取って来た。

 BSWの執行部には、移民系のドイツ人が少なくない。彼らの間には難民に寛容な「国境開放派」もいたが、ヴァーゲンクネヒト氏が難民規制の強化を求めていることから、今のところ「国境開放派」は鳴りをひそめている。左派でありながら難民に対して不寛容な路線を打ち出すBSWは、特異な存在だ。

ロシアに対して宥和的な路線

 もう一つBSWとAfDの政策が似ている点は、親ロシア的な態度だ。BSWは、ショルツ政権とは対照的にロシアのウクライナ侵攻を糾弾せず、ドイツなどEU(欧州連合)諸国のウクライナへの武器輸出を批判している。BSWはマニフェストの中で、「ウクライナ戦争は、米国とロシアの代理戦争だ。欧米は、交渉によって戦争を終わらせようという努力を始めていない。戦火が止まない限り、ウクライナの立場は弱まるばかりだ。欧州は、米国によって本格的な戦争に引き込まれる恐れがある」と警告し、「ロシアと対立を続けていたら、欧州の安全保障は達成できない」と指摘。

 その上でBSWは、「我々は即時停戦と、ウクライナへの武器供与の停止を要求する。EUは援助基金からの支払いを、ウクライナ政府が平和交渉に応じる場合に限るべきだ」と主張している。さらにBSWは、「ロシアに対する経済制裁措置を停止し、ロシアからのエネルギーの輸入を再開するべきだ」と述べ、ウラジーミル・プーチン政権に対して宥和的な態度を打ち出している。同党はウクライナのEU加盟交渉の中止を求めるなど、ヴォロディミル・ゼレンスキー政権に対する厳しい態度が目立つ。

 ヴァーゲンクネヒト氏は、「外交政策については、ミハイル・ゴルバチョフとヴィリー・ブラントの路線を理想にする」と言う。同氏は、2023年2月にベルリンで開かれた反戦集会で、「ウクライナで起きている殺戮と市民の苦しみに一刻も早く終止符を打たなくてはならない。ウクライナに兵器や弾薬を送り続けることは、無意味な消耗戦を引き延ばすだけだ」と述べ、停戦交渉でロシアが受け入れられる条件を準備するよう要求した。ヴァーゲンクネヒト氏は西欧諸国の軍備増強に反対し、軍縮を求めている。

 さらに同氏は、「戦争が欧州全体、そして世界全体に拡大する危険を減らさなくてはならない。核戦争の地獄が出現する危険は、大きい」と警告した。しかし同氏はロシアが2014年にクリミア半島を強制併合し、ウクライナ東部のドンバス地方での内戦に介入し分離独立派を支援したことや、2022年2月のウクライナ侵攻開始後に、ロシア軍が病院、団地、劇場など民間施設を無差別に攻撃していることには全く触れなかった。

 東西冷戦時代に東ドイツは、ソ連の勢力圏内に置かれ、約30万人のソ連軍部隊が駐留していた。学校ではロシア語の学習が強制された。それにもかかわらず旧東ドイツでは、今でも親ロシア的な態度を示す市民が少なくない。このためヴァーゲンクネヒト氏のロシア宥和路線を、好意的に思う有権者もいるかもしれない。

BSWはAfDの票を切り崩せるか?

 一方AfDもウェブサイトで「欧州で平和を長続きさせるには、ロシアとの協力関係を深める以外にない。ロシアを欧州の安全保障体制に参加させることは、ドイツの利益にかなう。ドイツはロシアに対する経済制裁措置を撤廃し、同国との経済関係を深めるべきだ」と親ロシア的な立場を打ち出している。AfDチューリンゲン支部のビェルン・ヘッケ支部長も2023年8月にスイスの新聞とのインタビューで、「西側諸国のメディアは、プーチン大統領を現代のヒトラーに見せかけようとしているが、ウクライナ戦争の原因はロシアだけにあるわけではない。私は、ドイツの技術とロシアの天然資源を組み合わせれば、両国は無敵のコンビになると思う」と述べ、プーチン政権を擁護している。AfDもロシアの天然ガスの輸入再開に前向きな姿勢を見せている。

 BSWは、AfDのようなEU脱退(Dexit)は主張していない。しかし、「EUの官僚機構が肥大して、あまりにも大きな影響力を持つようになり、加盟国の市民生活に様々な制限を加えている現状を変えるべきだ」という批判的な姿勢には共通点がある。

 つまりBSWは左翼政党リンケから分離した政党だが、リベラルな政党ではなく、難民・ウクライナ問題などであえてAfDと似た政策を打ち出している。このためドイツ市民の中で、ショルツ政権の対ロシア政策や難民政策に不満を抱いているが、AfDの極右的傾向になじめないと感じている人は、BSWに鞍替えする可能性がある。

 

 BSWとAfDが票の奪い合いを展開すれば、社会民主党(SPD)やキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)など伝統的な政党は、少なくともAfDによる州政府での政権奪取といった事態を防ぐことができる。その意味で、今年6月の欧州議会選挙は、BSWが州議会選挙や来年の連邦議会選挙でAfDからどの程度の票を奪うかを占う、重要なイベントになるかもしれない。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
熊谷徹(くまがいとおる) 1959(昭和34)年東京都生まれ。ドイツ在住。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン特派員を経て1990年、フリーに。以来ドイツから欧州の政治、経済、安全保障問題を中心に取材を行う。『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮新書)、『ドイツ人はなぜ年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など著書多数。近著に『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか 』(NHK出版新書)、『パンデミックが露わにした「国のかたち」 欧州コロナ150日間の攻防』 (NHK出版新書)、『ドイツ人はなぜ、毎日出社しなくても世界一成果を出せるのか 』(SB新書)がある。
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