行き先のない旅 (40)

アルバート公ゆかりの音楽祭「プロムス」の面白さ

執筆者:大野ゆり子 2006年9月号
エリア: ヨーロッパ

 夏になると、ヨーロッパのあちこちで音楽祭が開かれる。今年は、モーツァルトの生誕二百五十周年を記念し、彼の二十二演目のオペラを上演して話題を呼んでいるザルツブルク音楽祭をはじめ、ワーグナーが自分のオペラ上演のために作った南ドイツのバイロイト音楽祭、南仏の避暑地のエクサンプロヴァンス音楽祭など、それぞれの土地柄にあった演目や雰囲気づくりは、多くの観光客も惹きつけている。その中でも、独特の味わいがあって興味深かったのが、先日夫がマーラーなどの演目を指揮した、ロンドンの「プロムス」という音楽祭だ。 何が面白いかというと、まず、なんと言っても音楽祭の行なわれるロイヤル・アルバート・ホールの建築である。古代ローマの円形劇場や闘牛場を思わせる作りのホールは、客席約五千席。ここでは、たとえば大相撲の引越し公演なども行なわれたそうだ。さすがにクラシックのコンサートの場合は、一方に舞台を組んでオーケストラを配置するわけだが、通常のコンサートホールのように指揮者の背中に対して平行に椅子が並んでいるわけではない。円形劇場風の座席はそのままなので、たいていの人は、舞台を横に見ながら聞き入ることになる。ちょうど大相撲公演のときに土俵になった場所には座席がなく立ち見用で、安い切符を買って聴きに来る人で一杯になる。通常のホールだったら、指揮者のすぐ後ろの席は、一番値段が高いので、着飾った人で埋まるはずだが、「プロムス音楽祭」では、ここにヒッピー風の人、ジーンズにバックパックを背負った学生がびっしりと立っていて、なんとも面白い光景である。

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執筆者プロフィール
大野ゆり子(おおのゆりこ) エッセイスト。上智大学卒業。独カールスルーエ大学で修士号取得(美術史、ドイツ現代史)。読売新聞記者、新潮社編集者として「フォーサイト」創刊に立ち会ったのち、指揮者大野和士氏と結婚。クロアチア、イタリア、ドイツ、ベルギー、フランスの各国で生活し、現在、ブリュッセルとバルセロナに拠点を置く。
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