技能実習制度で日本へ逃れる「カンボジア人難民」の過酷な現実

執筆者:室橋裕和 2023年7月16日
エリア: アジア
健全な選挙を求めて300人ほどのカンボジア人が銀座を行進した(以下写真すべて筆者提供)
2022年の日本への難民申請を国籍別に数えれば、最多はカンボジア出身者だ。2017年に第一野党がフン・セン政権に解散させられて以降、政治的迫害を逃れて隣国のタイや欧米、そして日本に渡るケースが急増した。また、北関東や愛知県などを中心に1万人以上が滞在するカンボジア人技能実習生の中には、表立っては言えなくとも、圧政から逃れてきた人が多く混じっていると見られている。

野党排除で加速する独裁体制

 「Freeカンボジア! Freeデモクラシー! Fairエレクション!」

 声を上げて銀座の街を歩くのは、日本に住むカンボジアの人々だ。梅雨の合間の青空が広がった6月25日、およそ300人が集まり、「独裁反対」「公正な選挙を」といった日本語のプラカードを手に、祖国の現状を日本人に訴える。

日本ではあまり知られていないカンボジアの実情を訴える。日本政府によるカンボジア支援がフン・セン政権を潤しているという批判もある

 カンボジアではそれほどに、いま民主主義が失われつつある。

 1985年に首相に就任して以来、40年近くに亘って権力を握り続けるフン・セン氏(70)の独裁は強化される一方だ。7月23日に行われる予定の総選挙からは、有力最大野党であるキャンドルライト党の参加資格が剥奪された。表向きは「書類の不備」という理由だが、昨年6月の地方選挙で22%の得票率を獲得したキャンドルライト党を総選挙から排除する狙いがあるとみられる。

 有力野党への不当な弾圧はこれが初めてではない。2013年の総選挙で半数に迫る票を得た救国党は2017年に解党させられた。野党政治家や支持者への逮捕や拘束、暴力なども相次いでいる。2022年12月に来日し、日本政府に対して「公正な選挙への支援を」と求めたキャンドルライト党副党首のタッチ・セター氏(69)も帰国後に逮捕された。政府を批判した政治評論家のケム・レイ氏は2016年に射殺されている。犯人は「金銭トラブルが原因」と供述したが、なんらかの政治的背景があったと考えられている。政権に批判的だったメディアは事業免許を取り消された。

 銀座での行進の先頭に立ったカット・ソムニエンさん(35)は、夫を失った。

夫を治安部隊に殺されたカット・ソムニエンさん(左)と、キャンドルライト党を支持するソム・ソクジットさん。ふたりとも難民申請をしている

 「2014年のことです。賃上げデモに参加していた夫は、治安部隊の発砲で亡くなりました」

 夫の父、つまりソムニエンさんの義父は、どういう経緯で発砲に至ったのか、その正当性を調査してほしいとメディアで訴えていたが、2016年に不審な交通事故で命を落としたという。

 「義父は警察からたびたび呼ばれて『訴えをやめないとなにがあっても知らない』と言われていたんです」

 その義父とともに夫の死について活動をしていたソムニエンさんも身の危険を感じ、祖国を離れることにした。同じように、政府の弾圧によって隣国のタイや欧米に逃れるカンボジア人がいま急増しているのだが、ソムニエンさんが選んだのは日本だった。

 「技能実習という制度があることを知ったからです」

 銀行に借金をして、仲介業者に6500米ドル(約94万円)を払い、技能実習生となった。2018年に来日すると、新潟県でキノコ栽培に従事。

 「手取りで1200~1300ドル(約17~19万円)はもらえると聞いていたのですが、実際は10万円前後でした」

 それでも働き続け、借金を返し続けた。そして彼女のように「実は政治的迫害から逃れてきたカンボジア人技能実習生」が、日本に増えている。野党の集会に参加したために教員の資格を剥奪された人が、日本に逃れて技能実習生として働いているケースもあるという。

改正入管法に募る懸念

この記事だけをYahoo!ニュースで読む>>
カテゴリ: 政治
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
室橋裕和(むろはしひろかず) 1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌に在籍し、10年にわたりタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。2023年3月現在は日本最大の多国籍タウン、新大久保に在住。著書に『ルポ新大久保』(辰巳出版)、『日本の異国』(晶文社)、『北関東の異界 エスニック国道354号線―絶品メシとリアル日本―』(新潮社)など。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top