中国の発する「対米穏健・対日強硬」というシグナル(2022年5・6月-2)

ブリンケン米国務長官の対中政策演説に、中国側も敏感に反応した  (C)AFP=時事
アメリカにウクライナ支援への超党派的合意が存在する状況下、中国はロシアと距離を置き米中関係改善への意思を示すとともに、日本への強硬姿勢を前面に出す。ただし、この対米方針は「アメリカの衰退」を念頭に置いた過渡期的戦略であり、独自の国益の計算から導かれたものであることを確認する必要がある。(第1部から続きます)

 

3.バイデン政権の政策は正しいのか

■支持しつつも「巻き込まれ」を警戒する民主党左派

 バイデン政権のアメリカは、ロシア・ウクライナ戦争への軍事介入の可能性を繰り返し否定しながらも、参戦以外のあらゆる手段でウクライナを支援し、ロシアを制裁する意向を示してきた。そしてそのような方針は基本的に、マドリードNATOサミットでも幅広い支持を得ているといえる。

 ジョー・バイデン大統領は、5月31日付の『ニューヨーク・タイムズ』紙に、自らの見解を寄せている[Joseph R. Biden Jr., “President Biden: What America will and Will Not Do in Ukraine(バイデン大統領―ウクライナにおいてアメリカがすることとしないこと)”, New York Times, May 31, 2022]。

   この論考でバイデン大統領は、ロシアの侵略に対して「抑止と防衛」によって対抗し、民主的で独立したウクライナを支援することが、アメリカのなすべき正しいことであると論じている。また、ロシアの侵略の目的実現を阻止して、力が正義ではないことを明確にすることがきわめて重要となるという。

 バイデン大統領がそのような記事を掲載した翌日の6月1日、『ヒル』紙において、36名のNATOや安全保障に関連した専門家や実務家たちが連名で、バイデン政権の方針を支持する共同声明を寄せている[John Herbst, Steven Pifer, & David Kramer, “36 experts agree: Stay the course in Ukraine(36人の専門家が賛同ーウクライナでの路線を維持せよ)”, The Hill, June 1, 2022]。

   ここでは、ロシアに対する制裁とウクライナへの武器供与などの支援を続けることで、侵略されたウクライナが領土を失い、不利な条件で停戦協定を締結する事態を防ぐように求めている。すなわち、これまでの政策を継続することで、ロシアの侵略の試みを挫折させ、ウクライナの戦争を勝利に導くことが、西側の政策目標であるべきだとしている。

 さらには、米民主党左派のバーニー・サンダーズの外交顧問であるマシュー・ダスも、左派勢力もまた自らの擁護する価値である社会的正義や平等、民主主義を守るためにも、ウクライナへの支援を続けることが重要であることを論じている[Matthew Duss, “Why Ukraine Matters for the Left(なぜウクライナ侵攻は左派にとって重要なのか)”, The New Republic, June 1, 2022]。

   ただしダスは、アメリカが戦争に巻き込まれることへの強い抵抗も示しており、戦争から一線を画しているバイデン政権の政策に理解と支持を示している。いわば、参戦に至らないかたちでのウクライナへの軍事支援や経済支援を続けることは、現在のアメリカ政治では緩やかな超党派的な合意となっているといえるだろう。

■「実質的な参戦に近づいている」との批判も

 他方で、当然ながら、それらとは異なる見解も見られる。ジャーナリストのボニー・クリスチャンは、『ニューヨーク・タイムズ』紙に「アメリカはウクライナの戦争に関与していないと本当に言えるだろうか?」と題するコラムを寄せて、アメリカのウクライナへの軍事支援は、実質的な参戦に近づいていると批判する[Bonnie Kristian, “Are We Sure America Is Not at War in Ukraine? (アメリカはウクライナでの戦争に関与していないと本当に言えるだろうか?)”, The New York Times, June 20, 2022]。

   クリスチャンは、2001年の同時多発テロ以降、戦争関与をするかしないかについて、その境界線を特定するのが困難になってきていると指摘する。そして、アメリカがウクライナで行っていることは、戦争ではないとはもはや言えないと論じる。

   これはアメリカの軍事介入を敬遠する立場からの警告であろう。とはいえバイデン政権の政策は、実際に米軍を派兵してロシア軍と交戦状態に入るリスクを考慮している。そのような事態を回避するために慎重な姿勢を続けており、「参戦」とは異なるというべきであろう。

4.対米関係を改善し、対日関係を悪化させる中国

■中国はブリンケン演説をどう捉えたか

 中国の対外政策は、この間に少なからぬ変化が見られる。それは、ヨーロッパとの関係を協調路線に転換することへの意欲と、アメリカに対する批判の穏健化、そしてそれらとは対照的に対日政策の強硬化である。

 たとえば、陈积敏・中国共産党中央党校戦略研究所准研究員は、「バイデン政権における対中政策の進化と特徴」と題する論考の中で、5月26日に行われたアントニー・ブリンケン米国務長官の対中政策演説を取り上げ、アメリカが中国との衝突や新冷戦を求めないと明確に表明している点に注目する[陈积敏(Chen Jimin)「拜登政府对华政策框架的演化与特点(バイデン政権による対中政策の進化と特徴)」『中美聚焦』、2022年6月2日]。そして、それまでの「必要なときには敵対する」という文言が消えていることから、米中衝突の可能性が後退していると認識する。他方でそのようなプロセスがまだ流動的で、とりわけ台湾政策についてはアメリカが「サラミ戦術」を用いて、徐々に「台湾独立」へ至る道筋を付けつつあることを警戒している。

 そのような期待と疑念は、『環球時報』紙の5月27日の社説でも見られた[「社评:世界需要的不止是美国的“漂亮话”(社説―世界が求めているのは米国の『綺麗事』だけではない)」『環球時報』、2022年5月27日]。同社説はブリンケン国務長官の演説を、従来のアメリカ政府の姿勢と比べて穏健なものと位置づけて、マイク・ポンペオ前国務長官の挑発的で攻撃的な演説と比較する。そして「新冷戦を求めない」という発言にも注目している。ただし、そのようなアメリカ政府の姿勢を「綺麗事」だとも論じており、米中関係を「民主主義と権威主義の対決」の構造に位置づけていることを引き合いに、その言行不一致を批判するのだ。いわば、アメリカの対中政策の修正への期待と疑念の両側面が見られると言っていいだろう。

 米中関係の改善傾向が見られる一つの理由は、ウクライナでの戦争を終結させるためにも、中国政府の対ロシア支援を思いとどまらせロシアを孤立させたいという米国側の意向があるのであろう。

   清華大学の国際政治学者、閻学通教授は、「なぜこの戦争でバランスをとる必要があったのか」と題する『フォーリン・アフェアーズ』誌への投稿論文の中で、中国はウクライナでの戦争において、「バランス戦略」をとることでコストを最小限に留めていると論じている[Yan Xuetong, “China’s Ukraine Conundrum: Why the War Necessitates a Balancing Act(中国のウクライナ問題―なぜこの戦争でバランス戦略をとる必要があったのか)”, Foreign Affairs, May 2, 2022]。いわば、中国は自国の国益のためにも、米ロ間の対立で明確な立場を示さないようにしていると言うのである。

 そのような見解は、必ずしも額面通りに受け取るべきではないだろう。確かに米ロ対立に曖昧な姿勢で臨むことにもメリットはあるが、それ以上に中国には独自の国益の計算がある。コロンビア大学のアンドリュー・ネイサンは、中国は「偉大な近代的社会主義国家」建設に自信を深める一方、アメリカは不可逆的な衰退を続けていると確信しており、その傾向を止めないためにもアメリカの覇権に対抗する唯一の堅強なパートナー国であるロシアとの協力を強めていると指摘する[Andrew J. Nathan, “Why China Threads the Needle on Ukraine(なぜ中国はウクライナ問題で針に糸を通すようなことをするのか)”, Foreign Policy, June 4, 2022]。

   中国はロシアの戦争に巻き込まれることを避けながら、同時に西側との全面的な対立に至ることも回避したい意向であるため、いわばどちらの側にも与しないような立場を示しているとネイサンは言う。それは、衰退を続けるアメリカとの競争で中国が優位に立つために効果的な、過渡期的な戦略なのである。

■「防衛省職員の台湾派遣」「統合司令部創設」に強い反発

 中国から対米関係改善へのかすかなシグナルが発せられているのと対称的に、対日関係については強硬化が見られる。

   たとえば、6月7日の『環球時報』紙の社説では、「目を覚まさせるために、日本に猛省を促すべきだ」と題して、中国政府が今後、対日政策を強硬化させる必要性が指摘されている[「社评:我们有必要给日本当头一棒,让它清醒(社説―目を覚まさせるために、日本に猛省を促すべきだ)」『環球時報』、2022年6月7日]。

   とりわけ、対台湾窓口機関への防衛省職員の派遣、台湾有事を念頭に置いた統合司令部の創設検討という動きへの反発は強い。同社説は「日本の軍国主義が復活する」として、日本政府が中国の「核心的利益」を脅かすような行動を次々と行っており、台湾問題への干渉がアメリカ以上に過激化していると述べている。「その踏み出した一歩が何を意味するかを日本に教えなければならない」「半世紀以上にわたり、封じ込められていた日本の軍国主義が台頭している」といった表現からは、安倍政権から菅政権、そして岸田政権と政権が新たになるほど、対中政策が敵対的になっているとの認識が窺える。

 そのような警告は、中国を代表する日本政治外交研究者の吴怀中・中国社会科学院日本研究所副所長による『環球時報』へのコラムの中でも示されている[吴怀中(Wu Huaizhong)「日本对华政策走到关键十字路口(日本の対中戦略は重要な岐路を迎える)」『環球時報』、2022年6月9日]。

   吴は、「日本の対中戦略は重要な岐路を迎える」と題するこの論考の中で、岸田政権は日本国内の右翼勢力の台頭を封じ込めて、日中関係の改善へ向けて前進するべきだと提言する。そして、自民党のリベラル勢力の伝統を持つ宏池会を土台とする岸田政権が、かつて高坂正堯京都大教授や五百旗頭真防衛大学校長のような現実主義者が論じた、「日米同盟プラス日中協商」という、対米関係と対中関係を両立させる対外戦略を選択するべきだと論じる。ここには中国政府内で対日姿勢の強硬化が見られる中で、どうにか日中関係の悪化を防ごうという意識も見てとれる。

 6月2日の『人民日報』の社説では、「精神を集中して自身の事柄にしっかりと取り組もう」と題して、習近平政権三期目に入る前の重要な時期に、思想統一を行おうとする現政権の姿勢が見られる[任理轩(Ren Lixuan)「集中精力办好自己的事情(精力を集中して自身の事柄にしっかりと取り組もう)」、『人民日報』、2022年6月2日]。すなわち、ウクライナ危機で国際情勢が流動化して、将来の見通しが不透明になる中で、習近平同志を核心とする党中央の周辺に団結して、習近平による新時代の「中国の特色ある社会主義思想を堅持すべき」だと論じるのだ。今秋の党大会へ向けて、習近平総書記への支持を固めていく動きであろう。

   これから中国は政治の季節となる。世界が混乱する中で、中国の国力を増強して習近平体制の権力基盤をさらに強固なものにするという政権運営の目的が、まさに極大化されるであろう。ウクライナでの戦争は、世界を混乱させて、多くの悲劇を生み出している。だが、米中対立という構図と、そこで中国がより優位な立場を確立しようとする姿勢は、このような混乱の中においても大きな変化は見られないようだ。 (5・6月、了)

カテゴリ: 政治
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