現実味を増すブラジル・ルーラ大統領の「再選」シナリオ:トランプ関税への反発も追い風に

執筆者:菊池啓一 2025年11月14日
エリア: 中南米
今後、米国との関税交渉で「譲歩」を引き出せれば、再選の可能性は一層高くなるだろう[COP30の開会式で演説するルーラ大統領=2025年11月10日、ブラジル・ベレン](C)AFP=時事
ブラジル司法によるソーシャルメディア規制や盟友ボルソナーロ前大統領への「魔女狩り」を理由に、トランプ米大統領はブラジルからの輸入品に50%の高関税を課した。しかし、この「トランプ・ショック」は皮肉にも、左派ルーラ現政権の支持率を復調させた。右派には実刑判決を受けたボルソナーロ以上の候補は見当たらない。フレイタス・サンパウロ州知事とボルソナーロの妻のミシェリ・ボルソナーロが有力候補に挙げられるが、現時点では再出馬予定のルーラが優勢な状況である。【編集:和田大樹、PAX株式会社】

 2025年7月9日、翌年に大統領選を控えるブラジルにとって衝撃的なニュースが飛び込んできた。米国のドナルド・トランプ大統領(2017~2021年、2025年~在職)がブラジルのルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ大統領(2003~2010年、2023年~在職。以下、ルーラ)に宛てた書簡において、同年8月1日以降にブラジルからの全ての輸入品目に対して米国が50%の関税を課すことを宣言したのである。その書簡の中で、トランプはクーデタ企図の罪などによって起訴されている自由党のジャイール・ボルソナーロ前大統領(2019~2022年在職)に対する裁判を問題視し、同裁判を「直ちに終わるべき魔女狩りだ」と非難した。また、ブラジル連邦最高裁による米国のソーシャルメディア・プラットフォームに対する「秘密かつ違法な検閲命令」や、「ブラジルの関税、非関税政策、貿易障壁」も関税を50%とすることの根拠であるとしている1

 実際には世界一律のベースライン関税率である10%への追加関税分(40%)の対象から約4割の品目が除外されたものの2、50%関税は2025年8月6日にそのまま発効となった。さらに、デジタル取引や電子決済サービスなどに関するブラジルの政策や慣行が米国通商代表部による1974年通商法第301条の調査対象となるなど3、一連のトランプ政権による政策がブラジル経済に与えるネガティブな影響が懸念されている。しかしその一方で、後述するように、労働者党のルーラ率いる現政権の支持率は決して悪くない。

 では、右派であるトランプの動きは結果的に2026年大統領選における左派のルーラの再選を助けることになるのであろうか。本稿ではこの問いについて考察すべく、先述の書簡におけるトランプの「言い分」の背景および50%関税に対するルーラ政権の対応と市民の反応を検討し、2026年大統領選を展望してみたい。

相互関税のターゲットは「司法」

 トランプ政権による「相互関税」は基本的には貿易不均衡の是正を意図したものであるが、米国の対ブラジル貿易収支は黒字である4。トランプは前述の書簡の中で「ブラジルの関税、非関税政策、貿易障壁」の詳細を明らかにしていないが、米国通商代表部はデジタル取引や電子決済サービスなどに関する法律・政策・慣行、そして司法の判断が米国のデジタル・プラットフォームにネガティブな影響を及ぼしているとしている5。同書簡でボルソナーロに対する裁判やブラジル連邦最高裁の米国のソーシャルメディア・プラットフォームへの対応が問題視されていることも勘案すると、50%の関税を課す理由のかなりの部分がブラジルの司法に由来していると言っても過言ではない。

 ブラジルの連邦最高裁は、憲法判断を行う上級裁判所として、ラテンアメリカの中でも特に権限が強いことで知られている6。近年は多くの政策分野において司法が重要な役割を果たしているが、ここでボルソナーロと対立してきたのが、アレシャンドレ・デ・モラエス連邦最高裁判事(2017年~在職)である。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
菊池啓一(きくちひろかず) 独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所 地域研究センター・主任調査研究員 1978年生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程を修了(法学修士)ののち、ピッツバーグ大学博士課程修了、Ph.D.(政治学)を取得。2014年にアジア経済研究所に入所。専門は比較政治制度論、ラテンアメリカ政治。主著に『現代ラテンアメリカ政治を読み解く』(アジア経済研究所、2025年、共編著)、Presidents versus Federalism in the National Legislative Process: The Argentine Senate in Comparative Perspective(Palgrave Macmillan、2018年)など。
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