米大統領ドナルド・トランプ(79)が試みたロシア・ウクライナ戦争のいわゆる「停戦」交渉は、すったもんだの騒ぎを繰り広げたあげく、何の進展も見ていない。一連の過程で顕著なのは、当事者であるウクライナを十分考慮せずして物事を進めようとする米政権の大国意識である。トランプの頭の中は、米国とソ連が世界を二分して支配していた冷戦時代の思考回路から、さほど進歩していない。
ただ、冷戦時代そのままの2極構造で世界を理解しようとする傾向は、政治家に限らず、研究者や知識人にも散見される。グローバル秩序の決定権を握るのは米国やロシアだとして、ウクライナの存在を過小評価し、ウクライナ抜きにロシア・ウクライナ戦争を論じようとする姿勢は、学界や言論界にも根強いからである。
欧米対ロシアの「冷戦根性」を引きずる二元論にとらわれず、かといって欧米以外を「グローバル・サウス」と位置づけて「欧米」対「欧米以外全部」の新たな二元論を妄想することもなく、現実に即した世界観からロシア・ウクライナ戦争を見つめられないか。ウクライナ出身の政治学者カテリーナ・ピシコヴァ(Dr. Kateryna Pishchikova)はこう問いかける。そのために考慮すべきなのは、ウクライナの課題をウクライナだけのものとせず、旧共産圏諸国に共通する課題として位置づける視点だという。
彼女の論考1と、彼女への複数回のインタビューから、この問題を考えてみたい。
ウクライナは「バッファゾーン」
ピシコヴァはウクライナ東部ハルキウ出身で、主に旧ソ連地域の政治学、国際関係論を専門とする。アムステルダム大学で博士号を取得し、米コーネル大学客員研究員などを経た後、現在はイタリア国際政治研究所准研究員(ロシア・コーカサス、中央アジア担当)、イタリア電子キャンパス大学准教授を務めている。
ロシア・ウクライナ戦争に関しては、この戦争が持つ意味や現代史における位置づけを巡って、学界での議論が活発である。ピシコヴァによると、その中でも2つの論調が目立つという。
第1はいわゆる「リアリスト」の考え方である。その代表はシカゴ大学教授ジョン・ミアシャイマーだろう。彼らは、世界が依然として大国同士のパワーバランスによって支配されていると見なし、現在の多極世界は傲慢なリベラルによって生み出された一過性のものに過ぎない、と考える。欧米に対抗する存在として「ロシアとイランとの連携」や「中国が主導する非欧米非民主主義連合」を警戒する一方で、大国の動き以外には関心が薄い。ウクライナもしょせん「バッファゾーン」に過ぎず、真剣な研究対象には値しないとみる。
こうしたリアリストが思い描く国際秩序は、ロシア大統領ウラジーミル・プーチンが抱く新帝国主義的修正主義と一致する面が多いと、ピシコヴァは指摘する。それは皮肉なことに、プーチンの存在を「唯一の現実的な人物」として正当化することにつながりかねないという。
リアリストの発想は右派や右翼に多いものの、実際には左派や左翼にもうかがえる。強い反米意識のあまり、欧米とは逆の立場にある国や勢力を無条件に支持するからである。
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