ドイツ「緑の党」左派を変えたウクライナ視察――元反戦政党はなぜプーチンとの「交渉による解決」を撤回したか(前篇)

執筆者:熊谷徹 2022年7月28日
エリア: ヨーロッパ
ウクライナへの重火器供与を強く訴えた、緑の党のアントン・ホーフライター議員(Wikimedia commons)
連立与党でウクライナへの重火器供与を最も強く求めたのは、軍備増強に反対してきた「緑の党」だ。大転換の背景には、プーチンが「力」や「軍事的な強さ」だけを理解する指導者だと党内左派が強く意識するに至った経緯がある。

 今年4月20日、ドイツ連邦議会で緑の党のアントン・ホーフライター議員が演説した。肩まで届く長髪にあごひげをたくわえ、議員らしからぬ風貌。堂々たる体躯のホーフライター氏は、欧州問題担当委員会の委員長を務めている。彼は、「ウクライナ人たちは自国だけではなく、欧州全体も守るために戦っている。我々ドイツ人は、ウクライナに対して戦車など重火器を直接送るべきだ」と主張した。

 ホーフライター委員長は「ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、毎日嘘ばかりついている。しかし彼は戦略的な目標については嘘をついていない。彼は、ロシア帝国の再興を目指している。万一ロシアがウクライナでの侵略戦争に勝ったら、周辺の国々は安心できなくなる。ロシアがバルト三国やモルドバまで侵略し、戦争が他国に拡大するかもしれない」と訴えた。

 さらに同氏は、「戦争が長引けば長引くほど、プーチン大統領は『戦争に勝てるかもしれない』と思い込み、戦争がウクライナ以外の国にも広がる危険が高まるだろう」と述べ、ウクライナ政府の要望に応えて重火器を送るべきだと主張した。

 ミュンヘン生まれ、52歳のホーフライター氏は、緑の党でウクライナへの重火器供与を最も強く要求した党員だ。ロシアのウクライナ侵攻開始後、ショルツ政権が決めた連邦軍に対する約1000億ユーロ(14兆円・1ユーロ=140円換算)の特別予算と軍備増強にも賛成している。すでに17年間連邦議会議員を務めるベテランだ。 

 興味深いことにホーフライター氏は、緑の党の左派に属し、かつては軍備増強に反対していた。彼は「私は以前、プーチン大統領との対立は交渉によって解決するべきだと考え、ドイツの軍備増強には反対した。だが今では、この考えは間違っていたと思っている。勿論交渉と対話は続けるべきだ。しかしプーチン大統領のような帝国主義的な政策を進める独裁者に対しては、こちらも武力で対抗し、彼の試みが失敗に終わるということを示さなくてはならない」と語る。つまり彼は、プーチン大統領について「交渉や対話によって考えを変えられる指導者ではない」と見ている。秘密警察KGBの元将校は「力」や「軍事的な強さ」だけを理解する指導者だというのだ。

 緑の党が2021年6月に公表した連邦議会選挙向けのマニフェストでは、同党は防衛予算の増額や軍備増強に反対していた。ホーフライター氏の姿勢の変化は、緑の党全体の路線の変更をも意味する。

ウクライナ視察後に重火器の重要性を確信

 ホーフライター氏が「転向」するきっかけの一つとなったのは、ウクライナ視察だ。彼はドイツの政治家の間で、ロシアのウクライナ侵攻が始まった後にウクライナを最初に訪れた政治家の一人である。ホーフライター氏は国防委員会のマリー・アグネス・シュトラック・ツィンマーマン委員長(自由民主党・FDP)らとともに、4月12日にウクライナ西部のリヴィウを訪れ、同国の議員たちと会談した。

 ウクライナの議員たちは、「マリウポリのようにロシア軍に包囲された町で包囲網を突破し、友軍や市民を救出するには、戦車や装甲歩兵戦闘車、自走榴弾砲などの重火器が不可欠だ。これまで欧米諸国が供与してきた携帯式対戦車ミサイルでは、不十分だ」と述べ、ホーフライター氏らに対し重火器の必要性を訴えた。

 ウクライナ人たちは、ロシアが「殲滅戦争」を行っていると考えている。プーチン大統領が言う「ウクライナの非ナチ化」とは、「非ウクライナ化」を意味する。ロシアが軍事目標ではない博物館や劇場をミサイルで破壊しているのは、ウクライナの文化を抹殺するためだという。プーチン大統領は、ウクライナを主権国家とは認めていない。

 つまりウクライナ人たちにとってこの戦争は、最後のロシア兵がウクライナから撤退するまで、終わらない。ロシア軍を撃退するためには、戦車や榴弾砲などの重火器は欠かせないというのだ。ウクライナ側は、将来の和平交渉で有利な立場に立つためにも、重火器でロシア軍を弱めることが必要だと考えている。

 さらに、ホーフライター氏がウクライナを訪れる約2週間前の4月1日にはキーウ郊外のブチャなど、ロシア軍が一時占領し、ウクライナ軍が奪還した町で多数の市民が虐殺されているのが見つかった。ウクライナ検察庁によると、これらの地域で見つかった遺体は約400体にのぼった。一部の犠牲者は後ろ手に縛られ、膝を銃で撃ち抜かれたり、手の指の爪を剥がされたりするなど、拷問を受けた痕もあった。ロシア軍兵士は戦争犯罪の証拠を隠すために、遺体の一部に燃料をかけて焼いていた。ロシア兵が遺体を戦車のキャタピラで轢かせた例も報告されている。このため遺体の一部は、今なお身元がわからない。生き残った女性の中には、ロシア軍兵士に強姦された者もいた。

 ブチャなどの映像はウクライナ政府だけではなく欧州各国の政府に強い衝撃を与え、「ウクライナ軍が市民を守るためにも、戦車など重火器を供与する必要がある」という意見を強めた。

重火器供与に慎重なショルツ首相に非難の声

 ホーフライター氏とツィンマーマン氏もドイツ帰国後、政府に対して一刻も早く重火器をウクライナに供与するよう要求した。だがオラフ・ショルツ首相(社会民主党・SPD)は、当初重火器の供与に頑として反対した。

 彼はその理由について、「現在のような非常事態には、冷静に判断することが重要だ。ドイツが独り歩きをすることは危険だ。重火器を送った場合、ロシアから交戦国と見なされる危険がある。第三次世界大戦や核戦争は、絶対に防がなくてはならない」と説明した。

 ショルツ首相は、「それまでドイツがウクライナに供与してきた携帯式対戦車ミサイルや携帯式対空ミサイルは防衛用兵器だが、戦車は明らかに攻撃用兵器だ」と考えていた。

 彼は首相就任式で、「私は首相として、ドイツ市民に危害が及ぶのを防ぐべく、全力を尽くすことを誓う」と宣誓していた。このためショルツ氏は、核保有国ロシアから交戦国と見なされて、ドイツ市民や経済に被害が及ぶことを危惧していた。彼にとって、ロシアとNATO(北大西洋条約機構)の正面衝突は、「越えてはならない一線」である。

 ショルツ首相の子飼いの部下であるクリスチーネ・ランブレヒト国防大臣(SPD)も、「ウクライナに重火器を供与すると、連邦軍の兵器が足りなくなり、NATOのための任務を遂行できなくなってしまう。ウクライナに供与できる武器はもうない」とか、「現地での重火器の保守点検や、ウクライナ兵の訓練は誰が行うのか」「ウクライナ砲兵に自走榴弾砲の使い方の訓練を行うと、ロシアから交戦国と見なされるのではないか」と様々な言い訳を並べた。ショルツ首相同様に、ウクライナには重火器を送りたくないという態度がありありだった。

 ランブレヒト氏は「スロベニアがウクライナにソ連製のT72型戦車を供与し、ドイツがスロベニアに装甲歩兵戦闘車を供与する形の間接輸出ならば可能だ」とも述べ、ウクライナへの戦車の直接供与をなんとか避けようとした。ランブレヒト国防大臣は、今年2月初めに米英がウクライナに携帯式対戦車ミサイル「ジャベリン」などの供与を始めていた時に、「ドイツは法律によって、紛争地域への武器供与はできない」としてウクライナにヘルメット5000個の供与を発表しており、世界各国の失笑を買っていた。

 つまり三党連立政権の中で、緑の党とFDPが重火器供与を要求し、SPDが逡巡するという対立の構図が生まれた。19世紀に労働組合運動を母体として生まれたSPDは1970年代以来、ソ連(ロシア)との関係強化をドイツで最も重視する政党だった。

 これに対してホーフライター氏は、「首相の態度は消極的すぎ、決断が遅すぎる。ドイツは、他の国よりもウクライナ支援をためらうという形で、独り歩きをしている。我々は欧州で最も経済力が大きい国なのだから、もっと積極的にウクライナを支援するべきだ」と反論した。

 緑の党のアンナレーナ・ベアボック外務大臣も、首相を直接批判することは避けながらも、「ウクライナにどのような兵器を送るかについて、タブーはあってはならない」と述べ、間接的に重火器の供与を求めた。

 当時ポーランド政府は、ソ連製のT72型戦車232両を密かにウクライナに供与していた。戦車のような重火器をウクライナに送っていた国は、すでにあったのだ。つまり重火器の供与は、ドイツの独り歩きということにはならない。

 ベアボック氏と緊密に連絡を取り合うウクライナ政府のドミトロ ・クレバ外務大臣は、「ウクライナはロシアを攻撃していないのに、ロシアから一方的に侵略されている被害国だ。被害国が祖国と市民を守るために使うのだから、この場合の戦車は攻撃用の兵器ではなく、防衛用兵器だ」と語るとともに、「ドイツはウクライナに対する軍事支援については、EU(欧州連合)で最も消極的な国だ」と苦情を漏らした。

内外の批判に屈して戦車を輸出

 ベアボック氏は、ロシア軍の侵略戦争が始まる前の今年2月8日にウクライナ東部のドンバス地区を訪れていた。

 ここでは、2014年以来、親ロシア派の武装勢力とウクライナ正規軍が戦闘を続けていた。ヘルメットと防弾チョッキに身を固めたベアボック氏は、両軍が対峙する前線に近い町を訪れ、砲撃で破壊された住宅などを視察した。11歳と7歳の娘を持つベアボック氏は、多くの家族が住む所を失い、日常生活を奪われた現実を目の当たりにして、ショックを受けたと語っていた。概してウクライナを訪問した政治家は、ウクライナへの武器供与を強く要求する傾向がある。戦場になった町に足を踏み入れたり、住居を失ったウクライナ人たちの話を直接聞いたりすることによって、戦争の悲惨さやロシアの暴力性に衝撃を受けるためだろう。

 筆頭野党キリスト教民主同盟(CDU)のフリードリヒ・メルツ党首も、「ショルツ首相が重火器の供与をためらっているために、ドイツの外国での評判は、日一日と下がっている」と強く批判した。

 この結果ショルツ首相は、内外の圧力に屈して、4月26日、ゲパルト対空戦車50両のウクライナへの輸出を承認すると発表した。ドイツが紛争地域に戦車を輸出するのは、初めてのことだ。

 さらにショルツ政権は155ミリ砲を積んだ自走榴弾砲PzH2000を7両供与することも決め、国内にウクライナ砲兵を招いて自走榴弾砲の操作についての訓練を行った。ゲパルトは1970年代に開発された老朽兵器だが、PzH2000は1998年に配属が始まった現役の兵器。最長射程56キロメートルで、コンピューター制御で違う目標に向けて砲弾を連続で発射した後、直ちに移動して敵の攻撃を避けることができる。イタリアやオランダなど7カ国で使われている、世界で最も進んだ自走榴弾砲の一つだ。最終的にドイツはPzH2000を10両ウクライナに送った。連邦軍独特の迷彩色に塗られたPzH2000が、ロシア軍へ向けて巨弾を発射する映像が、SNS上に流れている。

 ショルツ政権は、2月26日にウクライナへの携行式地対空サイルなどの供与を宣言し、「紛争地域に武器を送らない」という原則を180度転換したが、その2カ月後にも、戦車など重火器まで紛争地域に送るという重大な決断を下したのだ。

 「2月24日以降の世界は、その前の世界とは全く違う」というショルツ首相の言葉通りになった。

後篇へ続く

 

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
熊谷徹(くまがいとおる) 1959(昭和34)年東京都生まれ。ドイツ在住。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン特派員を経て1990年、フリーに。以来ドイツから欧州の政治、経済、安全保障問題を中心に取材を行う。『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮新書)、『ドイツ人はなぜ年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など著書多数。近著に『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか 』(NHK出版新書)、『パンデミックが露わにした「国のかたち」 欧州コロナ150日間の攻防』 (NHK出版新書)、『ドイツ人はなぜ、毎日出社しなくても世界一成果を出せるのか 』(SB新書)がある。
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