行き先のない旅 (30)

日本再発見の旅

執筆者:大野ゆり子 2005年11月号
エリア: ヨーロッパ

 この原稿を執筆している現在、ベルギー王立歌劇場の引越し公演のために来日している。公演スタッフのほか、ベルギーの取材陣、後援会などを含めると総勢二百名ほど。大半の人にとっては今回が初来日なので、何もかもがもの珍しく、こちらも新鮮な眼差しで日本を見直す機会に恵まれている。 大人数で動くと、ハプニングはつきものである。以前、東欧のオーケストラの初来日ツアーを行なったときは、ある団員が本番用のズボンを洗濯に出したまま忘れて来てしまった。象さんのような体つきの彼は成田空港でしょんぼりと肩を落とし、自分のサイズが記入してあるズボンのイラストを申し訳なさそうに私に渡した。「黒いズボンなんて、日本にはいくらでもあるから」と慰めて軽く請け負ったのだが、甘かった。当てにしていた都心の百貨店には3Lのサイズまでしか在庫がない。取り寄せたら一週間はかかり、翌日のコンサートに間に合わすのは無理である。問い合わせた七件目の百貨店の紳士服担当者が「そのサイズなら両国をあたったら」と言って下さったのが、一筋の光明となった。

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執筆者プロフィール
大野ゆり子(おおのゆりこ) エッセイスト。上智大学卒業。独カールスルーエ大学で修士号取得(美術史、ドイツ現代史)。読売新聞記者、新潮社編集者として「フォーサイト」創刊に立ち会ったのち、指揮者大野和士氏と結婚。クロアチア、イタリア、ドイツ、ベルギー、フランスの各国で生活し、現在、ブリュッセルとバルセロナに拠点を置く。
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