インテリジェンス・ナウ

「国内テロ」集団を使ったトランプ大統領:議事堂占拠事件は「クーデター未遂」か

執筆者:春名幹男 2021年1月20日
エリア: 北米
1月6日、ホワイトハウス近くの公園で「扇動」演説を行ったトランプ大統領。観衆は熱狂した (C)EPA=時事

 

 1月6日に起きた米連邦議会議事堂への暴徒の侵入。日本のメディアでは『NHK』が「乱入」と伝えているが、それでは予想外の突発的事件との印象が強く、真相が伝わらない。

 他方、米メディアは明確に「insurrection (反政府暴動あるいは反乱)」と断じている。米下院本会議が可決したドナルド・トランプ米大統領に対する弾劾訴追決議も同じ言葉を使い、「合衆国に対する暴動もしくは反乱」に関与した者は「公職」に就けない、とする憲法修正第14条第3節を引用した。

 約4時間も続いたこの議事堂占拠は「国内テロ組織」が実行したものであり、トランプ大統領の「違法な権力維持」を目的とした極めて計画的な「クーデター」未遂事件(『ワシントン・ポスト』)との見方があることも注目すべきだ。

 実際、この事件で各州から上下両院に送付された選挙人投票結果認証文書が盗まれたり、上院議長を務めていたマイク・ペンス副大統領が暴徒に身柄を拘束されていたら、両院はジョー・バイデン次期大統領の当選を当面、認証することができず、米国の民主主義は危機に瀕していたに違いない。

 連邦捜査局(FBI)は事件後、「インテリジェンス・ブレティン」(緊急速報)を発して不測の事態を回避するよう、警察、軍部に伝えていた。

 この「国内テロ組織」はトランプ大統領とどんな関係があり、具体的には何を狙ったのか、内幕を探った。

証拠のない主張で裁判は全敗

 昨年11月3日の米大統領選挙で負けたトランプ陣営が、開票結果を覆すために最初に手を付けたのは、裁判闘争だった。50件以上の訴えを各地で起こし、「選挙は不正」と訴えた。しかし、延べ約90人に上る裁判官はいずれも「証拠不十分」として、却下。トランプ大統領が、最後まで集計のやり直し作業を行っていたジョージア州の州務長官に電話して、開票結果を覆すよう要求するひと幕もあった。

「不正」の主張は、貿易担当大統領補佐官、ピーター・ナバロ氏が作成した「完璧な詐欺」と題する36ページのレポートが詳しい。

 筆者が入手したこのレポートは、ジョージア、ミシガン、ペンシルベニアなど6つの激戦州で、(1)有権者の不正(買収、無資格投票、幽霊有権者など)(2)投票用紙の不正な取り扱い(3)郵便・不在者投票の規則違反(4)有権者のIDチェックなどの問題(5)投票集計機械の不正(6)投票率など統計的な不正――を指摘している。

 いずれの問題でも不正にバイデン候補に与えられたとする票数などを列記してはいるが、証拠は1つも示していない。たとえば、(5)の投票機械の問題では、28州で使われたとされるドミニオン社の機械が「ベネズエラの独裁者、故ウゴ・チャベス前大統領が不正選挙に使ったかもしれない」などとあやふやな情報に終始している。これでは裁判に勝てるはずがない。

「ロシア疑惑」の特別検察官捜査でも「ウクライナ疑惑」の弾劾訴追でも、トランプ大統領を堅固に守ったウィリアム・バー前司法長官も「投票結果を覆すほどの不正はなかった」と言明、これで決着が付いたかに見えた。

「戒厳令」布告案も検討

 最終的に各州とも12月14日、開票結果を認証、選挙人の投票結果をまとめて、米議会に送付した。

 しかし、トランプ大統領はあきらめていなかった。

 12月18日と21日、いずれも数時間にわたり、ホワイトハウス執務室に「陰謀説」を支持する面々を集めて、対策を練った。側近の弁護士、ルディ・ジュリアーニ、強硬派の弁護士シドニー・パウエル、元大統領補佐官(国家安全保障問題担当)マイケル・フリン、ネット上の余剰在庫販売会社オーバーストック社元CEO(最高経営責任者)パトリック・バーンの各氏で、いずれも外部のアドバイザーだ。

 この会議には、ホワイトハウスのマーク・メドウズ首席補佐官、パット・シポロン法律顧問らは電話で参加した。

 外部の弁護士らは開票結果を覆すため極端な強硬論を主張。これに対してホワイトハウス高官は憲法上の問題などを挙げて、激論になったが、結局強硬論が勝った。

 フリン元補佐官はその際、何らかの危機をきっかけに大統領が「戒厳令」を布告して軍を動員、激戦州で選挙のやり直しを強制する、といったシナリオを提案したと伝えられる。しかし、その案は採用されなかったようだ。

 今年1月3日付『ワシントン・ポスト』に過去の前・元国防長官10人が連名で「米国の選挙では軍部の役割はない」とする寄稿をしたのは、戒厳令の布告に反対し、警告するのが狙いだとみられる。

 いずれにせよ、トランプ大統領は選挙結果を覆す方法を模索していた、とホワイトハウス筋は米メディアに漏らしている。そして結局、1月6日の米議会での選挙人投票結果認証に反対する作戦に賛成したとみられる。

「Qアノン」はロシアが支援か

 この会議と相前後して、大統領は自分を支持する下院議員らと会談した。その際議員らはまさに、議会の認証に挑戦する考えを示したというのだ。問題は、彼らが考えていたのは、議会認証に反対票を投じることだけだったかどうかだ。

 実は、大統領と会った議員の1人、マージョリー・グリーン氏(ジョージア州選出)は、議事堂占拠事件に関わったグループ「Qアノン」の支持者として知られ、明らかに議事堂を占拠する計画をいずれかの時点で聞いたはずだ。

 Qアノンとは、2017年10月ごろネット上で発生した極右の陰謀論を主張するグループで、ロシアの支援で拡大したともいわれる。2018年以降は特にトランプ再選運動に力を入れてきた。

 2019年5月30日付のFBIフェニックス事務所が発した「インテリジェンス・ブレティン」は、Qアノンも「国内テロ」の組織と指摘している。

 2020年12月下旬、「アメリカ・ファーストのための女性たち」という団体がワシントンで1月6日にデモを行うと申請。トランプ大統領は12月19日、ツイッターに「1月6日ワシントンで大抗議デモ。参加しよう。荒れるぞ」と書き込んだ。

「トランプの党」と化したQアノン

 これがトランプ大統領からの指令、ないしは合い言葉になり、インターネット上で、Qアノンが「プラウドボーイズ」など他の過激派や武装右翼、白人至上主義組織と一緒になって、1月6日のデモと議事堂占拠の準備作業をネット上で行ったようだ。

 彼らは事実上、「トランプの党」と化し、共和党を乗っ取ったような形になった、と言えるかもしれない。

 彼らは昨年夏以降、ツイッターのアカウントを停止され、「パーラー」とか「ギャブ」といった新興のSNSを使用。ネット上で、ドアをこじ開けるのに使う道具などに関するやり取りをした。議会内に銃を持ち込む書き込みは少なくとも12回あったという。

 1月6日当日の正午前、トランプ大統領はホワイトハウス南側の楕円形の公園「エリプス」で、彼らを前に、約1時間にわたり演説。「選挙は盗まれた」と叫び、直ちに議会へ抗議に行こうと「檄!」を飛ばした。

 その直後、ネット上では大統領の扇動に呼応して議会突入を呼び掛ける書き込み数百件が寄せられたという。

 彼らは議事堂に到着後、ガラス窓を破るなどして突入。その際、仲間から中の構造などについて説明を受けてから、議事堂内に入って行った。そのシーンの動画は米大手メディアのサイトなどで放映されており、明らかに議事堂突入が計画的犯行だったことがうかがえる。

「ペンスはどこだ」

 さらに、彼らはペンス副大統領の身柄を狙っていた疑いも指摘されている。トランプ大統領はエリプスでの演説で、「マイク・ペンスはわれわれの要求に応えるべきだ」とも発言している。

 トランプ大統領は先に、上院議長でもある副大統領が選挙人の投票結果を覆し、「地滑り的勝利をした」自分の当選を認めよ、と求めていた。しかし副大統領自身は5日に議会でその点を調査し、副大統領にそんな権限がないことを確認して、大統領にその旨返答していた。

 そして午後2時15分、上下両院本会議の審議中に暴徒が突入。議員らは「議員バッジ」を外して机の下に身を隠したり、安全な場所に向けて逃走したりした。

 午後2時24分、トランプ大統領がツイッターに「ペンスはやるべきことをやる勇気がない」と書き込むと、議会内で暴徒の中から「ペンスはどこだ」という声が上がったという。

 しかし、ペンス副大統領の姿は見つからなかった。副大統領は「安全な場所」に避難したとされているが、それがどこだったか正確なことは明らかにされていない。

選挙人投票結果認証文書も無事

『ワシントン・ポスト』によると、大統領警護隊(シークレットサービス)の警護官が副大統領と妻、娘を安全な場所に連れ出したが、暴徒は近くに押し寄せており、間一髪で難を逃れたという。

 また、各州から送付された選挙人投票結果の認証文書については、同紙によると、共和党のベン・サス(ネブラスカ州選出)、マイク・ラウンズ(サウスダコタ州選出)両議員の支援を得て、一時的に安全な場所に運び出したといわれる。

 ペンス氏は健在で、かつ選挙人の投票結果を認証する文書は暴徒に盗まれることがなく、暴徒は全員議事堂警察によって排除されたため、議会は約4時間後に議事を再開、翌7日午前3時42分無事に終了し、バイデン氏の大統領当選を確認した。

 これにより、投票結果を覆そうとするトランプ大統領とQアノンなどの暴徒のもくろみは失敗に終わり、1月20日にバイデン氏が次期大統領に就任することが正式に決まった。

大統領の国内テロ扇動を認定するか

 トランプ大統領に対する弾劾訴追を受け、上院で行われる弾劾裁判と並行して、FBIによる刑事事件捜査が続けられる。

 注目されるのは、FBIがQアノンなどによる議事堂占拠の目的をクーデター未遂と認定するかどうか、さらにトランプ大統領がエリプスで行った演説について議事堂占拠を扇動した刑事責任を追及するかどうかだ。Qアノンと大統領の共謀による計画的犯行と認定する証拠を発見できるかどうかも注目される。

 大統領が刑事訴追され、有罪判決が言い渡された場合、公民権が停止され、次期大統領選に立候補できない可能性がある。

 米戦略国際問題研究所(CSIS)が昨年10月に発表したテロ報告書によると、米国内で2020年1~8月に起きたテロ事件61件のうち41件は白人至上主義グループなど「国内テロ組織」だった。国内テロは米国にとって安全保障上の脅威になりつつある。

 

カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
春名幹男(はるなみきお) 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
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