複数の親族グループに分かれて、断絶するコミュニティ
7月4日、川口市内の病院にクルド人100人ほどが集まり、騒乱を起こしたことが大きなニュースになった。対立するグループ同士で乱闘になったのだ。それからは改造車での暴走、クルド人が働く解体現場での危険な作業などが次々に報じられた。
どうしてクルド人は荒れているのか……。現地を歩き、さまざまなクルド人、日本人に話を聞いていると、トラブルの背景にはさまざまな理由があることがわかった。
そのひとつが「クルド人内部での分断」だ。クルド人と長年のつきあいがあるという地域の日本人Aさんはこう話す。
「日本には2000人とも4000人ともいわれるクルド人が住んでいますが、5つか、あるいはそれ以上のグループに分かれていて、互いにあまり交流もないんです」
このグループとは、家族・親族のことだ。在日クルド人の多くがトルコ南東部のガジアンテップという地域から来ているが、なかなかに広大なエリアだ。同じガジアンテップでも出身地が異なり、親族が違う相手のことを、あまり信用しない傾向にある。同じクルド人だからといって一枚岩ではまったくないのだ。それどころか、ふだんから険悪な親族同士もある。日本に住んで10年というクルド人Bさんが言う。
「病院の件は仲の悪い親族間の揉め事が発展したものです。きっかけは女性関係のトラブルと報じられましたが、お金の貸し借りも原因です」
対立する親族の男たち数名が刃物で切り合ったのだが、負傷して運ばれたのは同じ病院の近くのフロア。そこに互いの親族が「加勢」して大混乱になったという。Aさんが言う。
「以前にもこのふたつの親族はコンビニで乱闘騒ぎを起こしていました。まさに一家総出で、互いの母親同士、子供同士で取っ組み合い、殴り合ってね」
こうした対立は学校にまで持ち込まれるのだとAさんが続ける。
「あの一家の子とウチの子を同じクラスにしないでほしいと言ってくることもあったそうです。授業参観で親同士がケンカしたこともあったと聞きました。先生があの一家の子供ばかり指して発言させたとかで」
異なる親族を容易に信用しない。そういった文化がクルドにはある……とはいえだ。彼らはトルコ政府からの迫害を理由に日本に逃れてきて、難民と申し出た人々が大半なのである。その生活はきわめて不安定だ。難民申請はほぼ認められず、外国人が日本で暮らすための「在留資格」を持っていない人が多い。住民として認められていないため、たとえば健康保険をはじめとする医療サービスが受けられない。病院にかかれば自費だ。就労にも制限がある。進学もままならない。生活はきつい。
であるなら、互いに協力したほうがいいようにも思うのだが、そうはならない。年に一度、ネウロズというクルド民族の祭りだけは親族の枠を超えて行うが、それだけだ。日常生活の中でつきあいは薄く、対立も根深いが、改善しようという空気はない。Aさんが言う。
「みんな、このままじゃ良くないとわかってはいる。でも、昔からこうやって生きてきたんだという民族、親族の自負もあるんです」
クルド人が「国」を持てなかった理由
どうして異なる親族同士でそこまで溝があるのだろう。そこにはいくつかの理由があると、クルド人のCさんが話す。在日クルド人の中でも古株のひとりだ。
「クルド人は昔から遊牧民だったんです。季節によって移動をしながら、農業と牧畜で生きてきた。たいへんな暮らしです。だから親族同士の絆が強くなるし、同じクルド人でも遊牧する場所が違う人々とはなかなか打ち解けない」
現状クルド人は、トルコ、イラン、イラク、シリアにまたがっておよそ3000~4000万人が住んでいるが、こうした理由からなかなか「ひとつの民族」としてまとまらなかったといわれる。逆に周辺国にその民族性をうまいこと利用され、クルド人同士の内部対立を煽るよう仕向けられてきた歴史もある。より一層、「信用できるのは親族だけ」となっていく。
クルド人は「国を持たない世界最大の少数民族」とも呼ばれるが、そこにはこんな事情が絡み合っている。そしてこの構造がそのまま、埼玉県南部に持ち込まれてしまっているのだ。
そもそも、在日クルド人社会にはいろいろな人が混在していると、かねてから言われてきた。本当に辛い迫害を受けてきた人もいれば、そうでもない人が難民として申し出ていることもあると噂される。さらに多くのクルド人が「トルコ人がクルド人と偽って難民申請している」と話す。それを肯定するトルコ人も、否定するトルコ人もいる。なにか事件があるたびに「あれは本当はトルコ人がやったこと」「これだからクルド人は」と互いに言い合う。クルド人同士だけでなく、トルコ人とクルド人の間でも疑心暗鬼となっていて、「親族しか」という傾向はさらに強まっていく。きわめて複雑なのだ。
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