ドイツ「エネルギー重商主義」の敗北

執筆者:熊谷徹 2022年5月18日
エリア: ヨーロッパ
2022年3月17日、ドイツ・ベルリンのドイツ連邦議会で演説するウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領(C)EPA=時事
経済の血液であるガスが人質となり、プーチン露大統領は「ものづくり大国・ドイツ」の生殺与奪の権を握っている。シュレーダー・メルケル両政権が政経分離で推進したエネルギー重商主義は、ほどなく「中国依存」というさらに死活的な問題にも直面する。

 ドイツの対ロ政策の失敗を、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領が端的に表現した言葉が、私の心に残っている。彼は3月17日にドイツ連邦議会の議員たちに向けてリモート演説を行った。日本の国会議員に向けたリモート演説とは異なり、ゼレンスキー大統領の言葉は鋭い批判に満ちていた。 

 「我々は戦争が勃発する前に、ロシアがウクライナへの侵攻を思いとどまるように、厳しい経済制裁措置を発動してほしいとあなた方に要請した。しかしあなた方はロシアとの貿易を重視し、経済・経済・経済の原則を貫くだけだった」

 彼はドイツがロシアとの経済関係を重視するばかりで、ロシアの危険を過小評価したと非難しているのだ。

 確かにウクライナの支援要請に対するドイツの反応は、鈍かった。ロシアは、去年の秋から10万人を超えるロシア軍をウクライナ国境沿いの地域に集結させていた。このため米英が携帯式対戦車ミサイルなどをウクライナに供与し始めていたのに対し、ドイツはヘルメット5000個を送って、世界の失笑を買った。ドイツが携帯式対戦車ミサイルなどを送り始めたのは開戦後であり、NATO(北大西洋条約機構)加盟国の中で最も遅かった。

「ロシアはエネルギーを政治的武器にしない」という思い込み

 ゼレンスキー大統領は、ロシアからドイツに直接ガスを輸送する海底パイプライン「ノルドストリーム1・2(NS1・NS2)」も俎上に載せた。彼は、「我々はドイツ政府に対し、『ウクライナを経由せずに西欧にガスを送るNS2は、ロシアの政治的な武器だから、建設を許してはいけない』と警告してきた。しかし、あなた方は我々の警告を無視した」と非難した。オラフ・ショルツ首相は、今年1月の時点でも記者会見で「NS2は純粋に民間経済のプロジェクトであり、政治とは無関係だ」と繰り返していた。

 ウクライナや、冷戦時代にソ連に併合されたバルト三国、社会主義陣営に組み込まれたポーランドはロシアの恐ろしさを熟知していた。だがドイツはこれらの国々の警告には馬耳東風で、ロシアとの経済プロジェクトを粛々と進めた。

 ロシアの国営企業ガスプロムは、2011年にNS1を稼働させた。2015年にはドイツ政府の承認を得て2018年にNS2の建設を開始し、去年完成させた。つまりメルケル政権は、プーチン政権が2014年に国際法に違反してクリミア半島を併合してからわずか1年後に、NS2建設プロジェクトにゴーサインを出した。さらに2015年にドイツ政府は、ガスプロムがドイツ最大のガス貯蔵施設を、ドイツの大手化学メーカーBASFから買収することも承認した。この結果ロシアはドイツのガス貯蔵キャパシティーの約4分の1を支配することになった。製造業界の血液であるガスの供給と貯蔵をロシアに委ねるこれらの決定は、当時ウクライナやバルト三国の政府を唖然とさせた。

 ショルツ首相がウラジーミル・プーチン大統領の本心に気づいたのは、遅かった。彼がNS2プロジェクトの凍結を命じたのは、ロシアが今年2月21日に「ルガンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」の独立を承認した翌日。ロシアの戦車部隊がウクライナになだれ込む2日前だった。

 さらにゼレンスキー大統領は、連邦議会へのリモート演説の中で「我々をNATOやEU(欧州連合)に加盟させてほしいという要求も、あなた方は聞いてくれない」と批判した。彼は、「今欧州には新たな壁が築かれつつある。我々は壁の向こう側に取り残され、ドイツは壁の西側に残る。あなた方はNSに関する我々の警告を無視し、NATOやEU加盟への道を閉ざすことによって、欧州を分断する壁を築くセメントを提供している」と述べ、ドイツがウクライナを見捨てようとしていると嘆いた。「壁を築くセメントを提供している」という言葉には、ドイツが対ロ関係を重視した過去を引きずり、ウクライナ支援に本腰を入れていないという批判が込められている。

 この日ゼレンスキー大統領は、「ウクライナではすでに数千人の市民が死亡した。その内、子どもの死者は108人だ」として、ショルツ政権に対し「ウクライナを助けるために十分な努力をしなかったと後悔しないように、新たなヨーロッパの壁を打ち破ってほしい」と迫った。この言葉には、「今我々を本気で支援しないと、ウクライナはロシアに支配される悲惨な運命をたどる。ロシアの矛先がウクライナで留まる保証はない。その時あなた方も後悔することになる」というメッセージが含まれている。

ブラント首相の東方政策から始まったロシア宥和政策

 政治と経済を切り離し、ロシアの国際法違反や人権弾圧を大目に見て、「経済・経済・経済の原則」を貫くドイツのエネルギー重商主義の発端は、1973年。この年に西ドイツは、ロシアからガスを輸入し始めた。

 当時首相だった社会民主党(SPD)のヴィリー・ブラント氏は、東西に分断されたドイツで多くの家族が生き別れになっている実態に心を痛めた。彼は、東西ドイツ間の相互訪問を可能にするには、ソ連との緊張緩和が必要だと考えた。反共主義が強かった保守政党キリスト教民主同盟(CDU)とは対照的に、ブラント首相はソ連と対決するのではなく、貿易や文化交流などによって敵と接近することによって、相手を軟化させる政策を選んだ。ブラントの東方政策(オストポリティーク)の基盤は、「Wandel durch Annährung(接近することで相手の姿勢を変える)」と呼ばれた。

 ソ連接近の試みは、「ナチス時代の過去と批判的に対決し、被害国に対して反省の念を示すべきだ」という戦後西ドイツのリベラル勢力の姿勢とも関連があった。つまりSPDのソ連に対する宥和姿勢の背景には、第二次世界大戦でナチス・ドイツが約2700万人ものソ連市民、兵士を殺害したことに対する負い目もあった。ソ連は、この大戦での犠牲者数が世界で最も多い国である。

 さらに1970年代後半にロシアからのガス輸入量が増えた背景には、1973年の第一次石油危機が、西ドイツに強い衝撃を与えたという事実もある。つまりドイツの政界・経済界はエネルギーの調達先を多角化するために、ロシアからのガス輸入を増やしたのだ。

 ソ連は東西冷戦の時代にも契約通り西欧にガスを売り続けた。1979年にソ連がアフガニスタンに侵攻し、翌年に米国などがモスクワ五輪をボイコットして東西関係が緊張の度を強めた時にも、ガスは西欧へ向けて滔々と流れ続けた。この経験は、ドイツに「エネルギーについては、ソ連(ロシア)は信頼できる。この国は、エネルギーを武器として使うことはない」という誤った安心感を与えた。

ドイツの元首相がロシアの「走狗」に

 ロシア依存度を特に高めたのが、1998年~2005年まで首相だったゲアハルト・シュレーダー(SPD)である。彼はプーチン大統領の刎頸の友で、2005年にNS1建設プロジェクトをスタートさせた。両国のエネルギー企業が開催したNS1建設プロジェクトに関する調印式には、シュレーダー首相(当時)とプーチン大統領も出席している。シュレーダー氏は、プーチン大統領をハノーバーの自宅に招待したり、プーチン大統領のソチの別荘に行って一緒にサウナでビールを飲んだりするほど親しい仲だった。子どもがいないシュレーダー氏は、プーチン大統領の出身地サンクトペテルブルクのロシア人孤児を2人、養子に迎え入れている。2人とも貧しい家庭に生まれたことも、共通点の一つだった。

 プーチン大統領は、ソ連の秘密警察・国家保安委員会(KGB)の要員として、社会主義時代の東ドイツ・ドレスデンに駐在していた。このためドイツ語に堪能である。彼は2001年9月にドイツ連邦議会で、ドイツ語で演説し「冷戦は終わった。ドイツとロシアは協力して、欧州共通の家を作ろう」と語った。ロシアの要人がドイツ語で連邦議会で演説したのは、初めてだった。彼はゲーテやシラーにも触れ、ドイツ文化に対する尊敬の念を示した。この演説はドイツの多くの政治家に感銘を与え、プーチン氏について「ロシアに新風を吹き込む改革者」という楽観的なイメージを抱くドイツ人もいた。一方シュレーダー氏は、「プーチン大統領は、虫眼鏡でじっくり見ても正真正銘の民主主義者だ」と太鼓判を押したこともある。

 シュレーダー氏は2005年の連邦議会選挙に負けて首相の座から降りると、プーチン大統領から要請されて、NS1の運営企業(ガスプロムの子会社)の監査役会長に天下りした。NS1は2011年に運開。それ以降ドイツのロシア産天然ガスへの依存度は、39.2%(2010年)から55.2%(2020年)にはね上がった。

 シュレーダー氏はロシア政府のロビイストとして、NS1に並行するNS2を建設してドイツへのガス供給量を倍増させるべく、メルケル政権に働きかけた。彼はNS2の運営会社と、ロシアの石油会社ロスネフチの監査役会長も務めており年収は100万ドル(1億2500万円・1ドル=125円換算)と推定される。彼はロシアのクリミア半島併合についても、プーチン大統領を擁護する発言を行い、ロシア政府のドイツにおける利益代表者のような役割を演じるようになった。彼はロシア軍が一時占領したブチャで発覚した、ウクライナ市民に対する虐殺事件についても「プーチン大統領が命じたものではない」と語っている。

ロシアに「事なかれ主義」を貫いたメルケル

 さて2005年に首相になったアンゲラ・メルケル氏は、社会主義時代の東ドイツで育ち科学者として働いた。このためソ連の支配体制のリスクを知っており、ロシアに対してはシュレーダー氏に比べると批判的だった。日本ではメルケル氏について「ロシア語を話すなど、プーチン氏との仲が良い政治家」という見方を持っている人もいるが、彼女はプーチン氏とは仲が悪かった(社会主義時代の東ドイツの学校では、ロシア語は必修科目だった)。メルケル氏は、ロシアに出張した時、スターリン時代の政府による反対派の処刑などの国家犯罪を記録する市民団体メモリアルの事務所を訪問して、ロシア政府の神経を逆撫でしたことがある。また犬嫌いのメルケル氏がプーチン氏の別荘を訪れた時、プーチン氏は嫌がらせのためにわざと大きな飼い犬を部屋に入れ、記者団の前でメルケル氏が恐怖のために顔をこわばらせるという場面もあった。

 だがメルケル氏も、政経分離主義をシュレーダー政権から引き継ぎ、プーチン大統領の国際法違反や人権抑圧を理由に、ロシアとの経済関係に波風を立てることを好まなかった。

 2014年にプーチン大統領がクリミア半島に戦闘部隊を送って併合した時、EUはロシアに対して現在ほど厳しい経済制裁措置を発動しなかった。メルケル氏もEUに対しロシアを国際経済の中で孤立させるほどの制裁の実施は求めなかった。

 メルケル政権がクリミア併合から約1年しか経っていない時期に、NS2認可によりロシア依存度をさらに高める道を選んだことは、メルケル氏の事なかれ主義を象徴している。メルケル氏は、首相退任直前にドイツのメディアに対して行ったインタビューの中で、「まさかプーチン大統領がクリミアを併合するとは思わなかった」と語り、ロシアに対して楽観的な態度を持っていたことを明らかにしている。

 ちなみにゼレンスキー大統領は、メルケル氏のロシアに対する忖度を批判したことがある。彼は4月3日のビデオ演説で「ドイツとフランスは2008年にブカレストで開かれたNATO首脳会議で、『ロシアを不必要に刺激するべきではない』という理由で、ウクライナをNATOに加盟させることに反対した。これは、愚かな心配だった。メルケル氏を、ブチャに招待するので、拷問を受けたウクライナ人の男女の話を聞いてほしい」と語っている。つまり彼は、ウクライナがNATOに加盟できなかった一因がメルケル氏にあると考えているのだ。

ドイツの現職大統領を「門前払い」したゼレンスキー

 さてドイツのロシアとの経済関係の緊密化の中で、重要な役割を演じた政治家がいる。現在大統領を務めるフランク・ヴァルター・シュタインマイヤー氏(SPD)だ。彼はかつてシュレーダー派に属する人物だった。政治的な地盤も、シュレーダー氏と同じニーダーザクセン州である。彼は1999年から2005年までシュレーダー政権で連邦首相府長官を務めた他、メルケル政権では2005年~2009年と、2013年~2017年の2度にわたり外務大臣を務めた。

 彼はこれらの要職にあった時に、NS1とNS2の建設プロジェクトを強力に推し進めた。東欧諸国の警告を無視し、シュレーダー氏の「欧州の安全保障は、ロシアをパートナーとしなくては成立し得ない。貿易関係を緊密にすることによって緊張を緩和し、戦争の再発を防ぐ」という方針を忠実に実行した。シュタインマイヤー氏は、2014年のロシアのクリミア併合を批判したものの、「クリミア問題は将来国際法の枠内で処理するべきだ」と述べ、厳しい制裁措置を要求しなかった。

 今年4月には、ゼレンスキー政権のシュタインマイヤー大統領への反感を象徴する出来事があった。シュタインマイヤー大統領はポーランドのアンジェイ・ドゥダ大統領とバルト三国の大統領とともに、4月13日にキーウを訪問する予定だった。ところが、その前日に、ウクライナ政府は「シュタインマイヤー大統領の訪問は、望まない」と通告してきた。他の4人の大統領は、予定通りキーウを訪れ、ゼレンスキー大統領とがっちり手を組む写真を、全世界に公表した。ドイツだけが、つまはじきにされた。

 大統領には政治的な実権はないものの、政治家としてはドイツ最高位の役職である。その訪問を前日に断わるのは、外交的な「侮辱」に等しい。ショルツ首相もウクライナの決定について、「調和を乱す」という言葉で不快感を表現した。首相は第2ドイツテレビ(ZDF)とのインタビューの中でキーウを訪問しない理由を記者から問われて、「シュタインマイヤー大統領がキーウを訪問できなかったからだ」と説明した。 

 ウクライナ政府が、シュタインマイヤー大統領に「門前払い」を食わせた理由については、公式な説明はされていない。だが同国関係者の発言から、ウクライナ政府がシュタインマイヤー大統領を「ドイツの現職政治家の中で、最もロシアに親しい人物の一人」と見ていることは確かだ。

 在ベルリンのウクライナ大使アンドリー・メルニク氏は「シュタインマイヤー大統領は長年にわたり、ロシアと密接なネットワークを蜘蛛の巣のように構築した。現政権で要職に就いている多くのドイツ人が、この蜘蛛の巣に絡めとられている」と批判した。

 シュタインマイヤー大統領は、ロシアのウクライナ侵攻開始後の3月27日に、ベルリンの大統領官邸でウクライナを支援するためのコンサートを企画した。大統領はロシア人とウクライナ人の和解も念頭に置き、ロシアの音楽家だけではなくメルニク大使などウクライナ人も招待した。だがメルニク氏は「ウクライナで多くの市民がロシア軍に殺されている時に、このような行事を企画するのは無神経だ」として、参加を拒否した。メルニク大使は、「シュタインマイヤー大統領は、ウクライナ人の感情など気にしていない。彼はプーチン大統領に対して『ドイツは私が仕切るから、ここは私に任せてくれ』というメッセージを送るためにこのコンサートを企画したのだ」と非難した。

 ちなみにシュタインマイヤー大統領は4月4日に、「私は、ガスパイプラインのプロジェクトを、ロシアとドイツを結ぶ懸け橋と考えていた。だが東欧諸国の警告に耳を傾けず、このプロジェクトを推進したのは誤りだった。プーチン大統領の本質を見抜くことができなかった」と述べ、自分の対ロ政策の失敗を認めた。現職の大統領が、過去の政策の誤りを公に認めるのは異例である。

ロシアに生殺与奪の権を握られたドイツ

 2021年にドイツが輸入した天然ガスの内、ロシアからの輸入量の比率は55%。EU加盟国で輸入量が最も多い。輸入石炭の49.9%、輸入原油の35%がロシア産だった。

 ロベルト・ハーベック経済気候保護大臣が4月27日に明らかにしたところによると、ロシアへの石炭への依存度は契約変更などによって8%、ロシア産原油への依存度は12%に下がった。ドイツは今年末までにロシア産の原油と石炭の輸入量をゼロにできる見通し。

 だが問題は天然ガスだ。ロシア産天然ガスへの依存度は4月末の時点で35%に下がったものの、LNG(液化天然ガス)陸揚げターミナルがないために、ロシアからの輸入量をゼロにできるのは、早くても2024年の夏になる。ロシアは4月27日にポーランドとブルガリアへのガス供給を停止した。その矛先がいつドイツに向けられるかは、わからない。大手エネルギー企業エーオンのレオンハルト・ビルンバウムCEOは、「ロシアからのガス供給は、いつ止まってもおかしくない」と述べている。ドイツの化学業界からは「ロシアからの天然ガス供給が止まった場合、第二次世界大戦後もっとも深刻な被害がドイツ経済に生じ、生活水準が下がる。化学業界だけではなく自動車、製薬、繊維業界などのサプライチェーンが切断され、数十万人が失業する」と警告している。

 Ifo経済研究所などドイツの主要経済研究所は、4月13日に発表した経済情勢に関する鑑定書の中で、「ロシアがドイツへの天然ガス供給を停止した場合、我が国経済には2200億ユーロ(30兆1400億円・1ユーロ=137円換算)の損害が生じる。来年のGDP(国内総生産)成長率はマイナス2.3%に落ち込む」という悲観的な予測を打ち出している。

 シュレーダー・メルケル両政権の宥和政策の結果、製造業界の血液であるガスが独裁者プーチン大統領の「人質」にされた。両政権は、元KGB将校の本質を見抜くことができず、エネルギー安全保障という国家の基本的な任務をおろそかにした。

政経分離主義で中国にも強く依存

 ドイツはこれまでロシアの割安のエネルギーを輸入して、付加価値の高い製品を製造し、外国へ輸出することによって経済成長を実現してきた。だがロシアのウクライナ侵攻は、このビジネスモデルを根底から破壊し、エネルギー重商主義に終止符を打った。同国は今後エネルギーの自給率を高め、新たなビジネスモデルを築かなくてはならない。

 さらに、シュレーダー・メルケル両政権は、中国との外交関係でも政経分離原則を貫いてきた結果、ドイツ製造業界の中国に対する依存度を極めて高くした。しかも、強権国家中国のドイツにとっての重要性は、ロシアとは比較にならないほど大きい。中国とドイツの2021年の貿易額(輸入額と輸出額の合計)は2450億ドルで、独ロ間の貿易額(約600億ドル)の約4倍。フォルクスワーゲン、メルセデス、BMWが世界で売る車の3台に1台は、中国で売られている。習近平政権は、メルケル政権が人権問題について中国を声高に批判せず、もっぱら同国との経済関係の拡大に集中してきた態度を称賛している。プーチン大統領がウクライナ侵攻直前のクレムリンでの記者会見で「シュレーダー氏は、独ロ関係の発展に努力してきた、良い人物だ」と褒めたのに似ている。

 だが中国はロシアのウクライナ侵攻を非難せず、プーチン大統領を擁護している。万一中国が台湾に侵攻した場合、欧米諸国が厳しい経済制裁措置を発動する可能性が高い。

 ドイツは、対ロシア政策の失敗を教訓として、中国に対する姿勢を大きく転換することを迫られている。2030年前後にはGDPが米国を抜いて、世界最大の経済パワーとなる中国に対する政経分離原則の変更は、険しい道となるに違いない。

カテゴリ: 環境・エネルギー
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執筆者プロフィール
熊谷徹 1959(昭和34)年東京都生まれ。ドイツ在住ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン特派員を経て1990年、フリーに。以来ドイツから欧州の政治、経済、安全保障問題を中心に取材を行う。『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮新書)、『ドイツ人はなぜ年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など著書多数。近著に『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか 』(NHK出版新書)、『パンデミックが露わにした「国のかたち」 欧州コロナ150日間の攻防』 (NHK出版新書)、『ドイツ人はなぜ、毎日出社しなくても世界一成果を出せるのか 』(SB新書)がある。
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