スロヴァキア総選挙で「ウクライナ支援反対派」に勝利をもたらした反リベラルのうねり

執筆者:増根正悟 2023年10月17日
タグ: EU NATO 権威主義
エリア: ヨーロッパ
連立政権の樹立に合意した「方向―社会民主主義」のフィツォ党首(中央)と「スロヴァキア国民党」のアンドレイ・ダンコ党首(右)、「声―社会民主主義」のペテル・ペレグリニ党首(左)[10月11日、スロヴァキア・ブラチスラヴァ](C)AFP=時事
スロヴァキアはウクライナの隣国であり、ロシアによる侵攻開始後、世界で最初に戦闘機等を供与した重要な支援国でもある。そのスロヴァキアで9月末に総選挙が実施され、ウクライナ支援に反対する政党が第1党となった。同国にはロシアに親近感を抱く人も少なくないが、選挙での主な争点はウクライナ支援の是非ではなく、長引く政治的混乱と高いインフレ率への対策、難民の受け入れや同性パートナーシップ導入といった「リベラルな政策」への賛否だった。

 9月30日に行われた中欧の小国スロヴァキアの国会総選挙の結果に、世界の注目が集まっている。第1党になった「方向―社会民主主義(Smer-SD)」は、隣国ウクライナへの軍事支援に反対しており、スロヴァキアが欧州の結束を揺るがしかねないとして、危惧されているのだ。日本を含むスロヴァキア国外のメディアは、今選挙ではウクライナ支援が大きな争点となったと報じているが、選挙の結果を左右した要因はそれだけではなかった。

※スロヴァキア国会は一院制、定数150名、任期4年。国会総選挙は、政党別比例代表制(全国一区)に基づき実施。

「マフィア」と呼ばれた元首相が返り咲いた3つの勝因

 選挙直前の世論調査では、左派の「方向―社会民主主義」と、リベラル系新党の「プログレッシブ・スロヴァキア(PS)」が、ともに支持率20%弱で並んでおり、どちらの政党が勝ってもおかしくない状況であった。結局、選挙に勝利したのは、約23%の票を獲得した「方向―社会民主主義」で、「プログレッシブ・スロヴァキア」は2位(得票率約18%)となった。なぜ「方向―社会民主主義」が第1党になったのか、その背景について詳しく見てみよう。

(1)政治的安定を求める声

 前回2020年の国会総選挙では、汚職撲滅を掲げる政党「普通の人々と独立した人格(OLaNO)」を中心とする連立政権が誕生した。「方向―社会民主主義」は、2006年から(2010~2012年を除く)2020年まで長期政権を築いてきたが、政治家の汚職疑惑を調査していたジャーナリストの殺害事件(2018年)をきっかけに、政治や司法の私物化に対する国民の不満が高まり、野党に転じることになった。その後、内部分裂を起こした同党の支持率は10%以下にまで低迷。「方向―社会民主主義」の党首ロベルト・フィツォ氏は、汚職政治の元凶として「マフィア」のレッテルを張られ、政治家としての命運は尽きたかのように思われた。

 だが、「普通の人々と独立した人格」を中心とする当時の連立与党は、イゴル・マトヴィチ首相のエキセントリックな性格も相まって、新型コロナウイルス対策などで内部対立を繰り返し、安定した政権運営を行うことができなかった。2021年、マトヴィチ首相は、ワクチン不足を解消するという名目で、ロシア製ワクチン「スプートニクV」の購入を突如発表する。しかし、政府内で全く議論されずに、EU未承認のロシア製ワクチンが秘密裡に調達されたことで、連立与党内の対立が先鋭化し、マトヴィチ首相は辞任に追い込まれた。

 政権を引き継いだ「普通の人々と独立した人格」のエドゥアルド・ヘゲル首相は、2022年に始まったロシアのウクライナ侵攻に際し、スロヴァキアの安全保障にも関わる前代未聞の出来事という認識の下で結束し、積極的なウクライナ支援を展開する。スロヴァキアは、世界で最初に防空システムや戦闘機(いずれも旧ソ連製)をウクライナに引き渡した国となった。しかし、ヘゲル政権も、内政を巡る内部対立を防ぐことができず、連立パートナーの離脱に伴い内閣不信任案が可決され、2023年9月に繰り上げ総選挙が実施されることが決まった。

 このような状況を背景に、フィツォ氏は、混沌とした政権運営を続けてきた連立与党を批判しつつ、長期政権を築いてきた「方向―社会民主主義」こそが政治的安定を取り戻すことができると主張し、支持率を回復させていった。

(2)高いインフレ率

 これまで計10年にわたり首相を務めたフィツォ氏は、「方向―社会民主主義」の設立当初からのリーダーであり、元々は旧共産党の流れを汲む「民主左翼党(SDĽ)」のメンバーであった。スロヴァキアは、2004年のEU(欧州連合)加盟前後から飛躍的な経済成長を遂げたが、地域格差が激しく、地方に住む高齢者を中心に、経済的恩恵を享受できていないと不満を抱えている者が多い。社会的安定の実現を主張する「方向―社会民主主義」の支持層は、まさにこのような人々である。

 ロシアによるウクライナ侵攻以降、スロヴァキアのインフレは記録的な水準で推移しており、今年1月のインフレ率は前年同月比で約15%(食料品価格に限ると約29%)に達した。このような状況の中、フィツォ氏は、「アメリカとEUの言いなりになってウクライナを支援するのではなく、インフレ対策のようなスロヴァキア国民のための政策を優先すべきだ」というナラティブを浸透させることに成功し、支持を固めていった。

(3)リベラルvs.反リベラル

 一方で、欧州議会副議長のミハル・シメチカ氏が率いる「プログレッシブ・スロヴァキア」は、親EU・NATO志向を明確に表明し、公正で寛容な社会の実現を訴えて、主に都市に住む人々の間で支持を集めていった。また、真偽不明な情報や陰謀論を広めて社会の分断を煽るフィツォ氏の政治手法に警戒感を示す人々も、「プログレッシブ・スロヴァキア」の支持に回り、同党は急速に支持率を伸ばしていった。

 フィツォ氏は、難民の受け入れについて反対の立場を取らず、同性パートナーシップの導入に積極的な「プログレッシブ・スロヴァキア」のことを、リベラル・ファシズムであると批判し、保守層の取り込みに躍起になった。折しも、投票日の1カ月前に、700人以上のシリア人不法移民がハンガリー国境からスロヴァキア南部に越境する事案が発生し、移民問題が再び政治問題化した。フィツォ氏は、首相在任時の2015年に、EUの難民割り当て制度に強く反対している。性的マイノリティーに関する問題は、去年10月にブラチスラヴァで発生したゲイバー銃撃事件以降、大きなテーマになっているが、カトリック信者が約6割を占めるスロヴァキアにおいて、国を二分するセンシティブな議論が続いている。

 こうして、選挙戦が終盤に進むと、選挙の争点は「フィツォの復権に反対か否か」あるいは「リベラルか反リベラルか」という二項対立に収斂していき、ウクライナに関する問題は蚊帳の外に置かれた。9月18日、ウクライナは、穀物輸入を禁止したスロヴァキア、ポーランド及びハンガリーを世界貿易機関(WTO)に提訴したが、そのことは選挙キャンペーンでほとんど取り上げられなかった。

 選挙結果を見てみると、興味深いことに、事前の世論調査では比較的安定した支持率を維持していた極右政党「共和国(Republika)」が、国会議席を逃している。これは、リベラルな「プログレッシブ・スロヴァキア」が選挙で勝つことを阻止するために、「共和国」を支持する一部の有権者が、投票先を「方向―社会民主主義」に切り替えたことが理由であると分析されている。極右政党の「共和国」と左派政党の「方向―社会民主主義」は、政治的志向性が真逆のようにも思われるが、反リベラルという点では立場が一致している。

 今回初めて国会議席を獲得した「プログレッシブ・スロヴァキア」も大健闘したが、いまだ保守層が多いスロヴァキアでは、これ以上の支持を積み上げることができなかった。

連立政権内の駆け引きによっても左右される対露関係

 スロヴァキアの大手シンクタンク「グローブセック」が今年3月に実施した世論調査によると、ウクライナでの戦争に対して大きな責任があるのは「ロシア」だと回答したスロヴァキア国民が40%であったのに対し、「ロシアを挑発した西側」と回答した人は34%、「ロシア語を話す国民を抑圧したウクライナ」と回答した人は17%にも上った。

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カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
増根正悟(ましねしょうご) 1990年生まれ。早稲田大学大学院教育学研究科社会科教育専攻修了。駐日スロヴァキア大使館勤務。日本スロバキア協会スロバキア語講師。2014~2015年にコメンスキー大学自然科学部地域地理・地域発展学科に留学。2016~2022年に在スロバキア日本国大使館専門調査員。著書に、『スロヴァキアを知るための64章』(明石書店、2023年、共著:長與進・神原ゆうこ編(3つの章と1つのコラムを担当)、『チェコじゃないスロヴァキア:中欧の中央』(パブリブ、2024年)。
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