メルツ独首相の「町の風景」発言に批判――AfD主張と同一線上?

執筆者:熊谷徹 2025年11月20日
タグ: ドイツ 移民
エリア: ヨーロッパ
メルツ首相の「町の風景」発言は、AfDが難民問題を取り上げる時に使うレトリックに近い[2015年9月にミュンヘン中央駅に到着したシリア難民たち](写真は筆者撮影)

 ドイツでは、フリードリヒ・メルツ首相(キリスト教民主同盟・CDU)の「町の風景(Stadtbild)」についての発言が激しい議論を引き起こしている。多くの市民が「極右政党・ドイツのための選択肢(AfD)の主張と同一線上にある」と感じたからだ。

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「町の風景が問題だ」

 議論のきっかけは、10月14日にメルツ首相がポツダムで行った演説だった。彼は「我々の努力によって、ドイツへの亡命申請者数は2024年8月から今年8月までに60%減った。だがドイツの町の風景には、まだ問題がある。したがって内務大臣は多数の外国人を強制退去させるための努力を続けている」と述べた。

 この発言は言葉足らずで、ドイツに住む全ての外国人、あるいはドイツ国籍を取った外国人をも批判しているかのような誤解を与えた。このため緑の党から「メルツ氏の発言はドイツに住む外国人らの心を傷つけるものだ」と批判が上がった。

 メルツ氏は数日後に行った演説で「私が先日の演説の中で指摘した外国人とは、ドイツでの滞在資格や仕事を持っておらず、この国の規則を守らない移住者だ。彼らは駅、地下鉄、公園などにおり、町の風景の中で目立っている。彼らは警察にとっても大きな問題となっている」と補足した。

 メルツ氏は10月20日の演説で「最初の発言を撤回する気は全くない」と語った。その際には「娘を持っている人は、娘に聞いてごらんなさい。彼女らは、私が指摘したことをみなさんに説明してくれるだろう」と付け加えた。特に女性たちが、滞在許可や仕事を持たずに駅や公園でうろついている外国人によって、「襲われるのではないか」という不安を持っているに違いないと示唆したのだ。

 だが首相はこの二度目の演説の発言によって、むしろ一部の市民の怒りの火に油を注いだ。10月21日にはベルリンのCDU本部の前に約2000人の市民が集まり、メルツ氏の発言に抗議した。デモを呼びかけた女性の気候活動家ルイーザ・ノイバウアー氏は、「メルツ氏の発言は人種差別的であり、移民系市民の人格を傷つける。私たち女性は、メルツ氏によって、彼の差別的発言を裏付けるための証人として使われるのはごめんだ」と述べ、首相の発言を強く批判した。

 抗議集会に参加した人々が持つプラカードには、「町の風景で問題なのは、人種差別主義だ」とか、「私たちこそが娘だ。私たちは、多文化主義に賛成し、排外主義に反対する」という主張が書かれていた。

 緑の党の連邦議会議員団のカタリーナ・ドレーゲ院内総務は、「メルツ首相の町の風景に関する発言は人種差別であり、不適切だ。首相は、この発言の中で市民の肌の色だけを基準にしている」と述べ、首相に謝罪を求めた。

 ドイツ経済研究所(DIW)のマルセル・フラッチャー所長は、「メルツ首相の町の風景に関する発言は社会を分断し、ドイツ経済に深刻な悪影響を与える。この国の繁栄と労働力は、高学歴・高技能の移民をひきつけることができるかどうかにかかっているからだ」と述べた。

約4人に1人が移民系市民

 メルツ氏の町の風景発言の問題点は、特に10月14日の演説の中で説明が不十分で、同氏があたかもドイツの町に「外国人に見える市民」が多いことを問題視しているかのような印象を与えたことだ。この国で町を歩けば、外国人のような外見の市民が多いことは事実だ。だが歴代の政権がこの国をカナダなどと同じ移民国家と位置付け、少子高齢化に対応するために、毎年40万人の高技能・高学歴移民を受け入れようとしているのだから、外国人風の市民が多いのは無理もない。私が住んでいるミュンヘンのアパートにも、ドイツ人だけではなく、インド人、カナダ人、ノルウェー人、ルーマニア人、中国人など様々な国籍の人が住んでいる。

 ドイツでは外国人、ドイツに帰化した外国人、ドイツに移住した外国人の子どもは、移民的背景を持つ市民と呼ばれる。連邦統計局によると、2024年末の時点で移民的背景を持つ市民の数は2120万人。人口の25.6%にあたる。つまりドイツの住民のほぼ4人に1人が移民系市民なのだ。連邦議会議員、大臣、公共放送局のニュースキャスターなどにも、白人系ではないドイツ人は珍しくない。

 この国では、黒人またはアジア人などのように見えても、ドイツ国籍を持っている市民が少なくない。2024年だけで約29万人がドイツに帰化した。彼らは外見だけでは、外国人かドイツ人か判断できない。メルツ氏はこうした町の風景をめぐる議論を、いわば「取るに足らない問題」として無視しようとしている。

 だが、それは明らかに判断を誤っている。「町で見かける外国人風の市民の多さ」は、極右政党AfDが難民問題を取り上げる時に好んで使うレトリックだからだ。2017年に、当時AfDの共同党首の一人だったイェルグ・モイテン氏は、連邦議会選挙後の党首討論会で、「最近ドイツの町を歩いても、ドイツ人の姿を見かけることは少ない。こんな状況を政治の目標にするべきではない」と語った。

 このモイテン氏の言葉は底が浅く、非論理的である。外見だけでは、外国人かドイツ人かを判断することはできないからだ。この党首討論会で当時首相だったアンゲラ・メルケル氏は、こう反論した。「私は違う意見を持っている。その理由は、町を歩いている外国人風の人(移民系市民)を見ても、その人がドイツ国籍を持っているか、または持っていないかを見分けることができないからだ」。ドイツに住む外国人や帰化した外国人の大半は、税金や社会保険料を支払い、法律を守っている。多文化社会となっているドイツで、外見だけから「怪しい外国人」と決めつけることは、浅はかな行為だ。欧州のネオナチ勢力の中には、白人系のドイツ人の血を引く「生物学的ドイツ人」と、帰化した「書類の上だけのドイツ人」を区別する者もいる。

「アジア人の顔や姿は、ヨーロッパの町の風景になじまない」――排外主義の現実

 しかし欧州では、モイテン氏のような考え方の市民に時々出会う。私はある時、妻と義理の両親とともに、ミュンヘンからオーストリアのザルツブルクに車で旅行した。オーストリアの高速道路の休憩所で、レストランに入った。昼時だったため、レストランはとても混んでいた。一人の年配の白人女性が、空席を見つけることができずに困っていた(言葉の訛りから、オーストリア人ではないかと感じた)。そこで、私たちのテーブルに相席で座らせてあげた。私たちはその女性としばらくの間、よもやま話をしていた。

 だがその女性は、「最近はヨーロッパで外国人が増えている。アジア人の顔や姿は、ヨーロッパの町の風景になじまない」と言ったのだ。アジア人である我々には不快な言葉であり、テーブルの和やかな雰囲気は、たちまち凍り付いた。「親切心から相席で座らせてあげたのに、こんな言葉を聞かされるとは」と思った。

 私は口には出さなかったが、「ヨーロッパ人にはこういう本音を持っている人がいるのだな」と感じた。欧州でも、こういう人種差別的な本音を堂々と言う人は滅多にいない。したがって私はジャーナリストとしての観点から、この言葉を聞けたことについて、内心「貴重な体験だ」と思った。今考えると、この女性の言葉には、モイテン氏の言葉に共通する排外主義が含まれていた。

 メルツ氏は、失言が多い政治家だ。メルツ氏は首相に就任する前の2023年9月に、「皆さん、ドイツの市民が怒るのも無理はない。約30万人の亡命申請者は、亡命を認められなくてもドイツに留まっている。彼らはドイツで社会保障サービスを受けている。彼らが歯医者で治療を受けているために、ドイツ人が歯医者のアポイントメントを取れなくなっている」という差別的な発言を行ったこともある。

 実際、歯医者や町の風景をめぐるメルツ氏の発言には、極右政党の政治家の発言に似ている部分もある。CDUには、「AfDを差別せずに、将来協力することも考えるべきだ」と主張する政治家もいる。難民政策においては、両党の主張の間に重なり合う部分がある。AfDは、連邦議会での議席数が、CDU・キリスト教社会同盟(CSU)に次いで二番目に多い政党である。

「保守政党が将来、中央政界でAfDと政策協力を行うのではないか」というリベラルなドイツ人の不安感は、ドイツに住む外国人である私にとっても他人事ではない。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
熊谷徹(くまがいとおる) 1959(昭和34)年東京都生まれ。ドイツ在住。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン特派員を経て1990年、フリーに。以来ドイツから欧州の政治、経済、安全保障問題を中心に取材を行う。『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮新書)、『ドイツ人はなぜ年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など著書多数。近著に『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか 』(NHK出版新書)、『パンデミックが露わにした「国のかたち」 欧州コロナ150日間の攻防』 (NHK出版新書)、『ドイツ人はなぜ、毎日出社しなくても世界一成果を出せるのか 』(SB新書)がある。
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