国際政治論壇レビュー(2021年6月-1)

概観/1. 台湾をめぐる懸念の拡大/2. 中国の脅威に正しく対応すること

執筆者:細谷雄一 2021年6月23日
エリア: アジア 北米
中国軍の新型強襲揚陸艦「海南」(中国国営中央テレビより)©時事
今月も緊迫化する台湾情勢をめぐる議論が盛んだった。軍事的な危機を強調する声がある一方、中国はむしろグレーゾーン戦術や経済的威嚇を用いると指摘する専門家もいる。また、米中間のサプライ・チェーンを完全に分断することは不可能である以上、「競争」という言葉のみで米中関係を規定することに対する批判も見られた。

 

概観

 6月11日からイギリスのコーンウォールではじまったG7サミットは、二年ぶりの対面で、先進民主主義諸国の首脳が集まる会合となった。また、ジョー・バイデンの大統領就任後の、はじめての外国訪問の機会でもあった。

 議長国のイギリスと、「民主主義サミット」開催を企図してきたアメリカの、両国政府は「新大西洋憲章」を発表し、民主主義諸国が結集し、国際社会を主導する勢力となる意思を表明した。はたして、コロナ禍で中国やロシアという権威主義体制の影響力が拡大する中で、このG7サミットは民主主義勢力のダイナミズムを回復する景気となるであろうか。

 この一ヵ月間で最も注目された国際的なイシューは、引き続き台湾問題をめぐる米中対立と、中国による武力侵攻の可能性をめぐるものであった。中国による台湾の武力統一の可能性については、中国専門家の間でも意見が分かれているが、引き続きこの問題が国際的な関心を惹きつけている。日本にとってもこの問題は無関係ではない。そのような日本周辺における軍事衝突の勃発により巨大な影響を被ることを考えると、そのような危機に対しての適切な情勢認識と、必要な戦略の選択が不可欠であろう。

 さらには、オーストラリア、インド、ヨーロッパにおける中国に対する不信感と警戒感の拡大が、新しい国際政治のダイナミズムを生み出している。それがはたして長期的にどのような意味を持つことになるのか、依然として不透明である。だが、引き続きそのような動きに注目して、国際関係がよりいっそう複合的かつ不透明になっていることに留意することが重要だ。実際、この一ヵ月で、EUとインドの関係強化や、欧州のインド太平洋関与の拡大に関連した論考も注目された。

 イスラエルにおける政権交代もまた、中東の地域情勢の今後を左右する重要な動向として注目する必要がある。米中対立の構造がもたらすグローバルなレベルでの相互不信と相互の牽制の構図と、それらから自律した地域独自の政治力学が複雑に連動しており、そのようななかで国際情勢の動向を複合的かつ多面的に観ることがこれまで以上に重要となっている。そのような視点から、最近の国際論壇の動向を概観したい。

1.台湾をめぐる懸念の拡大

 今年の3月9日に、米インド太平洋軍のフィリップ・デービッドソン司令官は上院軍事委員会において、「今後6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性がある」と発言した。それ以降、専門家の間では、台湾問題をめぐりさまざまな論考が浮上している。はたして中台間での軍事的緊張は、近いうちに軍事衝突へと発展して、東アジアで戦火が勃発するのだろうか。軍事的な危機を強調する論考と、むしろそれを否定、ないしはより抑制的に論じる論考と、双方の主張が見られた。

 2012年のアメリカ大統領選挙で共和党候補であったミット・ロムニー上院議員は、いまや台頭する中国がアメリカにとっての深刻な実在的脅威となっている現実から目を背けるべきではないと、『ワシントン・ポスト』紙に寄せた論考で主張する[Mitt Romney, “We can’t look away from China’s existential threat(我々は中国の実存的脅威から目を背けることはできない)”, The Washington Post, May 13, 2021]。ロムニーの論考は、中国の軍事的脅威を強調するものである。購買力平価では中国経済はすでにアメリカのそれを上回っており、いずれ名目GDPでもそうなるであろう。またすでに太平洋地域における戦力では、中国がアメリカを上回っている。後になってから、それに気がつかなかったということでは手遅れだ。ロムニーはそのように、台頭する中国がアメリカにとって、あるいは太平洋の地域秩序にとっての深刻な脅威となっている現実を直視する必要性を説いている。

 それでは、実際に米中間での戦争が現在勃発した場合には、どちらが勝利を収めることになるのだろうか。『2034年』と題する共著でのSF小説のなかで、将来の米中間の軍事衝突のシナリオを描いているジェイムズ・スタヴリディス米海軍提督は、『Nikkei Asia』に寄せた論考では実際にそのような戦争が起こった場合にどちらが勝利を収めるかを、冷徹に分析している[James Stavridis, “If the US went to war with China, who would win?(もしも米中が戦争になったら,誰が勝つのか?)”, NIKKEI ASIA, May, 30, 2021]。元軍人として、イデオロギーや価値判断を排して冷静に軍事バランスを認識して、実際に戦争が勃発した際のシミュレーションをすることは重要だ。もちろんのこと、実際の戦争は多くの不透明性に覆われるであろうが、世界中に兵力を分散させる米軍とは異なり、中国人民解放軍は自国周辺に兵力を集中させており、南シナ海での軍事衝突では中国側が多くの点で有利であることに警鐘を鳴らす。

 そのような偶発的な米中間の軍事衝突を懸念しているのは、アメリカのみではない。中国人民解放軍海軍少将である杨毅もまた、アメリカの軍事的挑発により不測の事態が軍事衝突に発展する懸念を示しており、そのような軍事的エスカレーションを統御する必要を説いている[杨毅(Yang Yi)「谨防“意外事故“引发中美战略危机(不慮の事故を引き金とする米中戦略危機を警戒するべき)」『环球网』、2021年5月25日]。米中双方の指導的な地位にある海軍軍人が、同時期にこのような軍事衝突の可能性を懸念しているのは興味深い。双方ともに、その文面からは、危機を回避して戦争の勃発を防ごうとする冷静で理性的な見解がうかがえる。

 この一ヵ月で、国際情勢に関連した論考としてもっとも注目されたものが、スタンフォード大学で中国政治を研究するオリアナ・スカイラー・マストロが『フォーリン・アフェアーズ』誌に寄せた、「台湾の誘惑」と題する論文である[Oriana Skylar Mastro, “The Taiwan Temptation: Why Beijing Might Resort to Force(台湾を侵略する誘因:なぜ中国は武力に訴える可能性があるのか)”, Foreign Affairs, July/August 2021]。この論文の中でマストロは、中国政府が従来の平和的統一路線を修正して、軍事侵攻をする可能性が著しく高まった論理を説明している。すなわち、「中国の指導者たちはかつて、この島を奪取するための軍事作戦は幻想であるとみなしていたが、現在では彼らはそれを現実的な可能性として考慮している」。それゆえ、マストロによれば、「中国による台湾侵攻はすぐには起こらないかもしれないが、過去三十年ほどの間で初めて一世紀にもおよぶ内戦に終止符を打つために、中国が近い将来に軍事力を行使する可能性を真剣に考慮するべき時が来た」という。

 このようなマストロの議論に対して、アメリカの代表的な中国専門家のボニー・グレイザーは、そのようなシナリオはあまり現実的ではないとツイッター上で批判した。かつて共著論文も書いているこの二人の中国専門家の間での論争が、アメリカの論壇で注目された。グレイザーは、マストロとは異なり、中国は従来通り、グレーゾーン領域における非軍事的な手段の行使にとどまるであろうと認識する。

 グレイザーは米上院軍事委員会での参考人陳述を行い、そのような自らの見解を吐露することとなった。すなわち、「中国の戦略は、これからの十年ほどで、経済的、軍事的、技術的な総合的なパワーを確立することであり、それによって自らの目標を達成することができるであろう」[Bonnie Glaser, “Statement before the Senate Armed Services Committee Hearing on ‘The United States’ Strategic Competition with China’ A Testimony by Bonnie S. Glaser”, June 8, 2021, United States Senate Committee on Armed Services]。そして、「経済的威嚇を、中国の利益を損なうような諸国を懲罰するために、中国政府はこれからよりいっそう多用することになるであろう」。このように、中国政府は、直接的な台湾への軍事侵攻ではなくて、そのような目的を実現するために、むしろグレーゾーン戦術や、経済的威嚇などを用いることになると、グレイザーは想定する。

2.中国の脅威に正しく対応すること

 中国が台湾を武力統一する可能性は、はたして高まっているのだろうか。あるいは、グレイザーが説明するように、中国はこれまで通りに非軍事的な手段を主に用いて目的達成を試みるのか。どちらを想定するかによって、日米両国に必要な戦略は異なるであろう。相手の行動を正確に評価して分析することは、いつの時代においても重要ではあるが難しいことである。

 中台関係におけるそのような不透明性を前提にしながらも、日米両国は正しい対応を選択することが求められている。安倍晋三政権の対外戦略を立案する立場にあった兼原信克元国家安全保障局次長は、『Nippon.com』に寄せた原稿の中で、「北東アジアで米国が頼れるのは、実は同盟国の日本だけである」と論じる。その上で、「日米同盟が中心となって北東アジアに台湾有事阻止のための万全の抑止力を組み上げなければならない」と主張する[Kanehara Nobukatsu, “Deterring a War in the Taiwan Strait: A Bigger Security Role for Japan is Key(台湾有事阻止のために日米で万全の抑止力を:防衛力増強など新たな政策が必要)”, Nippon.com, Jun 2, 2021]。なぜ、日本がそのような抑止力強化へと動く必要があるのか。それは、「米軍来援前に短期間で台湾を落とせると中国軍が過信すれば、台湾有事は勃発し得る」からだ。それゆえ「日本の責任は重いが、それは台湾防衛のためだけではない」。なによりもそれは、「先島を始めとする日本の防衛のためでもある」のだ。

 はたして、日本はそのような重い責任を果たすことができるか。その覚悟が問われるであろう。ランド研究所の日本の安全保障政策の専門家であるジェフリー・ホーナン研究員も、同様の指摘をする。すなわち、実際に台湾有事が勃発すれば、「日本は中立ではいられない」のであり、そのためにどのような軍事的措置が必要となるのかを、事前に十分に検討、そして準備をしなければならないであろう[Jeffrey W. Hornung, “What the United States Wants From Japan in Taiwan(台湾問題でアメリカが日本に望むこと)”, Foreign Policy, May 10, 2021]。

 他方で、中国が台湾に対する武力侵攻を行うであろうと想定する必然性はない。米国家情報会議議長を務めたグレゴリー・トレバートンは、中国の高齢化や、指導者層の交替などを考慮して、現在の中国の政策が未来永続に続くわけではないのであるから、むしろ中国の脅威を固定的に考慮するべきではないと指摘する[Gregory F. Treverton, “Think again about China(中国についてもう一度考えよう)”, The Hill, May 30, 2021]。中国に対抗することのみを考えて政策を構想するのではなく、アメリカにとっての国益が何なのかを冷静に考慮した上で、政策を検討するべきであろう。

 中国の朱鋒南京大学教授もまた、「中国に絶対に負けないというロジックは危険である」と題する、アメリカの政策を批判する論考を『環球時報』紙に寄せている[朱锋(Zhu Feng)「“绝不能输给中国“是一种危险逻辑(中国に絶対に負けないというロジックは危険である)」『环球网』、2021年5月27日]。中国を代表する国際派の国際政治学者で、アメリカにも友人が多い朱は、パンデミックや気候変動での米中協調が今後よりいっそう重要となり、またサプライ・チェーンを完全に米中間で分断することも不可能だと論じる。にもかかわらず、アメリカ政府が中国に対抗することのみを想定して政策を立案することに対して、このような冷静な批判も数多く見られた。

 同様の認識として、ランド研究所のラファエル・コーエンは、アメリカの防衛戦略文書の中から、「競争」という用語を削除する必要を論じている[Raphael S. Cohen, “It’s time to drop ‘competition’ from US defense strategy(そろそろ国防戦略から「競争」を削除するべきだ)”, The Hill, May 17, 2021]。すなわち、トランプ政権下の2018年の「国家防衛戦略」(NDS)の国防省文書においては、「大国間競争」という言葉が用いられており、それがその後の米中関係およびアメリカの対中戦略を規定する認識として浸透した。しかしながら、対中関係においては「競争」がすべての領域を覆っているわけではなく、依然として協力すべき政策領域は少なくない。他方、「競争」という中間的な状況が必ずしも永続するとは限らず、米中間での戦争へとそれが発展する可能性も同時に考慮せねばならない。それゆえコーエンが論じるように、それ自体が目的化するようなかたちで「競争」という曖昧な言葉が米中関係全体を規定することは、必ずしも台頭する中国に対する適切な対応とはいえないともいえる。

【提供:API国際情勢ブリーフィング

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執筆者プロフィール
細谷雄一 1971年生まれ。API 研究主幹・慶應義塾大学法学部教授。94年立教大学法学部卒。96年英国バーミンガム大学大学院国際学研究科修士課程修了。2000年慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程修了(法学博士)。北海道大学専任講師、慶應義塾大学法学部准教授などを経て、2011年より現職。著作に『戦後国際秩序とイギリス外交――戦後ヨーロッパの形成1945年~1951年』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和――アンソニー・イーデンと二十世紀の国際政治』(有斐閣、政治研究櫻田會奨励賞)、『大英帝国の外交官』(筑摩書房)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『戦後史の解放I 歴史認識とは何か: 日露戦争からアジア太平洋戦争まで』(新潮選書)など多数。
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