ロシア・ウクライナ戦争が要請したヨーロッパの戦略的自律(2022年7・8月-2)

ロシア・ウクライナ戦争がもたらしたヨーロッパの地政学的覚醒とは(C)AFP=時事
ロシア・ウクライナ戦争はまもなく「冬」という最大の危機を迎える。厳しいエネルギー不足に直面してもなお、結束してウクライナ支援を続けられるのか。ヨーロッパに突き付けられる問いは一方で、米国の安全保障に依存しない「戦略的自律」をも要請する。(第1部から続きます)

 

4.長期化する戦争、不満が鬱積するヨーロッパ

必ず来る「冬」という危機

 地球の裏側のウクライナでも、緊張は続いており、戦争が終結する見通しが立たない。カーネギー国際平和財団のタティアナ・スタノヴァヤは、ロシアが戦争を継続する大きな理由として、自分たちが戦争に勝ち続けているとウラジーミル・プーチン大統領が認識している点を指摘する[Tatiana Stanovaya, “Putin Thinks He’s Winning(プーチンは自分が勝っていると思っている)”, The New York Times, July 18, 2022]。

 キーウから撤退し、前例のない制裁を受け、国際的な非難に晒されていながらも、プーチンはすべてが計画通りだと考えている。いわば自らのプロパガンダに、自らが虜になってしまっているのかもしれない。プーチンは西側諸国が、選挙ばかりを考えてロシアに攻撃的な「悪徳な西側」と、ロシアとの正常な関係を望んでいるハンガリーのヴィクトル・オルバン首相、フランスの「国民連合」のマリーヌ・ルペン氏、アメリカのドナルド・トランプ前大統領のような「善良な西側」とに分かれていると考えている。そのような世界観の中にいるプーチンとの間で、和解や停戦を摸索するのは難しい。

 そのようなプーチンの独特な世界観とは別に、これから秋から冬にかけて、ヨーロッパの結束は次第にほころびを見せるようになるかもしれない。イタリアのナタリー・トッチ国際問題研究所(IAI)所長は、ヨーロッパで地政学的な亀裂が再浮上しつつあり、とりわけエネルギー危機に関連するロシアからの恐喝を前に、ポピュリスト政党が国内問題を優先するべきだと主張するようになることを懸念する[Nathalie Tocci, “Can Russia Divide Europe?(ロシアは欧州を分断できるのか?)”, Foreign Affairs, August 5, 2022]。

 はたしてヨーロッパはこれからも、多様な利益や価値を束ねる結束と、ロシアの侵略を否定する決意を持続させることができるのだろうか。ヨーロッパの真価が問われるだろう。

 エネルギー問題に詳しいS&Pグローバル副会長のダニエル・ヤーギン氏と、同社のグローバル・ガス・ストラテジストのマイケル・ストッパード氏は、「ヨーロッパの冬は、プーチンの春になるかもしれない」という『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙への寄稿論文の中で、ウクライナをめぐる戦争で、「エネルギー戦争という第二戦線が開かれた」と論じる[Daniel Yergin and Michael Stoppard, “Winter in Europe May Be Springtime for Putin(ヨーロッパの冬はプーチンの春)”, The Wall Street Journal, August 3, 2022]。

 すなわち、エネルギー価格が高騰することで、ヨーロッパ諸国では国内社会が混乱し、ウクライナ支援と対ロシア制裁の継続への疑念が高まるであろう。この先の展望が不透明な中において、確実に述べられる数少ないことが「冬は必ず来る」ことだと論じる。

 フィガロ紙の元編集長であり、サルコジ元大統領の側近でもあったフィリップ・ヴィランは、『フィガロ』紙に寄せて、EU(欧州連合)の官僚が民主的な討議を経ることなく、一方的にウォロディミル・ゼレンスキー大統領への無制限の支援を提供する約束をしたことを批判した[Philippe Villin,“ ≪Les sanctions contre la Russie, quoi qu’il nous en coûute?»(ロシアへの制裁、どんな代償を払ってでも?)”, Le Figaro, July 18, 2022]。

「ロシアへの戦争は、いかなる代償を払ってでも?」と題するこの論稿の中で、ロシアとの戦争に向かって突き進んでいる政治家やテクノクラートを厳しく批判し、ヨーロッパの人々の生活はよりいっそう困難になり、破滅に進んでいると論じる。このような声がこれからどの程度強くなるかが、ヨーロッパ諸国のウクライナに対する支援の行方を決定づけるであろう。

■戦争の行方を決めるウクライナ支援

 実際のところ、アメリカやヨーロッパでは依然として、ウクライナを支援してプーチン大統領の侵略の試みを挫折させる必要性を説く主張が色濃く見られる。

 たとえば、ポーランド首相のマテウシュ・モラヴィエツキは、『ルモンド』紙に掲載した論稿の中で、ロシアの野蛮な本性が露呈したことを前提に、よりいっそうヨーロッパがウクライナ支援を行わなければならないと論じる[Mateusz Morawiecki, “Mateusz Morawiecki, premier ministre polonais : “≪ La guerre en Ukraine a aussi réevéelée la véeritée sur l’Europe ≫(マテウシュ・モラヴィエツキ、ポーランド首相―ウクライナ戦争はヨーロッパの現実も明らかにした)”, Le Monde, August 16, 2022]。

 しかし問題は、EU内ではドイツやフランスの声が優先されることが多く、その両国がこれまでロシアに対する制裁にはしばしば躊躇してきたことである。モラヴィエツキ首相は、EU内において独仏両国の意向が優先される状況を「寡頭制」であると批判し、EUがより平等な組織として独仏以外の諸国の主張も尊重するべきだと論じる。そして、ウクライナでの戦争は、ロシアの本性のみならず、ヨーロッパの真実の姿も露呈したと述べる。

 また、アメリカの国務省や国防省に勤務したデブラ・ケーガン、元ウクライナ大使のジョン・ヘルプスト、NATO(北大西洋条約機構)元事務次長アレクサンダー・バーシュボウら20名が署名した共同声明では、プーチンの帝国主義的な野心を挫折させるために、アメリカはウクライナの勝利に必要な武器供与を惜しむべきではないという見解が示された[Debra Cagan, John Herbst and Alexander Vershbow, “US must arm Ukraine now, before it’s too late(アメリカは手遅れになる前にウクライナを武装させよ)” , The Hill, August 17, 2022]。

 バイデン政権は戦争のエスカレーションを怖れることで一定以上の関与を控えており、プーチン大統領の術中にはまっている。戦争のエスカレーションを回避しようとするこのような認識は、アメリカやヨーロッパで見られる一般的な認識と言える。だが、もしも欧米諸国がウクライナへと必要な武器支援を行わなければ、ウクライナの継戦能力が限界に直面する。これからは、増派により戦争での優位性を回復しようとするロシア軍と、欧米諸国などからのより広範な軍事的支援を必要とするウクライナ軍との、時間との争いになっていくかもしれない。

 ブルッキングス研究所のウィリアム・ガルストンもまた、ウクライナに必要な武器を提供することが、現在では死活的に重要となっており、戦争の行方を左右すると論じる[William A. Galston, “Give Ukraine the Weapons It Needs(ウクライナに必要な武器を供与せよ)”, The Wall Street Journal, July 5, 2022]。

 ガルストンによれば、ウクライナがロシアの侵略を撃退できるとする極端な楽観論も、あるいはウクライナがロシアに抵抗することは不可能だとする極端な悲観論も、大部分は的外れであった。今後の展開を左右するのは、ウクライナが勝利のチャンスを手にするために、われわれがどれだけウクライナに対して必要な兵器を供与できるかである。したがって、まだウクライナの勝利のチャンスが残っているならば、今秋にロシアに対する反転攻勢を成功させるためにも、アメリカとのその同盟国はよりいっそうウクライナに対して兵器を提供することが重要なのだ。

 おそらくは多くの論者が述べるように、この秋にエネルギー危機の中でどれだけヨーロッパ、そしてアメリカや日本がウクライナへの支援を強化できるかによって、戦争の命運が決するであろう。戦争は長期化するであろうが、それがどのような結末に至るかはまだ決定していない。しばらくは、シーソーゲームのような緊迫した状況が続くのだろう。

5.「戦略的自律」と「欧州主権」

ヨーロッパに求められる防衛能力向上

 アメリカの対ウクライナ支援においては、一つの特徴を見出すことができる。すなわち、アメリカはウクライナや、おそらく台湾に対しても、直接的に自国の兵力を用いた軍事介入はしないということだ。その代わり、侵略国への制裁や同盟国・友好国などへの経済的支援および武器供与などを行う。このようなアプローチが好ましいものであると見ている。

 それは同時に、軍事攻撃を受けた国が一定の期間、自らの軍事力に基づいて自衛的な措置をとり、継戦能力や抗堪性を向上させる必要があることを意味する。ウクライナはこれまでの期間、それに成功してきたのだ。

 そのような主張を行うのが、クインジー研究所の共同創設者であるカーネギー国際平和財団シニア・フェローのスティーブン・ワートハイムである。ワートハイムは、ヨーロッパはアメリカに安全保障を依存するのではなくて、自らの安全を自ら守ることが重要であり、また可能であると主張する[Stephen Wertheim, “The Real Zeitenwende: A Europe That De-fends Itself(本当の転換―自衛するヨーロッパ)”, 49 security]。

 ロシアによるウクライナへの侵略を受けて、ヨーロッパ大陸では地政学的な覚醒が見られ、より自律的な軍事力を構築する傾向が見られる。そして、ワートハイムは、それこそがヨーロッパにとっての本当の「転換点」を意味すると論じる。とりわけ、ヨーロッパで最大の人口を擁し、最も繁栄しているドイツがそのような戦略的自律を実践することが重要である。

 アメリカのケイトー研究所シニア・フェローのジャスティン・ローガンもまた、ヨーロッパは自主防衛するための十分な能力を有しており、アメリカが過度に軍事的に関与し、安心を供与することは、そのようなヨーロッパの自主性や責任を損なう結果となり、アメリカにとっても過剰な負担になると指摘する[Justin Logan, “NATO Is a Luxury Good the United States Doesn’t Need(NATOは米国が必要としていない贅沢品だ)”, Foreign Policy, July 23, 2022]。

 その論稿のタイトルが示すように、いわば「アメリカにとって、NATOは必要のない贅沢品」なのだ。現在のウクライナ危機を通じてヨーロッパの自主的な防衛能力を向上させることこそが、アメリカにとって必要な政策である、とローガンは論じる。

アメリカ側からの「欧州主義」の要請

 同時に、CSIS欧州プログラム・ディレクターのマックス・バーグマンは、アメリカのアジア重視路線の継続を前提として、アメリカの関心と資源をめぐるゼロサムゲームにヨーロッパは敗れており、今後よりいっそうヨーロッパは自らの力で、自らの安全を確保しなければならないと論じる[Max Bergmann, “Europe on Its Own(独力のヨーロッパ)”, Foreign Affairs, August 22, 2022]。

 EUがよりいっそう軍事能力を構築することで、NATOのなかに欧州の柱が確立し、ヨーロッパがアメリカと肩を並べるパートナーになるであろう。そして、そのようなアメリカとヨーロッパの対等なパートナーシップが、大西洋同盟の絆をさらに強化すると論じる。

 従来は、フランスなどのヨーロッパ諸国の側から、ヨーロッパの「戦略的自律」やそれに類似した「欧州主権」が要請されてきた。だが、最近の特徴は、そのような要請がむしろアメリカの側から見られることだ。アメリカの安全保障専門家の一部は、より抑制的なアメリカの国防戦略を求めており、とりわけコロナ禍で国内経済が疲弊した状況で、その傾向がよりいっそう顕著に見られる。

 バイデン政権はそのような政策を選択する姿勢はまだ見せておらず、依然としてヨーロッパ大陸への防衛上の関与とコミットメントを強化する姿勢を示している。しかしながら、中長期的にはより自律的で、より軍事能力が強化されたヨーロッパが登場するのではないか。

6.安倍外交への高い国際的評価

 7月8日の参議院議員選挙期間中に起きた安倍晋三元首相の銃撃事件と、その後の死去の知らせは、世界中に衝撃を与えた。日本憲政史上最長の首相在任期間となった安倍氏は、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想や、日米豪印4カ国による「クアッド」、そしてアメリカが離脱した後に自由貿易圏形成のための指導力を発揮したCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)の成立など、インド太平洋地域における国際協力の枠組み創りでイニシアティブを発揮した。世界的に広く名前が知られている日本の元首相の突然の死去の知らせは、各国の主要メディアでもトップで報じられた。

 とりわけ安倍元首相と親交のあったインドのナレンドラ・モディ首相は、「私の友人、安倍さん」と題する追悼文を寄せて、安倍元首相との個人的な交友関係や、日印関係の強化の軌跡、そしてインド太平洋地域への安倍元首相の貢献への賛辞を綴っている[Narendra Modi, “My Friend, Abe San(私の友達、安倍さん)”, NarendraModi.in, July 8, 2022]。

 二人が最初に会ったのは、モディ首相がグジャラート州首相として日本を訪問した2007年のことであった。その後も、新幹線でともに京都を観光したり、富士山麓の山梨の別荘に滞在したりと会合を重ねたことについて、外交儀礼をこえた温かなものであったと追想する。

 また、トランプ政権時に大統領副補佐官であったマット・ポッティンジャーは、「インド太平洋」という地域概念を発明した安倍元首相を賞賛する文章を『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙に寄稿している[Matt Pottinger, “Shinzo Abe Invented the ‘Indo-Pacific’(安倍晋三氏が「インド太平洋」を発明した)”, The Wall Street Journal, July 10, 2022]。

 安倍元首相は、2007年のインドでの演説で、それまでの中国を中心とした「アジア太平洋」という地理的概念を転換し、インドをはじめとする南アジアや東南アジア中心の「インド太平洋」という「広域アジア」の概念を提唱し、普及に努めた。それは、安倍元首相とモディ首相との友情に支えられたイニシアティブであり、また中国のオルタナティブとなる国際開発援助計画を推進する結果となった。それは試行錯誤の上で練り上げられたものであり、中国を封じ込む軍事同盟とは異なる、より包摂的で、より魅力的なフォーラムに成長したと称えている。

 ダートマス大学准教授で、日本外交や東アジアの国際関係を専門とするジェニファー・リンドは、安倍元首相を追悼する文章を『フォーリン・アフェアーズ』誌ウェブ版に掲載した[Jennifer Lind, “Why Shinzo Abe Thought Japan Had to Change: Will His Vision for a Stronger Country Outlive Him?(なぜ安倍晋三は日本が変化しなければならないと考えたのか―強い国を目指す彼のビジョンは今後も引き継がれるのか?)”, Foreign Affairs, July 12, 2022]。

 そこでは、日本経済の低迷、日米同盟の弱体化、中国の台頭、そして、北朝鮮の核開発の活発化といった不安定な状況の中で、日本に必要な変化をもたらしたことを好意的に紹介している。

 安倍元首相に批判的な人々は、彼を「極右」と呼ぶが、たしかに安倍氏は保守的ではあったものの、イデオロギーと国益が衝突した際には国益を優先していた。当初、アメリカの政治学者や主要なメディアの間で、安倍元首相へのイデオロギー的な警戒感が色濃く見られたものの、このリンドの論稿のように、長期政権となるにつれて次第に評価も肯定的なものへと変わっていった。

 このような安倍元首相へのポジティブな評価は、国際的には幅広く見られるものだが、日本では依然として評価が大きく分かれており、批判的な論調も見られる。

 また、かつては親中的な外交姿勢で知られていたオーストラリアの元首相であるケヴィン・ラッドは、安倍元首相のことを過去50年で最も重要な日本の政治指導者であったと評価している[Kevin Rudd, “Abe Shinzo was the most important Japanese leader in the past 50 years, says Kevin Rudd(安倍晋三は過去50年間で最も重要な日本のリーダーであった)”, The Economist, July 11, 2022]。

 ラッドは、中曽根康弘、小泉純一郎、そして安倍晋三という三人の指導者の名前を挙げて、他の二人に比べてもとりわけ安倍元首相が重要な存在であったと論じ、彼が提唱してイニシアティブをとった「自由で開かれたインド太平洋」構想を高く評価している。

 安倍元首相の外交構想においては、日本とともに「クアッド」を構成するアメリカ、インド、オーストラリアがとりわけ重要な存在であった。だとすれば、これら3カ国の首相が安倍外交を高く評価することも、不思議ではないであろう。

 安倍元首相の死去の知らせは、インド太平洋地域、さらにはより広い国際社会全体で、包摂的かつ国際協調主義的な秩序を形成しようとする試みがより困難となる国際情勢の潮流の中でもたらされた。それは、今後よりいっそう、ロシアや中国を包摂する調和的な国際関係が難しくなっていくことを象徴するかのようである。

 だが、岸田文雄政権は安倍元首相の「自由で開かれたインド太平洋」構想を継承し、積極的な外交を展開している。引き続き、日本が国際社会で重要な役割を担うことを期待したい。  (7・8月、了)

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
API国際政治論壇レビュー(責任編集 細谷雄一研究主幹)
米中対立が熾烈化するなか、ポストコロナの世界秩序はどう展開していくのか。アメリカは何を考えているのか。中国は、どう動くのか。大きく変化する国際情勢の動向、なかでも刻々と変化する大国のパワーバランスについて、世界の論壇をフォローするアジア・パシフィック・イニシアティブ(API)の研究員がブリーフィングします(編集長:細谷雄一 研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)について:https://apinitiative.org/
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