NATOの結束に影を落とす「戦争疲れ」(2022年5・6月-1)

(C)AFP=時事
NATO「新戦略概念」で初めてロシアを「脅威」と位置付けるなど、6月下旬のG7とNATO二つのサミットでは改めて西側諸国の結束が確認された。だが、ロシア・ウクライナ戦争開始直後に生まれた楽観主義は後退し、ウクライナの領土的譲歩による戦争終結を求める声も多く上がり始めている。(第2部に続きます)

 

1.結束を示したNATOサミット

■大きな画期となるサミット

 6月下旬に、ドイツのエルマウとスペインのマドリードで、二つの首脳会談があった。G7(主要7カ国)サミットとNATO(北大西洋条約機構)サミットであり、この二つに日本の岸田文雄首相も参加することになった。

 日本の首相のNATOサミットへの参加は初めてのことである。また今回はNATOのアジア太平洋パートナー(AP4)である日本、オーストラリア、ニュージーランド、そして韓国の四カ国が招待され、この四カ国による首脳会談も開かれている。あわせて、今回のNATOサミットは、12年ぶりの「新戦略概念」改定となる重要なサミットであり、その文書の中でもアジア太平洋のパートナー諸国との協力の重要性が強調された。

 ドイツでのG7サミットと、スペインでのNATOサミットの二つのサミットは、ロシアによるウクライナ侵略と、その後の戦争が継続する中での開催となった。それゆえ、ウクライナに対するG7やNATOとしての支援策や、ロシアを非難して制裁をさらに強化する必要性が論じられた。

 また、これまでトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領の反対によって座礁していた、スウェーデンとフィンランドという北欧の中立国2カ国のNATO加盟問題に重要な光が当てられた。マドリードNATOサミットでは、トルコ、スウェーデン、フィンランドに、NATO事務総長が参加する四者会合が開かれて、妥協が成立したことでスウェーデンとフィンランドのNATO加盟が合意された。なんとかNATOの結束を示すことに成功した今回のサミットは、ロシア・ウクライナ戦争の今後を展望する意味でも、大きな画期となるであろう。

■「対ロ政策の転換」が焦点に

 このNATO首脳会談をめぐっては、開催前からさまざまな提言や想定がなされていた。

 たとえば、プリンストン大学名誉教授で、シンクタンクのニュー・アメリカCEOも務める国際政治学者アン=マリー・スローターは、ロシアを孤立させ、包囲するに至るフィンランドやスウェーデンのNATO加盟には慎重な姿勢を示している[Anne-Marie Slaughter, “Expanding Nato will deepen east-west fissure(NATOの拡大は東西の亀裂を深めることになる) ”, Financial Times, May 6, 2022]。スローターは、それによりヨーロッパが再び二つに分断され、「統一され自由なヨーロッパ」の確立が遠のいていくことを懸念している。

 とはいえ、スローターのような意見は必ずしも主流とは言えない。彼女が国務省政策企画室長を務めたオバマ政権時に、アメリカは米ロ関係の「リセット」をして関係改善へと動いたが、結局は2014年のクリミア半島の一方的な併合と、ウクライナ東部での戦争勃発でアメリカの期待は裏切られる。その後の経緯を見れば、ウラジーミル・プーチン大統領のロシアに善意を示すことが、必ずしも戦争終結や平和には繋がるわけではないことが分かる。

 そのような経緯もあり、これまで政府内で対ロシア政策や東欧諸国に対する政策に携わってきた三人の元政府高官が連名で、従来の対ロ政策を大きく転換する必要を論じている[Daniel Fried, Steven Pifer& Alexander Vershbow, “NATO-Russia: It’s time to sus-pend the Founding Act(NATO-ロシア関係―基本文書を停止する時だ)”, The Hill, June 7, 2022]。具体的には、1997年のNATOロシア基本文書における合意が、ロシアの一方的な軍事行動でもはや無効となったことを前提に、従来の旧東欧諸国の領土にNATO軍の通常戦力を常駐させないという保証を見直す必要を説いている。NATO首脳会談では、明示的に基本文書の効力を失効させる宣言はなされなかったが、「新戦略概念」においてポーランドに米軍の常設司令部設置や旅団規模のローテーション方式での配備をするなど、従来よりも米軍の関与が強化される結果となっている。

 NATO国防大学研究部長のティエリー・タルディは、これまで「新戦略概念」策定へ向けた提言文書をまとめるなど、積極的にその過程に関与しているが、『ル・モンド』紙において合意に含めるべき点を四つ指摘し、それぞれ矛盾して相対するベクトルに一定の均衡点を見出す必要を論じている[Thierry Tardy, “≪ Le futur de l’OTAN ne peut être pensé sans que les Européens n’y jouent un rôle de premier plan ≫(NATOの未来は欧州が主導的な役割を果たすことなしには考えることが出来ない)”, Le Monde, June 27, 2022]。たとえば、アメリカとヨーロッパでどの程度負担を分担するかについても、一定の合意が必要となり、とりわけヨーロッパ側がよりいっそうの防衛力に貢献しなければならないと論じる。

 ロシアと国境を接する諸国にとって、ウクライナでの戦争は現実の脅威であり、戦線の拡大もある程度想定し、準備をせねばならないであろう。ポーランドやバルト三国は、実際のロシアの軍事侵攻の可能性を肌身で感じているがゆえに、NATO加盟国の中でもとりわけロシアには強硬な姿勢を示している。

 リトアニア大統領のギタナス・ナウセダは、NATO首脳会議開催の直前に『ワシントン・ポスト』紙に寄稿して、もはやロシアとの協力は不可能となったとして、NATOの抑止力と防衛力をよりいっそう強化する必要を説いている[Gitanas Nauseda, “Lithuanian President Gitanas Nauseda: Now is the time to make NATO even stronger(リトアニア大統領ギタナス・ナウセダー今こそNATOを一層強化すべき時だ)“, The Washington Post, June 23, 2022]。

 マドリード・サミットで採択されたNATOの「新戦略概念」の文書において、NATO設立以降初めて、ロシアは強い言葉で「脅威」と位置づけられた。またそれと同時に、NATO即応部隊の規模は大幅に拡大されて30万人となった。このような合意がなされたのは、これらの諸国からの強い働きかけがあったからであろう。

 とはいえ、欧州諸国が十分な防衛努力をせずに、米軍に一方的に依存するような状況は望ましくない。ドイツを初めとする欧州諸国が、国防費の大幅な増加をすでに宣言しているが、実際どの程度増強し、またNATOの抑止と防衛を強める役割を担うかは未知数である。

 アトランティック・カウンシルのシニア・フェローであるエマ・アシュフォードは、アメリカ国内でヨーロッパの加盟国の防衛努力の不足に対する不満が鬱積していると同時に、ヨーロッパの側にもトランプ政権における同盟批判の記憶や、インド太平洋重視のアメリカの政策への不安など、どの程度真剣にアメリカがヨーロッパ大陸でロシアの脅威に対峙する意思があるか、不安が残っているという現実に触れている[Emma Ashford, “Europe Has an America Problem(ヨーロッパはアメリカ問題を抱えている)”, The New York Times, June 28, 2022]。

■韓国左派系メディアが激しい批判

 他方で、尹錫悦(ユン・ソギョル)大統領が韓国大統領としてはじめてNATOサミットに参加するに際して、韓国の国内ではとりわけ左派系メディアが厳しい批判を行っている。たとえば『ハンギョレ』紙の社説は、今回のマドリードNATO首脳会談では「反中・反ロ政策の固定化」がなされていき、中国の反発を招くことを懸念してNATOとの協力には慎重であるべきだと指摘している「[사설] ‘나토시험대’ 서는윤석열대통령, 신중한외교준비해야([社説]「NATOの試験台」に立つ尹大統領、慎重な外交を準備するべき)」、『ハンギョレ』、2022年6月22日]。

 実際に中国は、今回のNATO首脳会談の「新戦略概念」採択、さらにはアジア太平洋四カ国のサミット参加に厳しい批判を行っている。サミットが開幕した6月28日の『環球時報』紙においては、「NATOのアジア太平洋化」を牽制し、かつての冷戦の遺物であるNATOが「新しい冷戦」を生み出しつつあると説明する「社评:亚太国家不应站在北约的危墙之下(社説 ーアジア太平洋諸国は危ういNATO に近寄るべきではない)」、『環球時報』、2022年6月28日]。そして、NATOはヨーロッパの安全保障危機への「治療薬」ではなく、「毒薬」となっていると述べ、この「毒薬」を東アジアにばらまくことは悪質だと攻撃する。ここではとりわけ、日本と韓国のサミット参加に批判の矛先が向けられている。これまで中国は、日米韓三カ国の安全保障協力や、「クアッド」のような、アジアにおける民主主義諸国の連携を強く嫌ってきた。

 かつてオーストラリアに対して行ったように、アメリカの同盟諸国を一国ずつ分断、そして孤立化させて、圧力をかけるのが中国が頻繁に用いる手法である。だとすれば、それらの同盟諸国が結束し、アジア太平洋地域で中国を包囲するような連携に、特別な警戒感を抱いているのも不思議ではない。

2 ロシアへの妥協は必要か

■話題を呼んだキッシンジャーとソロスの論争

 はたして、どのようにすれば戦争の終結が可能なのだろうか。ロシアはこれまでになかった水準の厳しい制裁を科されながらも、ウクライナに激しい攻撃を続けており、依然として戦争の出口は見えてこない。そのようななかで国際論壇においても、この戦争をどのように終結させるか、そしてロシアに対してどのような姿勢を示すべきかをめぐり、見解が分かれ、論争が見られた。

 中でもとりわけ話題を呼んだのが、国際政治学者であり、元米国国務長官のヘンリー・キッシンジャーと、投資家であり政治活動家でもあるジョージ・ソロスとの、今年のダボス会議での論争である[Walter Russell Mead, “Kissinger vs. Soros on Russia and Ukraine(キッシンジャー対ソロスーロシア、ウクライナにおける議論)”, The Wall Street Journal, May 25, 2022]。

 キッシンジャーは、ロシアを過度に周縁化することなどによる国際秩序の不安定化を懸念し、イデオロギー色を排して、2014年にウクライナが失った領土をロシアの領土に編入させる必要を論じる。他方でソロスの場合は、ロシアに対する戦争の勝利は、「文明を守る」ためにも必要だと論じ、そのために最大限ウクライナを支援する必要を説いている。

 戦争の早期終結のために、ウクライナが一定程度譲歩をするべきだという意見は、キッシンジャー以外にも見られる。ジョージタウン大学教授で、外交問題評議会のシニア・フェローでもあるチャールズ・カプチャンは、戦争を終結させるためにはロシアに対して、ウクライナや国際社会が一定の譲歩を示すことが不可避だと論じる[Charles A. Kupchan, “Negotiating to End the Ukraine War Isn’t Appeasement(ウクライナ戦争の終戦交渉をするのは宥和ではない)”, Politico, June 15, 2022]。

 ロシアはウクライナから撤兵させる姿勢を示しておらず、戦争がこのまま続けばより危険な段階へと進む。プーチン大統領を追い詰めることは、戦争終結の可能性が遠のくことを意味し、無制限なウクライナへの武器供与は被害を拡大させるだけだとカプチャンは論じる。そして、ロシアとの外交交渉を「宥和政策」と同一視して最初から度外視する姿勢を戒めている。

 またハーバード大学教授の著名な国際政治学者のグレアム・アリソンも、ウクライナ情勢についてのインタビュー記事の中で、かつてフランクリン・ローズヴェルト米大統領やウィンストン・チャーチル英首相がソ連のヨシフ・スターリンと会談し、またリチャード・ニクソン米大統領が毛沢東国家主席と交渉したように、西側諸国がプーチン大統領と交渉すべきだと述べている[Bernhard Zand, “Dealing with Horrible Leaders Is Part of the History of Internatio-nal Relations(恐ろしい指導者と取引することも国際関係における歴史の一部だ)”, Spiegel International, May 20, 2022]。ロシアとの共存を摸索しなければならないというアリソンの議論は、かつて彼が刊行した『米中戦争前夜』という著作の中で、「ツキジデスの罠」という用語を通じて、中国との共存の必要性を論じたことと重なる。

 バーミンガム大学教授のパトリック・ポーターらは、ウクライナとそれを支援する西側諸国の利益が一致しているわけではないとした上で、西側の対ロ強硬姿勢のレトリックがウクライナの期待を吊り上げてしまっており、よりいっそう戦争終結が難しくなっていると論じる[Patrick Porter, Justin Logan & Benjamin H. Friedman, “We’re not all Ukrainians now(今や我々みんながウクライナ人というわけではない)”, Politico, May 17, 2022]。ウクライナへの感情的な同情と、自国の冷静な国益の評価を混交するべきではなく、ウクライナから一定の距離を置くことも必要だと示唆する。

 ソ連外交史が専門の大家である、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)教授のヴラディスラブ・ズボクは、プーチン体制の今後について歴史的視座からの洞察を示している[Vladislav Zubok, “Can Putin Survive? (プーチンは生き残ることができるのか)”, Foreign Affairs, June 21, 2022]。

 プーチン体制においては、厳しい弾圧を行わずとも、それに批判的な国際派の人々はすでに海外に脱出しており、それ以外の国民構成においては世界経済との繋がりをあまり必要としていない。それゆえ西側諸国からの制裁や貿易制限を受けても、それらの国内派の人々は直接的にはあまり損失を被ることはなく、プーチン体制への批判は強まらない。むしろプーチンは、かつてのミハイル・ゴルバチョフ大統領とは異なり、保守的なイデオロギーを媒介にしてロシア国民のノスタルジーの感情に訴えている。それゆえ、西側諸国の経済制裁が直接、プーチン体制を打破する結果には至っておらず、西側諸国は、制裁により弱体化しながらも独裁的であり続けるプーチン体制と、共存をしていかなければならないだろうと予測する。的確であり、鋭い洞察である。

■楽観主義の後退

 実際に、戦争勃発直後、ロシア軍の侵攻が停滞して、ウクライナ軍が勇敢にロシアの占領地拡大を阻止していた頃の楽観主義は大幅に後退した。

 たとえば、外交問題評議会のリチャード・ハース理事長は、一方の側が他方に自らの意思を強制するような「勝利」が得にくい現実を指摘して、長期戦になることを想定した戦略を検討することが重要だと論じる[Richard Haass, “A Ukraine Strategy for the Long Haul: The West Needs a Policy to Manage a War That Will Go On(長期戦のためのウクライナ戦略―西側は長引く戦争をマネージする政策が必要だ)”, Foreign Affairs, June 10, 2022]。そして、アメリカはこの戦争を、民主主義を求めたものではなく、国際秩序の問題のフレームして、国際世論の支持を拡大する重要性を説く。ハースは、ウクライナの領土をロシアに割譲するべきではないと論じる。というのも、1938年のチェコスロバキアのズデーデン地方の割譲の例のように、攻撃された国が領土を割譲する前例をつくれば、それがさらなる同様の事態を生み出す結果になるからだ。

 ウクライナのドミトロ・クレバ外相は、『フォーリン・アフェアーズ』誌に寄稿して、「戦争疲れ」が浮上する中でもウクライナへの継続的な支援を続けて、ロシアを打倒しなければならないと論じる[Dmytro Kuleba, “How Ukraine Will Win(ウクライナはどう勝つか)”, Foreign Af-fairs, June 17, 2022]。すなわち、ウクライナが「負けない」というだけではなく「勝つ」必要があるのだ。

 実際、最近の国際論壇に少なからずあるウクライナの妥協を求める声は、いわゆる「戦争疲れ」に由来する部分もあるはずだ。クレバ外相によれば、ロシアに勝利するためには経済制裁が鍵であり、長期的にロシア経済を弱体化させることが重要だ。しかし終戦交渉の席に着かせるには、あくまでもロシアが戦場での敗北を続けることが必要になる。ウクライナの領土的譲歩による戦争終結を求める声を退けることが、現在のウクライナ政府の重要な目標であろう。

■ウクライナ支援を強く説くイギリス

 欧州諸国の中で、最もロシアに対して強硬な姿勢を示し、またウクライナに対する支援継続の必要を強く説いているのがイギリスである。リズ・トラス英外相は、クレバ外相との共同執筆の記事をイギリス保守系の新聞、『テレグラフ』紙に掲載した[Liz Truss and Dmytro Kuleba, “We must ignore the defeatist voices who propose to sell out Ukraine(ウクライナを売り渡すことを提案する敗北主義者の声は無視しなければならない)”, The Telegram, June 25, 2022]。

 ここでは、人々が自らの未来を自由に選択する重要性が説かれており、そのような原則を擁護することが戦争の目的でもあるという。同時にそれは、プーチン大統領が忌み嫌うことでもある。プーチンにとっては、この戦争を通じて自由民主主義が成功し、権威主義体制が挫折するような結果に至ってはならない。またこの記事では、ウクライナの主権や安全、領土保全を犠牲にして、独仏両国を中心にまとめたミンスク合意も批判される。欧州諸国の中でも、戦争継続への意志の強さには濃淡があり、次第に亀裂が見られるようになっている。

 同様に、ボリス・ジョンソン英首相も『タイムズ』紙に寄稿して、ウクライナへの支援を継続する必要と、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領が提示する条件での戦争終結を求める必要を説いている[Boris Johnson, “Boris Johnson: We will never be secure if we turn our backs on valiant Ukraine(ボリス・ジョンソン:勇敢なウクライナに背を向けるならば、我々は決して安全ではないだろう)”, The Times, June 18, 2022]。

 プーチンがその目的を達成したならば、あらゆる独裁者が力を用いてでも自らの目標を達成するようになることが常態化する。それゆえ、西側諸国は迅速にウクライナへと武器や弾薬を供与して、戦争継続が可能となるように援助を続けることが死活的に重要だとジョンソン首相はいう。

 このように欧米諸国の中でも、戦争終結のためにロシアに譲歩して、すでにロシアが支配下に置いているウクライナの主権的領土を割譲する必要を説く者から、徹底してロシアを打倒してウクライナへの支援を継続する必要を説く者まで、多様な主張が見られる。ただし、マドリードNATOサミットではNATO加盟諸国がウクライナへの支援を強化して、ウクライナを勝利に導くための協力をする姿勢を示した。戦争終結までの道は見えないが、それでも現在の政策を継続することが最良だと判断したのであろう。 (続く)

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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